ガーネット(1月11日・1)2
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自分を檻から出したのがミサ・ゴルト・グレーバーではなくて色ボケした女刑事だと知って、降夜は少しだけ落胆した。
彼女の後を付いて階段を昇り、そこに真霧の姿を認めて彼は無理矢理笑顔を作る。
心配ないよ、というつもりだったのだが、少女は珍しくムッとしている様子だ。
「ご、ごめんな。保釈金、真霧ちゃんが払ってくれたんだって?」
必ず返すからな。そう言うと、ブルブル首を振った。
「昨日お医者さんが持って来たお金と、ゴルトさんの300ドルを使いました」
「あ、ああ、そっか。え、全部じゃないだろ。えっ? ああ、全部なんだ……」
うろたえる降夜を、真霧がじっと見詰める。
「ゴルトさんは今朝出て行きました。クビだって伝えてくれ、お金はキャンセル料としてくれてやるって」
「ああ。そ、そっか……」
出て行ったか。うん、その方がいいよな。
「そんな装備で警察署を爆破に行ったら、そりゃ捕まるだろうって笑ってました。やることが杜撰すぎるって」
恨みがましそうに言う真霧の言葉が、いちいち胸に刺さる。
「あと、抗争が終わったらシルはちゃんと返してくれるって。安全は自分が保障するって言ってくれました」
「そ、そっか。そりゃ良かったじゃねぇか」
間がもたず、降夜は下らない相槌を打った。
さり気ない批判がチクチク、針となって全身に突き刺さるようだ。
空気が重い。
助けを求めるようにチラリと視線を送ったガーネットも、こちらに背を向けて電話をしている。肩が強張っているところを見ると、深刻な内容のようだ。
気まずい空気を引きずって、三人はリュックザイテ署正面エントランスホールにやって来た。
昨日咲良がつけた銃弾痕が天井に生々しく刻まれている。
チンピラと警官が数箇所で乱闘騒ぎを起こしていた。賄賂が効いているのか、野放しになった降夜を咎める者は誰も居ない。
「そうだ、麻倉は? 奴も一緒に……」
従兄弟は部屋が空いたとかで今朝早く別の独房に移されたのだ。
「何言ってんの。アンタ一人を出すだけで精一杯よ……」
通話を切ったガーネットがこちらを睨む。
「ウソだろ。三万ドルと三万ユーロで僕ひとりなのか? ババァ、警官ってどこまで強欲なんだよ」
咲良の事など完全に忘れていたらしい真霧も、眸を見開いてコクコク頷く。
「麻倉と、あともう1人。あいつが助けようとしてた奴。一緒に捕まってたっていう……えっと、名前が確かブラッド……?」
ガチャン──騒々しい音が響いた。
ガーネットが手にした携帯を床に落としたのだ。蓋が開いて電池が転がる。
ざまぁみろ──一瞬思った降夜だが、彼女の目が潤む様を見て言葉を失った。
「ブラッドを助けに来たのね。ドクター咲良がちょっと哀れだわ。ブラッドはドクターを見捨てて一人で逃亡したし、今回もアンタ一人が保釈されるわけだし……」
「ガーネット?」
淡々と呟く。いつもと様子が違うとすぐに気付いた。日頃の横暴さが完全に消え失せている。
女刑事は肩を落として充電池を拾い上げた。
「……ブラッドの恋人、一命をとりとめたらしいわ。低体温症で危なかったけど、意識を回復したって」
「えっ?」
「『5』事件の被害者よ」
「そうか、良かったじゃねぇか」
「ええ、でもブラッド自身はまだ予断を許さないって……。もしひとりだけ助かったりしたら、どう思うのかしらね」
「どっちが?」
死にゆく者? それとも残された方?
「どっちもよ……」
女刑事は呟いた。珍しく感傷的になっているようだ。
そういや咲良は、そのブラッドがまだ留置場に囚われたままだと思っていたらしい。
取り残されたようで、こちらはこちらで憐れだ。
何とかして助け出したいと頼んできたあのときの必死の表情を思い出せば、余計に。
降夜と真霧は無言で顔を見合わせた。
署内の喧騒の中、ガーネットと共に無言で外に出る。
街は相変わらず薄汚れた灰色で、銃声と爆発音に満ちていた。




