ドクター咲良(サクラ)(1月10日・3)2
「何者だ?」
ゴルトが銃口を下げる。降夜は面倒臭そうに首を振った。
「同じビルの住人。美容整形医。単なるご近所ですよ」
ピンク男──ドクター咲良はようやくカラコンを見付けて慎重に拾い上げた。
洗面所に駆け込んでコンタクトを装着してから、何事もなかったかのように部屋に戻って来る。
「単なるご近所ってことないだろ。降夜の従兄弟の咲良です。痴話喧嘩の最中ならおれ、出直すけど?」
「このふざけたピンク男を殺していいか?」
ゴルトの激怒を軽くやり過ごして、彼はタイプの違う2人の女性を見やってから降夜に視線を戻した。ふーん……、したり顔で頷いている。
「ミサ、止めてください。麻倉も用がないなら帰れよ」
本当についてねぇな。降夜は爪を噛んだ。
こんなややこしい時に、よりによってこいつが来るなんて。
ドクター咲良と名乗るこの男──本名の麻倉で呼ばれる事を極端に恐れている。自身の美意識が許さないらしい──確かに7歳年下の従兄弟である。
降夜と違い、彼は両親共完全に日本人だ。黒髪、黒い目、明らかに東洋系と分かる顔立ち。
ピンクのカラコンがそれに不調和を醸し、彼を国籍不明に見せていた。
本人、そのへんがイイのだと思っているらしい。
降夜が日本を離れる時、何を血迷ったか自分も国を飛び出した。
かなり邪険な扱いを受けつつも降夜と付かず離れぬよう街を転々とし、いつのまにか美容整形医を自称するようになっていたのだ。
悪い奴ではないものの、この従兄弟、厄介事に首を突っ込みたがる性質がある。今も物騒な香りのするゴルトに詰め寄り、根掘り葉掘り事情を聞き出しているではないか。
「ガードを? 何で? もしかして降夜のコト好きなの? コイツはやめときなよ。ギャンブル狂だし貧しいし……え、違う? じゃ、何でこいつにそんなに執着するの? あっ、あわわ……フガフガ」
好き放題言って、うるさい口に銃口を突っ込まれている。
その様を眺め、降夜は溜め息を吐いた。咲良はある意味、彼自身の疑問をゴルトにぶつけてくれた。いや、ゴルトの異様なまでの執着は彼も疑問に思ってはいたのだ。
街のボディーガードにしても、ちゃんとした事務所が他にあるだろう。紹介してやるからそっちへ行け。
何度言っても彼女は不機嫌そうにそれを拒否する。
さすがの降夜も一足飛びに彼女に恋愛感情を抱かれているなどと飛躍した考えに及ぶものではない。しかし彼女は咲良の台詞に少し顔を赤らめた。
「……降夜は父に少し似ているんだ……本当に少しだけど」
「はい?」
降夜の声が裏返った。
父? 一足飛びに父親かよ!
「おい、僕まだ26……え、ええ?」
情けない面でしどろもどろになる従兄弟を見て、咲良がニヤリと笑った。
ゴルトと真霧の14歳コンビは怪訝そうに顔を見合わせている。
今の件のどこがおかしいのか分からない。そんな表情だ。彼女達にとっては26歳は少し若い父親といった感覚のようだ。
「そっか……、ああ、そうですか。そんな子供みたいな子に敬語使って喋ってる僕……」
妙に引き攣った笑顔の降夜が少々痛ましく映ったのか、彼の受けたショックを余所にゴルトは続けた。
「似てるって言っても指だけだ。死んだ父もその指がなかった。そう、左手の小指だ。もっとも、うちの父は若い頃、よその組との揉め事の落とし前を付ける為に自分で指を落としたらしい」
「そりゃまた……随分酔狂な……いや、豪気なお父さんだったんだね」
「ニッポンのヤクザに憧れていたらしい」
「へ、へぇ……」
さすがの咲良もどう返答していいか困惑している様子。
「確かに個性的な言動の多い父だったが、わたしも皆も父を尊敬していた。みんなを命がけで守るたのもしさを持つボスだったからな。ファミリーに何かあった時はわたしも同じ行動を取るつもりだ」
やけに真っ直ぐな目で、そんな事を宣言されても……。
「勝手にしろよ……」
降夜はそう呟いた。正直、脱力感の方が大きい。




