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震駭のゴット・シュヴェルツェン  作者: コダーマ


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真霧(1月10日・1)2

「シル……」


 思い出したようにしゃくりあげ、焦った動きで鞄をひっくり返す。色とりどりの硬貨と札が床にぶちまけられた。


「お金ならあります。依頼料はいくらですか。これじゃ足りない?」


「おい、ちょっと待て。何の話だ。さらわれたとか言ってたな。一体……」


「さらわれたの。シルが! 誘拐。どうしよう!」


 涙ながらに、もう単語しか話さない。


「誘拐って……こないだ噂でちらっと聞いたな。『(フュンフ)』事件って。バーのストリッパーが誘拐されたって話」


 しかし少女は首を振った。


「ショットガンを持った人が……。シルを無理矢理車に乗せて走って行ったの。いきなりで顔は見えなかった」


 ナルホドな。棒読みで降夜は相槌をうつ。そりゃ確かに誘拐だ。


「で、シルって誰だよ。弟か? 妹か? まさか犬とか猫じゃねぇだろうな」


「シルは大人の男の人です。こないだの内戦で真霧のお母さんが死んじゃって。1人ぼっちになったところをシルが助けてくれたの」


 憮然としたようにこちらを睨む真霧に、降夜は一瞬怯む。


「ああ、育てのじいさんみたいな?」


「じいさん? いえ、そんなお年よりじゃなくて……」


 もう聞く気はなかった。大の大人が誘拐されたからって、大騒ぎしすぎなんだよ。

 金額の交渉が付いたら、そのうち戻ってくるだろ。馬鹿馬鹿しい。そんな依頼を受けるつもりはなかった。温かいものでも飲ませて、さっさと帰そう。


「依頼料はキャッシュで一括。ユーロかドルでしか受け取らない」


 無意識に決まり文句を告げると、真霧は自分の持ってきた金を床の上でかき集める。

 ユーロ、ドル、円、チェココロナ、今時珍しいドイツマルクまである。全部で400ユーロ強(約6万円)はあろうか。子供が自分の貯金をはたいたという金額だ。


 潤んだ眸で自分を見上げる少女を、出来るだけ見ないようにして降夜は台所に逃げた。

 温かいもの、すぐに用意してやるからな。それ飲んだら帰れよ。そう言う背中に真霧が必死に追いすがる。


「シルなら……シルはお金持ってます。無事に帰ってきたら、ちゃんと払います。だから……」


 金の問題じゃねぇんだよな。少女に聞こえないように呟く。

 僕はボディーガード業で食ってて──いや、食えてないのが現実だが。今は仕事がないのだから、どんな依頼であっても受ければ良いという悲惨な状況でもあるのだが。


 でも、気に入らねぇんだよな。分かってる。選り好みしてもいらんねぇって。

 そりゃ、400ユーロあれば何週間かは食いつなげるだろうし。


「……参考までに、シルって何してる人?」


 真霧は一瞬、口ごもる。用心するような様子に、降夜は僅かながら興味をそそられた。


「……銃を作ってます」


「へぇ、銃職人か。そりゃ儲かるだろうな。有名な人?」



「………………」


 真霧は俯いた。儲かるなんて会話、こんな子供に下世話すぎたか。

 言いたくないなら言わなくていいよ。どうせ断るつもりなんだから。そう言いかけた彼の言葉を、少女の小さな声が遮った。


「知ってると思います。シルヴァー+クロイツ……それがシルの名前です」


 ゴトッ。降夜はカップを落とす。おいおい、ソレって超有名処じゃねぇかよ。


「へ、へぇ、シルヴァー+クロイツって人間だったんだ。あ、いや、メーカー名だと思ってたから。ああ、そっか。個人だったんだ」


 それが誘拐された? どういう事だ? いや、ますますきな臭ぇ。絶対に関わっちゃいけねぇ。

 下手な笑顔を作ってから、降夜は少女に新たなカップを渡した。温めたミルクを注いでやる。


「なら、警察に行け。な、真霧ちゃん」


 しかし彼女は返事をしなかった。落ち込んでいる様子ではない。彼の声は聞こえていないようだ。視力が悪いのか、目を細めて降夜の手を凝視している。


「あ……」

 彼はばつが悪そうにその手を背に隠した。別に隠す事でもねぇんだけどよ。

「日本で仕事してる時に、事故に巻き込まれたんだよ」


「ご、ごめんなさい」


 はっとしたように真霧が目を逸らせた。

 男の左手小指は根元から完全に失われていたのだ。特別、気にしているわけでもないのだが時々こんな反応を受けると、酷く居心地が悪くなる。


「さっさと帰れよ」


 少女の金を拾ってその手に押し付けると、彼女はうなだれた。


「ごめんなさい……」


 もう一度小さく呟いて立ち上がった時だ。突然、降夜が吠えた。


「伏せろ!」


 視野の端──窓の向こうで何かがきらりと光ったと感じたのだ。


 瞬間、窓ガラスが砕け、部屋を無数の弾丸が直撃する。

 棒立ちの真霧を抱え、降夜が飛んだ。

 テーブルを倒し、その影に身を縮ませる。ベルトに挟んだ銃を出したものの、どこに反撃していいか分からない。

 向かいのビルからか? いや、もっと多方向からだ。絶え間ない銃撃に、腕の中の少女は完全に硬直している。


「大丈夫だ。しっかりしろ、真霧ちゃん。僕がいるから!」


 そう怒鳴っても、聞こえているのかどうか。反応も示さない。

 この街で──特にこんな商売をしていては──理不尽な暴力は日常だ。しかし今回のものは全く、完全に、一切、身に覚えがなかった。


 数分間、弾丸に晒されてようやくその雨が止む。

 今だ。この部屋から逃げ出そうと、降夜は真霧を小脇に抱えた。玄関まで一気に飛んだその目の前で、扉がバチバチと激しい音を立てる。


 銃声だ。ドアに撃ち込まれているのだと悟った瞬間、蝶番が跳ね、ガタッと取っ手が落ちた。そして扉そのものがこちらに倒れてくる。

 身を守る盾もない。真霧を抱え、咄嗟に銃を構えるしかない降夜の前に現れたのは、黄金の髪を靡かせた1人の女だった。

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