心臓(1月10日・1)4
足元には牛や鳥。捌いた肉がラップに包んできちんと並べられている。
そしてその向こうには白い氷の粒に覆われた女が1人、横たわっていた。
──違う、カンナじゃない。
一瞬ドキリとしたものの、ブラッドは血の塊と共に凍っているその人物が恋人のものではないと確信した。
しかし、よく見ろ。
氷の中の女は片目から血を流し、指を失い、両足も血に染め、そして左胸が陥没した痛ましい姿ではないか。
顔立ちがまるで変わってしまっているが、前回の被害者──ストリッパーのミツキといったか。彼女に間違いない。
目や指などの遺留物はあっても、遺体は発見されていなかったというのか。
そして、それがこの場所にあるという事実はブラッドにいやが上にもある仮説を想起させた。
手元に武器がないことが不安になる。
「に、兄さん? 何ですか、その怪我は」
突然の大声に文字どおり飛び上がって、ブラッドは持ってもいない銃を構える仕草をした。
冷凍庫の奥には、黄色の小男が血塗れで立ち尽くしていたのだ。
その傍らには双子の片割れ──こちらはレモンの方だ。やはり全身血塗れで震えている。
ブラッドと姉に気付くと、彼女は悲鳴をあげてこちらに駆け寄ってきた。
「K、お前……何をして……」
血に染まったその姿は最早、言い訳の余地なしと思われた。
いや、待て。それなら双子だって血塗れじゃないか。自分だって怪我をしているから、逆に疑われているかもしれない。
ああ、何が何だか分からない。
「ち、違います。ボクはカニを取りに来ただけで……。そうしたらミツキさんの遺体があって……」
「ウソよ! 血まみれじゃないの」
「そうよ! あんたが犯人なのね」
双子が声を揃えてKを指差す。
「あなた方だって血塗れです! ボクはただカニを……」
「そんなのおかしいじゃない!」
「ちゃんと説明しなさいよね!」
「な、何ですか。あなた達だって……!」
3人は互いを罵り始めた。
全身が冷たくなる。ブラッドは巨体を震わせた。
冷たいのは、冷凍庫の中にいるせいだけではない。嫌な予感に心臓が冷たくなる。
──この血の臭いは……?
凍り付いたミツキや、まして牛や鳥のものではない。
もっと新鮮な血……。
彼の足はゆっくりとコンテナの奥に向かった。Kを押しのけて一番奥へ。血の臭いは更に強くなる。
嫌な感覚に心臓が高鳴った。
ドクン、ドクン──。
今まさに、冷凍庫の壁に赤い液体が飛び散る様が映る。
噴水のような赤の流れは、次第に弱々しく力を失っていった。
冷凍庫の奥に誰かがいる。
肉が詰まった大きな袋を押しのけると、果たしてそこには華奢な女性が衣服を剥がれた姿で横たわっていた。
固く閉じられた両眼の左瞼には赤黒い血液がこびり付いており、手の指は一本欠けている。脚の先にも染みのように赤い汚れが散っていた。
左胸に小さな切り口。細く開けられた水道のように流れ出る血液。
咄嗟にブラッドは自らの両手でその傷口を覆った。
「……カンナか?」
やけに真っ白な顔をした女が、自分の恋人だとは思えなかった。
記憶の中のカンナはいつも笑っていて、こんな無表情から彼女の面影を探すことは難しい。
ブラッドはそろそろと色んな角度から女を観察した。
涙が溢れるのを自覚する。
彼女じゃない事を祈りながら、それでもこんな行動を取っている自分が情けなくて。
職業柄、死体は随分見てきた。だからだろうか。何の感情も湧かないのは。
「カンナ……?」
白く凍り付いた睫毛。
片方のそこから薄い緑色が微かに覗いているのを見付けた瞬間、ブラッドは錯乱した。
「ウワオォォォ……!」
獣のように。
声の限りに叫んでKにつかみかかる。手錠で繋がれたままの両手を勢い良く振り上げる。拳をそのまま弟の顔面に叩きつける──その直前だ。
冷凍庫の扉が開け放たれた。
「な、何よ。今の声! あんたたち何やってるか……キャ!」
金切り声の悲鳴。この声は樹楽だ。ブラッドの下でKが何か叫ぶ。
その瞬間──銃声。
周囲のすべてが闇に落ちた。




