その目(1月7日)2
兄は恋人と共に街を出る。
弟はこの街で店を続ける。
お互いに、それが最良の選択だと分かっている。
「もっとも、うちの歌手のカンナさんを連れて行かれるのは痛いですがね。彼女は人気があるから、辞められるのは辛いんですよ」
「すまない、K」
まじめな顔で謝られると気が抜ける。Kは小さく笑った。
「我慢しますよ。兄の幸せのために」
そこで思い出したように店内の時計を見やる。
古道具屋で買ったアナログの柱時計は、ちょうど17時を20分過ぎたところだ。徐々に客が増えていく時間である。
「カンナさん、遅いですね。遅刻なんて珍しい……。そういや、ウエイトレスもまだ出勤してきませんね」
後者の方は呆れた口調であった。店の看板でもある双子のウエイトレスの遅刻は連日のことだったから。
ブラッドが落ち着きない様子で額の傷跡をこする。
「ちょっと心配ですね、兄さん。この間だって……」
Kが言葉を濁す。
ゴット・シュヴェルツェン──この街はとかく物騒だ。
この間だって店のストリッパーが何者かに殺されたばかりだし、それでなくとも街には銃声と爆音が絶える事がない。
マフィアの抗争が激しくなり、最近は爆弾テロが頻発しているのだ。
探しに行こうと考えたのだろう。ブラッドがモニターをしまい立ち上がりかけたときのことだ。
『ネーベン・ガッセ』の扉が勢いよく開かれた。
「遅れてすいませーん」
はっとして入口に視線を送った彼の表情が、再び曇る。
声を合わせて入って来たのは店の看板ウエイトレスである双子のライム・ライトとレモン・ライトの二人だった。
一卵性双生児で全く区別がつかない。
髪を蛍光黄緑に染めた方がライム。蛍光黄色の方がレモンということだ。
クルクルとよく動く好奇心の強そうな目が印象的な二人である。
「遅いですよ、ライト姉妹」
Kが声を荒げた。冗談のようだが、店の連中は彼女達をこう呼ぶ。
「また遅刻ですか。遅れた分、給料から引きますから」
えーっ、と双子は抗議の声をあげた。
「あたしたちずっと走ってきて」
「そうですよ。もうクタクタで」
息つく間もなく喋り出す。
「あ、ブラッドさん。小包ですよ」
「店の前で宅配の人に渡されたの」
え、オレに?
双子の早口に圧倒されていたブラッドがぼんやりと顔を上げる。
彼女達に手渡されたのは、小さなダンボールの箱だった。
軽い。宅配のラベルが貼ってあるが、雨に滲んで文字は消えかけていた。
宛名は読めるが、差出人の所は分からない。
「な、何だろうか」
助けを求めるように弟を見やる。
開けてみれば? 目で促され、ブラッドは梱包のガムテープを剥がした。
中には丸められた新聞紙が詰められている。
「何ですか、コレ?」
「瓶が入ってますよ」
双子が箱を覗き込んだ。
彼女達の言うとおり、新聞紙の詰められた箱の中央にはインスタントコーヒーの空瓶が入っていた。ブラッドはそれに手を延ばす。
不吉だとか、不安だとか──何の予感もなかった。
瓶の中にドロリと転がるモノ。それを見て、彼は悲鳴をあげる。
「これは……」
Kが絶句し、双子が叫ぶ。
眼球に違いなかった。
人間の眼。
薄緑の眼球が、瓶の中からブラッドを見返していた。
「カンナ……?」
男は呻く。誰かが笑う声が、頭の中に響いたような気がした。
※ ※ ※




