爪(1月9日)6
「………………」
何でさっきの話でそういう結論になるんスかね。レオが毒づく。
さっきまでアイツが真犯人だと息巻いていたくせに。
元々大して証拠もないし、操作能力だって皆無に近い刑事である。勘だけで動いているような女だ。
「忘れてたよ。この人、男運悪い上にホレっぽいんだった……」
不幸そうな男を見るとグッとくるらしい。
「弟のKも、美容整形医もあいつを好意的に見てたみたいっスけど、あんなのただのバカじゃないっスか。何考えてっか分かんないし、要領悪くてトロいだけの体力バカ」
「アンタは彼の純真さが分からないのよ」
ああ……。レオはげんなり溜め息をついた。
暴力的な女刑事はあらぬ方向を見ている。
「血じゃないわ。ブラッド・ヴェルクという名はドイツ語で木の葉という意味なのよ……」
その会話はすべてブラッドには丸聞こえだった。
俯いてじっとしていると、この巨きな身体は壁の一部か空気とでも思われるらしい。
愚鈍な自分はどうせ何を聞いても深く理解することが出来ないのだから、それも無理ないと彼は考える。
ブラッドはゆらりと体を揺らした。
傷だらけの顔が高潮し、鋭い目が2人の刑事を睨み据える。
手錠はそのままだ。しかし女刑事に殴りかかろうとした際に、鎖が埋め込まれていた壁が崩れた。
彼を拘束しているという安心感からか、気楽な2人組は背を向けて勝手なことを言い合っている。
ゆっくりと体を揺らす。音を立てないように注意しながら埋め込まれた鎖を引っ張り、留め具ごと引き抜いた。
太腿に力を蓄え、腰を落とす。
「グッ!」
腹に力を込めて、瞬発力を利用して飛び出す。
新人刑事がこちらに気付いた一瞬。
ブラッドの頭が彼の額に激突した。空気の漏れるような細い声を残してレオが崩れ落ちる。
ガーネットがこちらを向いて口を開きかけた。
悲鳴をあげようとしたのだろう。しかし声を発する瞬間に、みぞおちに拳が叩き込まれる。女刑事もその場で昏倒した。
ジャラリ。鎖の鳴る音。
両手を拘束されたままの姿で2人を見下ろし、ブラッドは肩を落とす。この数日、関係ない他人を暴力に巻き込んでばかりだ。
「すまない……」
女を殴ったのは初めてだ。
失神した彼女の側に座り込んで上着のポケットからカンナのビデオを奪い返す。
──これだけは、返してもらう。
──本当に、すまない。
言いながら彼は独房を出た。
扉を閉めれば、2人が発見されるのは先のことになるだろう。
元々、慣れた職場の建物である。人目を避けて移動するなどわけないことだ。
彼は特殊部隊の倉庫に潜り込んだ。
本来であれば武器庫の入口にはセンサーが設置されてあり、管理人が常駐するという規定がある。
しかし人手不足のこの組織では倉庫自体が錆びれ、人の出入りも完全に自由だ。
その辺にある紙袋に手近な武器を放り込む。
焦っているのと両手が不自由なせいで何度も銃を落とした。
「そ、そうだ。たしか……」
『シルヴァー+クロイツ』という銃が良いとか聞いたな。
探してみるが、それらしきもの見付からない。
高級品らしいそんな代物がこんな所にあるわけないか。諦めて側にあった普及品のハンドガンに手を伸ばしかけた時だ。
署内の非常ベルが鳴り響いた。ビクリと巨体が震え、手にしたベレッタを取り落とす。
──まずい!
予想外に早く、2人が回復したに違いない。
結局彼は手ぶらで廊下に飛び出し、目の前の窓を破って屋外に転がり出た。




