爪(1月9日)5
いつだったか、雑談していた時だ。
この街の特殊部隊は備品の管理もずさんで、いつも自分が整理しているんだと言うと、横流しを依頼され泣きつかれた。
月に数点、紙袋に入れて持ち出して弟に渡していたのは事実だ。職務上の横領は大罪だと分かっている。
──オレは懲役を喰らうのか?
それは仕方がない。でも、その前に……。
「カンナは?」
彼女を助け出すまでは自由の身でありたい。
しかし女刑事は一瞬躊躇った後、首を振ってみせた。
「店の裏手に積まれていたビールの空瓶に被害者の爪が入っていたわ。一枚だけしか見つかってないけれど……」
低く呻いて、ブラッドは顔を背けた。
「カンナ……」
眼を奪われ、指を切り落とされ、爪を剥がされて……今頃どんなに苦しんでいるだろう。
そう思うと──さらに明日を考えると耐えられない気持ちになる。
苦しみが強すぎて、カンナのあの笑顔さえも思い出せなくなっていた。
「被害者はあの日、店を辞めるはずだったんでしょ」
唐突すぎる質問に、ブラッドはこくりと素直に頷く。
ガーネットはちらりと新米刑事と視線を交わした。
「アナタがかなり強引に彼女を街の外に連れ出そうとしていたって、店の双子が言ってたわよ。彼女は仕事を辞めたくなかったって。揉めたんじゃないの?」
探るような口調に、ブラッドは初めて事態を悟って愕然とした。
「オレを……疑ってるのか?」
頭が真っ白になり、彼は唸り声をあげて立ち上がった。
手錠で繋がれた両拳を握り締めて振り上げる。
女刑事が悲鳴をあげ、新人刑事が腰を抜かした。
振り下ろした拳は、しかしガーネットの額すれすれの場所で止まった。
意志の力ではない。手錠は鎖で壁に繋がれていたからだ。
「す、すまない……」
大男はその場に崩れ落ちる。
「ア、アタ……アタシは暴力には屈しないわ! ワ、賄賂だって絶対に受け取らないし、マ、マフィアとだって通じてないわよ! たくさんの警察官がマフィアと通じてるけど、ア、アタシ……アタシは金も男もいらな……」
「お、落ち着いて。落ち着いてくださいよっ! ちょっと、先輩っ?」
レオに肩を揺すられ、ガーネットは我に返ったようだ。
「ア……アタシ、何か言ったかしら」
「ええ、まぁ……。相当混乱してましたけど」
ブラッドはもう一度「すまない」と呻いた。
──オレには暴力しかない。だから駄目なんだ。オレは駄目なんだ。
「調べてくれ。今日、双子が店の近くで不審な男を見たらしい。きっとそいつが……」
ガーネットの虚ろだった目が光を取り戻した。
ちらりとレオを見て合図をする。双子に話を聞きに行けという事だ。
「ホントっスかねぇ。自分に疑いが向いたもんだから適当なコト言ってんじゃ……」
新人刑事は不服そうに頷いてもたもたと上着を着込んだ。
2人は部屋の隅でブラッドに背を向ける。
「いいから早く行きなさいよ! アタシは取調べを続けるわ。それにしてもシリアル・Kとあの人が兄弟なんて信じられないわね。あの口から先に生まれたような小男があの人の弟なんてね。それに比べて……」
「先輩? ちょっと、どうしたんスか?」
少し変だ。いつになく口数の多い彼女に、レオは首を傾げる。
ヘビースモーカーの彼女が、さっきから1本も煙草を手にしていない。
「先輩ー? おーい……」
嫌な予感がする。
案の定、ガーネットは突然その場に立ち止まった。目が潤んでいる。
「あの人、無実よ。確信したわ」




