10本の指(1月8日)4
「調べたら、カンナの居所が、分かるかもしれないと思った。でも、医者の心当たりが、お前しかなかった」
「ああ、そう。確かにね。この街は鑑識、て言うか警察自体がまともに機能してないから。コレらもきちんと調べたら何か出るかもしれないな」
コレらも、という所でそれらを眺めて医者は再び顔を顰めた。
切り刻むのが好きで外科医をしている奴もこの街には多くいるが、それは彼の趣味ではない。
「この街の住人には国の庇護もないし、軍だって誰も守っちゃくれないんだよ。警官も相当数マフィアと繋がってるって言うよ。警察なんて……ちょっと、聞いてんのか?」
「あ、ああ、すま……」
すまない──この30分間で聞き飽きた感のある、その言葉をまた繰り返すブラッド。
咲良は苦笑した。
診察室と言っても、そこは3DKのDKの部分で、しかもここに居る医者は美容整形医だ。
設備も道具も不十分なのは否めない。出来ることは限られている。
それでも台所に置かれたテーブルの上に遺留品すべてを並べ、咲良は比較的インパクトの少ない爪から取り出した。
角度を変えて、舐めるように見回す。
「ど、どうだ? カンナの居場所は……?」
居ても立ってもいられない様子で、ブラッドが医者の手元を覗き込んだ。
「うるっさいなぁ」
そう言うと、例の台詞を発して大男は黙る。
──すまない。
咲良は溜め息をついて爪をケースに戻すと、次は指、それから眼球、乳房、最後に心臓の順に調べ上げた。
と言ってもろくに経験もないその作業は、主にじっくり見る事が中心だったが。
時にメスで小さな切り込みを入れて丹念に触ってみたり。擦ってみたり。
じっくり三十分。美容整形医は人体の切れ端と格闘した。
最後に薄緑の眼球にちらと視線を送ったものの、ブラッドが顔を強張らせたため咲良はそこで手を止めた。
「切断面がキレイだな。うん、いい仕事。あ、いや……」
強面の男にジロリと睨まれ、医者は言葉を濁す。
「いや、ハサミとか家庭用工具じゃこうはいかないかと。メスや、そういう専門的な用具で切断した可能性があるよ。もしくは一旦フリーズしてから切ったか……。うん、そっちかな」
「フリーズ?」
「半冷凍、みたいな。生肉は包丁で切りにくいけど、少し凍ってるとサクッと切れるっていうアレ」
「あ、ああ……」
例えが相当酷いが、彼の言うとおりなら設備のある病院か工場で処理された可能性が高い。
公式な病院はこの街では数える程だが、咲良のような闇となると数の把握はできまい。
まして食肉工場の数など見当もつかない。
いや、それでも捜査の幅は少しは狭まるだろう。
「前回の被害者の心臓。この血液の固まり具合を見ても、最後の瞬間まで生きてたようだね」
「最後の、瞬間?」
ブラッドがぼんやり繰り返した。
鈍い神経にも分かるように言えば、こうだ。
被害者を低音の状態に保ちつつ眼、指、爪、胸を切断し、最後に心臓を取り出すその時まで彼女は生きていたということだ。
半分凍っている故、出血はなく、意識だって明確ではないはずだ。
出血とショック症状さえなければ、そんな状態でも生命を繋ぐことは可能だろう。
恐らく痛みも感じないはずだ。
だが、それが分かったとて何の慰めになろうか。
大男の不安気な子犬のような目を見て、咲良は小さく肩を竦めた。
「分かったよ」
「え?」
咲良は複雑に顔を顰めて、何とも言えない表情を作る。
「ラッパー・カンナがあんたと付き合ってたワケ。あんた、バカで危なっかしくて放っとけなかったんだよ。ほら、カンナって面倒見のいいお姉さんタイプだったから」
「そうだろうか……」
ブラッドは落ち着かなさ気に額の傷跡を擦り出した。
おずおずしたその答え方に、咲良は溜め息を吐く。
「カンナにも、何回か、そんなようなことを言われた」
ホラね、と美容整形医。おれだって思うよ。今おれが見捨てたら、この人一体どうなっちゃうんだろうって。
その思いをわざわざ口に出してやるのは癪だからだろう。彼は代わりに棘を放った。
「あんたさ、早まったコトしたよ。こんなコトして、あのヤニ中の女刑事にバレてみな?」
「ああ……」
心底困った表情を作ったブラッドに、少々情が移りかけたと自覚した咲良は、ポンと巨体の腕を叩いた。
「分かったよ。おれだってカンナのファンだ。あんたの捜査に……」
協力する──という「きょ」の形を作ったまま、その顔は凍り付いた。
「おれ、何か忘れてる……?」
「え?」
アッ、と咲良は大声をあげた。
テーブルの上の物をひっくり返して隣りの部屋へ駆け込む。ブラッドも続いた。
「ドクター、ど、どうかしたのか」
隣りの部屋は手術室だ。その手術台の前で咲良は頭を抱えて座り込んでいる。
「ヤバイ!」
一声、叫んだ。
寝台の上には半裸の女が意識を失って横たわっていた。
「麻酔の吸入、止めるの忘れてた! あ、あんたがいきなり押し入ってくるから……」
「お前、何をしていた!」
美容整形医は完全にパニくっている。ブラッドの額に血の赤が差した。
女の顔は蒼白だ。生きているとは思えない。
乳房を露にしたこの女に見覚えはなかったが、『5』が4日目に切断するものがありありと思い出される。
「カンナは? カンナをどこにやった!」
「違う、ちが……。落ち着いて! ほ、豊胸手術だよ。これから手術始めようって時にあんたが……グッ!」
両手で首をわしづかまれ、咲良が呻く。
「ちが……」
そこで美容整形医は錯乱した。
「これが本業なんだよ。シ、シリアルKの、クレイジーダンサー樹楽の胸を豊胸手術したのだって、おれなんだからな!」
問答無用で手錠をかけられ、咲良の体は力を失った。




