9 提案
月が高く上った深夜。
ルーシェは学生寮を抜け出し「いつもの場所」に向かった。
自主練習の場所にしている草原。「彼」とは今日そこで待ち合わせている。
ルーシェがその場所に到着すると、それに気付いた彼…キアラが軽く手を振ってきた。
「今晩は、ルーシェ」
「遅くなってごめん。なかなか抜け出せなくて」
(本来なら夜間の外出は禁止だしね… 学園長がそれを許しちゃってるのもどうかと思うけど…)
悪戯っぽく笑うと、ルーシェは本題に入った。
今日、この場所でキアラと待ち合わせをしたのは「先日の答え」を聞く為だ。
「結局「誤魔化す方法」って何なの?」
ルーシェのその問に、キアラは自身の長い耳を片手でいじりながら微笑んだ。
「「精霊魔法」を使う事…かな?」
笑顔でそう言うキアラに対し、ルーシェは言葉を詰まらせた。
はっきり言って、その提案はかなり危険な提案だ。
「何言ってるの!それじゃあ僕の「素性」ばらすのと変わらないじゃない!」
精霊魔法を使える者は限られている。
使ってしまったら最後、「どこ」の人間かなんてすぐに推測出来てしまう。
だが、そんなルーシェに対し、キアラはニッコリと笑みを返した。
「大丈夫だよ。君、今「カルス」を名乗ってるでしょ?」
「うん、素性ばれると困るし…」
カルス家はルーシェの母方の生家に当たる。
公爵家であり、王家の血筋に近い貴族で、魔法に関しては名門中の名門の家柄だ。
素性を隠したいルーシェは、学園に入学するに際しこの姓を名乗った。
(まぁ、こっちの名前も有名だったから、サクラ嬢に色々言われてるんだけど…)
「カルス家はカルシファー家とも繋がりが深い。血縁関係の方も多いしね」
キアラのその言葉に、ルーシェは覚った。
王家の血。
即ち、それは「精霊の寵愛」を意味する。
この世界で唯一精霊より愛され続ける一族、カルシファー王家。その一族の血が混じるカルス家であれば、「精霊の寵愛」を受けた者が生まれていても不思議ではない。
「実は「精霊の寵愛」を受けていたって発覚して誤魔化すの?」
「精霊魔法」を使える者は、「精霊の寵愛」を受けている者だけ。
とは言え、それはかなりリスクが高いのではないか…。
キアラが言わんとする事に気付いたルーシェの表情がどんどん険しくなる。
一歩間違えば、あっという間に素性が…………、自分が「王家の人間」だとバレてしまう。
「まぁ、後は君の「演技次第」かな?」
だが、そんなルーシェの心配を他所に、当のキアラは面白そうに口角を上げた。
そんなやり取りがあり、今日の出来事へと繋がったのだが………。
(おじさん、本当に無茶言うなぁ。魔法の描き換えって思ってたよりキツイんだけど。僕だから何とかなったけど、一歩間違ったら大変な事になるトコだったじゃないか!)
ルーシェは頬をつたう冷や汗を拭いながら、荒くなった息を整える。
はっきり言って、動ける状態ではない現状に、この作戦の「提案者」に対しての愚痴が脳内で止まらない。
その話に乗ってしまった自分も自分だが、「これ」は思っていた以上に体への負担が凄いものだった。
(自分にも責任はあるけど………………うぅ)
未だその場から動けずにいるルーシェに対し、ロウダは心配そうな表情で両膝を着き、彼の背を優しく撫でる。
「大丈夫ですか、カルス君?」
「なんとか……………でも、何がどうなっているのか」
何とか苦手な「演技力」を総動員して誤魔化すルーシェ。
しかも、ルーシェの周りには、現在ロウダだけでなくクラスメイト達が集まっている。
そんな現状に、ボロを出す訳にはいかないルーシェは、内心で悪態をつきながら舌打ちをした。
(…………………おじさん、これは別の意味でも「キツイ」よ!)
その性格上、化かし合いが苦手なルーシェは、この作戦の提案者であるキアラにに対し、「絶対に後で文句を言ってやる!」と、心の中で絶叫したのだった。