8 精霊魔法
「今日こそは頑張って!」
「大丈夫だ!やれば出来る」
今から始まる実技授業に備え、実習室では生徒達が集まり担任の到着を待っていた。
そんな中、「今日こそは!」と、ガッツポーズをしたカインとエルムに詰め寄られ、ルーシェは乾いた笑いを漏らした。
「………はははっ…はっ」
その時。
「あら、余裕ね?「落ちこぼれ君」はそろそろ魔法が使える様になったのかしら?」
そんな中、クラスメイトの「サクラ・ミュウ」が話し掛けて来た。
彼女は狼の耳とふさふさの尾を持つ獣人族。伯爵家の息女で、やたらと気位が高い。
一年の時に学年首位をルーシェに獲られたのが、よほど気にくわなかったらしい。
二年生になり、ルーシェの成績が落ちたとたんによく「からんで」来る様になった。
そんな彼女に、ルーシェはヘラッとかわす様に笑った。
「頑張ってはいるんだけど…中々ね」
「ちょっと……その言い方は何よ?」
その瞬間、側で聞いていたエルムが割って入って来た。
実は、エルムとサクラの二人は、同じ伯爵家という事もあり、幼少期からよく見知っているのだが、性格の不一致からか、何故かよく言い争っている。
「あら、本当の事でしょ?出来ない人間に「出来ない」って言っただけの事よ。間違っていて?しかも、仮にもあの「カルス家」の方が!」
サクラは「フンッ」と鼻で笑い、その艶のある黒髪をかき上げた。
「…………最低ね。それにいくら学園の生徒は平等とは言え、上位貴族に対して言い過ぎではなくて?」
ルーシェの名字から、彼の家柄がどういうものかエルムにも分かっている。
だからと言って、「それ」を出さなくてもと思う。幾ら名家でも、本人とそれは別物だ。
エルムは「自身の家」とルーシェの現状が重なり、サクラに対しキツく視線を向けた。
「……ふんっ、まぁ…貴女だって」
それに対し、藍色の瞳を細めサクラが口を開いた……その時。
「おしゃべりはお仕舞い!授業にはいりますよ!」
ロウダのその一言によってその場が収まった。
ロウダは、いがみ合う二人を軽く一瞥すると、何事も無かったような空気を作りだす。
「さて、授業を始めましょうか?」
そんな中、少し離れた所から、その様子を見ていたカインが「女って怖いな…」という、またも空気の読めない発言をしたため、女生徒全員からの痛い視線を浴びる事となった。
「ほんっと、馬鹿ね!」
エルムの容赦無い言葉にカインがヘコむと同時に、ロウダの「パンッ」と手を叩く音により授業が開始された。
「では、今日は昨日のおさらいからです!」
ロウダの一言を皮切りに、次々と生徒達が魔法を発動させて行く。
それを見ながらロウダは満足そうに頷くと、「キュッ」と表情を固めルーシェに近づいた。
連日続く失敗もあり、ロウダの表情は気迫に満ちている。
「カルス君!今日ぉこそは!」
「うっ……………が…頑張ります!」
ロウダの態度に、若干たじろぎながら、ルーシェは杖を持つ手に力を入れる。
そして、彼女が見守る中、そのまま意識を集中させたルーシェは、ゆっくりと魔力を杖に込めた。
【水流を纏いて障壁となす】
ルーシェの呪文と共に、彼の足下に魔法陣が描かれ始める。
そして、その横でロウダが「今日こそは成功させて!」と、グッと拳に力を込めた。
【我、水の言葉を……】
そして、ロウダが見守る中、呪を唱え終え、魔法陣を描ききったルーシェ。
足元には綺麗に水の魔法陣が描かれ、青い光が溢れている。
何時もならこの瞬間に魔法陣が割れてしまっていた。だがそれが今日は割れない。
成功かと、ロウダの表情が歓喜のものへと変わった。
だが、それもつかの間。
その発動過程が通常の魔法陣と違う事に気付いたロウダが、一瞬でその表情を曇らせた。
光を放ちつつも、魔法陣からは一向に魔法が発動しない。
その様子に、魔法陣を「ジッ」と凝視するロウダ。
気付くと、周りの生徒達からも視線が集まっていた。
「どういう事?失敗?…………………って、え!」
だが、その瞬間。
この場に居る誰も予期せぬ事態が起きた。
ーパンッ!ー
ガラスの割れる様な高い音が鳴ったと同時に、別色の光によって魔法陣が描き換えられ始めた。
本来、魔法陣の放つ光は「青」だ。
それが、現在ルーシェの魔法陣からは「金色」の光が溢れていた。
……………………それを意味するのは。
「なっ、この光は!」
ロウダがその光景に驚きの表情で声を上げた。
「どういう事、まさか!」
その瞬間、描き変えられた魔法陣から、ルーシェを包む様に水の渦が立ち昇った。
そして、その渦が緩やかになると、魔法陣の上には水で出来た球体が浮遊しており、驚いた表情のルーシェを包んでいた。
しかも、球体のその周りには無数の青白く輝く小さな光の球、つまり精霊が集まっていた。
「せ…精霊魔法…」
その光景にロウダは驚きを隠せなかった。
この世界の魔法には二つの種類がある。
一つは魔力を有するものであれば使用可能な、術式を紡ぎ、自ら発動させるタイプのもの。
そしてもう一つは、世界を創りし精霊の力を借りる「精霊魔法」。
因みに、通常の魔法と比べ、精霊魔法は誰でも使える訳ではない。
術者自身の魔力の高さが必要なのはもちろん、何より精霊から、世界から愛されていなくてはならない。
精霊は本来人間に寄り添おうとしない。
魔法で契約する召喚魔法という例外はあるが、その存在自体が世界を創っているので、誰かを愛するという事はしないし、興味も持たない。
言い方は悪いが、精霊にとっての人間は、所詮暇つぶしで存在している生き物の一つに過ぎないのだ。
だが、「まれ」にその祝福を受け、精霊より愛されて生まれて来る者がいる。
精霊魔法はその者のみ使用する事が出来る魔法なのである。
精霊達は自らの力を分け与え、その術者の力になる。
術者を愛するが故にこそ発動する魔法なのだ。
そして、今正にルーシェはその「精霊魔法」を使用していた。
その光景にロウダを始め、クラスメイト達が次々と驚きの声を上げる。
………………だが、一方当の本人は。
…………あまりの魔力消費に泣きそうになっていた。
(そろそろ……いいかなぁ?)
ルーシェの額から冷や汗が垂れる。
通常魔法から精霊魔法への変換。それは「今の」ルーシェにとってかなりの負担だった。
(………思ってたよりかなりキツイ)
只でさえ「使えない」はずの通常魔法を無理に精霊魔法として紡いだのだ。
ルーシェはクラつく頭を必死で耐え、発動中の魔法を無理やり切った。
その瞬間、水の球体ははじけ、ルーシェは地面に投げ出される。
「…………っう」
そして、それを見たロウダが瞬時にルーシェの元へと駆け寄った。
「大丈夫?カルス君!」
「僕…何が何だか…………どういう事でしょうか」
心配するロウダを前に、ルーシェは疲弊した表情でその場に倒れ込んだ。
(……………おじさん、これは「迷案」だけど「名案」じゃないよ!)
担任とクラスメイトの注目の中、ルーシェは提案者であるキアラへのグチを脳内に埋め尽くしていた。
はっきり言って、辛い以外のナニモノデモナイ!
さて、では何故この様な事態になったか………それについて種明かしをしよう。
時間は遡り、ルーシェが精霊魔法を使う前日まで遡る。