6 学園長
学園校舎の中央に位置する中庭には、校舎に添って四角く通る回廊がある。
そして、その中に造られた開けた空間の所々には、低木が植えられており、それに添う形でベンチが置かれている。
そのおかげで、ここは普段から生徒達が微睡む場所として重宝されていた。
今日の授業は全て終了。
ルーシェはベンチに座りながら、分厚い魔導書を広げていた。
相変わらず通常魔法の使えない日々に苦悩している。
何かヒントにでもなる様な本は無いかと、授業が終わると同時に、学園の図書館へと足を運び借りて来たのだ。
(実際………「使える」のに使えないのは辛いものがある)
このままでは本当にまずい。
友人との特訓の他に、夜ひっそり時間を作り頑張ってはいるのだが、相変わらず魔法は使えないでいる。
しかも、夜の特訓では、無理をしすぎてしまい、毎回の様に精霊達が説教を言いに来始めていた。
(と言うか………、正確には「使わせてもらえない」というのが正しいのだけど。これは僕個人の特性が強いのかな…。「あの事」もあるし…かと言って…。はぁ、今更だけど一度実家に帰って調べた方が早いのかなぁ)
悶々としながら、膝の上に置いた魔導書をパラパラとめくってゆく。
その時。
「お悩みですか?」
頭上から声を掛けられた。
声の主、目の前に現れた人物をルーシェが見上げると、そこにはよく知った人物が立っていた。
教員用の白いローブ。金の長い髪を後ろに撫で付け、柔らかい光を放つ青い瞳で笑いかけて来るこの男性は…。
「学園長…先生?」
このレイナ魔法学園の学園長「キアラ・アンジュ」だった。
キアラは、この世界の種族の中でも精霊に一番近いとされる「エルフ族」だ。
彼らの一族は、人族に比べ長い生を生きる事が出来る。そして、この一族は長寿故に見た目と実年齢が全く合っていない。
キアラ自身、外見は二十代だが、その実年齢は六十歳を越えている。
「どうされたのですか?学園長が僕のような一生徒に」
ルーシェは見知った顔に表情を緩ませた。
そして、それに対しキアラも同じ様に微笑む。
「今日の授業は終わっています。それに、此処には現在私達しか居ませんから、いつも通りでどうぞ?」
「………そう?じゃあ遠慮なく。僕に何か用?「キアラおじさん」」
ルーシェは、自身の父親の親友である、幼少期から見知った彼に、いつも通りの態度で言い直した。
すると、その様子に対し、キアラはワザと悪戯っ子の様な表情で口を開いた。
「レコード先生が悩んでいたよ。一人困った生徒がいると」
その言葉に、ルーシェは盛大な溜息をつく。
「内容…聞いてる? 」
「そうだね~。魔力はあるのに魔法が全然使えないって辺りまでかな?」
キアラのおどけた態度に、ルーシェは見る見る内に不機嫌になって行く。
「……………おじさんは理由知ってるでしょ?」
小さな子供の様に頬を膨らませるルーシェ。
そんな彼に、キアラはクスリと笑みを漏らすと、そのまま彼の横に腰を掛け、あやす様にルーシェの頭を撫でた。
「私は知ってるけど…。だからと言って口を出す訳にもいかないしね?それに、そうすると君の素性も…」
そう、確かに。
素性がバレると平穏な学園生活が崩壊しかねない。
ただでさえこの学園に入学する際、家族と一悶着あったのである。
せっかく入学したのに、それが理由で連れ戻されるなんてたまったものではない。
「……………何か…いい方法は無いのかな」
その手の優しさに甘えながらそう言うと、キアラはまたも悪戯っ子の笑みを作る。
「そろそろ、「あの方」のお願いを聞いて差し上げたらどうだい?」
「なっ!」
(いきなり何を言い出すんだこの人は!!)
それこそ無理な話だ。
顔を赤めながらルーシェはキアラを睨んだ。
「一番の近道は「そこ」でしょ?………本当、いつまで意地をはってるのかな?」
「わかってる、でも無理だよ…」
ルーシェは、「フイッ」とキアラから顔を反らし、口を噤んだ。
自分でも分かっている。
分かっていても受け入れられないのだ。
「願いを叶える」。それは自分には許されない事なのだから…。
(やれやれ…、この頑固さは「父親」そっくりだな)
ルーシェの反応に、キアラは内心溜息が漏れた。
「…………………まぁ、誤魔化す方法ならあるかもね?」
「え…?」
ルーシェは、その一言にキアラの顔を見る。
そんな彼に、キアラはふわりと笑いながら立ち上がると、人差し指を口に当てた。
「またお話しましょう。お友達も来たみたいだしね?」
その言葉に対し、視線を校舎の方へと向けると、ロウダに呼ばれ、教員室に行っていたカインとエルムが、こちらに向かって歩いて来るのが見えた。