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春の夜会へ


 玄関ホールに佇むエドウィン様は、まるで絵画の一部がそのまま飛び出してきたかのように美しかった。

 金糸で刺繍がされた黒いコートや、所々で使われるアメジストの輝き、艶々の黒髪や冷涼な整った顔立ちも勿論だけど、とにかくその立ち姿が美しかった。長い手足にピンと伸びた背筋、広い肩から腰にかけてきゅっと絞られたスタイル。シルエットが美しい。


 こんなの、見惚れない人の方がおかしい。


 ぼうっと階段の上からその美しい姿を見ていると、気づいたエドウィン様がわたしを見上げた。

 途端にパッと表情を明るくしたエドウィン様に、急に人間味が増してどぎまぎしてしまう。


「美しい天使、シンシア。私の元に舞い降りてきてくれるだろうか」


 歯の浮きそうな台詞に叫びたくなりながら、わたしは止まっていた足を動かした。

 ドレスを着て階段を下りるのは結構大変だ。しかもわたしは身長と一緒で足も小さいから、高いヒールを履くとほとんど完全につま先立ち状態になってしまって余計に。ゆっくりと裾を捌きながら階段を下りていると、待てなくなったのか紳士の血が騒いだのか、エドウィン様も階段を駆け上がってきた。足が長いから二段飛ばしだ。

 すぐに合流して、わたしの手をとってエスコートしてくれる。ゆっくりと、一段ずつ。わたしは安心して階段を下りることができた。


 問答無用で抱き上げるスティーブンお兄様はともかく、お父様でさえ階段は焦れったいらしくて「抱っこしようか?」って言い出すのに、エドウィン様はずっと嬉しそうに笑っている。好きだなぁ、って思ってしまってから慌てて打ち消す。


 ──エドウィン様は遊び人! 今はわたしにロックオンしてるだけの遊び人! むしろ嫌いにならなくちゃいけない人だから!


 やっと階段を下りきると、わたしは手を離して一礼した。


「ご機嫌よう、エドウィン様。お迎えくださりありがとうございます」

「いや、こんなに愛らしい天使はいつ拐かされるかわからないからな。当然だ」


 うーん、実は本当にそうなんだよね。わたしは小さい頃から天使もかくやってほど可愛かったから、誘拐されかけたことが一度あって、それ以降は子爵家とは思えないレベルの護衛がたくさんついている。お陰でわたしに接触してこられる誘拐犯はいないけど、多分わたしの知らないところで何人も捕まってると思う。

 王都に来てからも、たまに街へ行く時は護衛に囲まれているから何ともないけど、移動中の馬車を人や馬車などが邪魔して無理矢理止めてくることはある。護衛がいっぱいいるから武力では問題ないけど、それをしたのが高位貴族だった場合反抗のしようがない。だからうちの馬車は特別仕様で、座席の下にわたしが隠れるためのスペースが設けられている。馬車を開けてみせてわたしがいなければ向こうも諦めるからね。


 だから本当に送迎はありがたい。しかも侯爵家の家紋が入った馬車を止めてくるやつなんてさすがにいないから、本当に快適。


 わたしはエドウィン様にエスコートされて邸の外に出ると、待機している侯爵家の馬車に乗り、ふかふかの座席にもふんと座り込んだ。ちなみにわたしの侍女ルーナとエドウィン様の侍従も同乗する。結婚どころか婚約もしてない男女が2人きりでは乗れないからね。うーん、貴族! って感じ。


「本当に、良く似合っている」


 まじまじとわたしを見ている──現在進行形だ──エドウィン様が、呟くそうにそう言った。


「ありがとうございます。エドウィン様も素敵ですわ」

「ありがとう。君にそう言ってもらえるのが何より嬉しいよ」


 嬉しそうに微笑むエドウィン様が本当にかっこよすぎて、わたしはドキドキと跳ねる心臓を宥めるのが大変だった。美形の威力ってほんと半端ない。わたしの心臓が持つうちに早く飽きてくれないと困ってしまう。


「そういえば、シンシアは王宮の夜会に参加したことは?」

「デビュタントの夜会に参加して以来ないですわ」

「そうなのか……王宮は広いから、私から離れないように」

「ええ、そうします」


 妙に真剣な顔をするエドウィン様を不思議に思いつつ、わたしは頷いてみせた。


 言われて思い出したけど、王宮に行くのは久しぶりだ。ちょうど2年半ぶり。思い出すとちょっと憂鬱になる。


 毎年この国では秋の終わりに社交界デビューする令嬢令息のための夜会が行われる。年に二度しかない王宮主催の夜会の一つだ。だからそれを秋の夜会と呼ぶ。ひと昔、いやふた昔前くらいまではデビュタントパーティーって大々的にやってたらしいけど、今は貴族の数が増えたせいか、社交界デビューする人向けですよ~ってくらいのスタンスで開かれている。でも貴族って慣習とかそういうの大事にしたがるから、今でも社交界デビューはこの夜会じゃないといけないって雰囲気がある。

 もちろんわたしも、その夜会で社交界デビューした。


 そこでわたしは、大いに注目を集めまくった。あの時はもう、動物園のパンダにでもなった気分だった。みんながじろじろとわたしを見て、ひそひそひそひそひそひそ! 興奮して声が大きいからめっちゃ聞こえてくるのよ。可愛いとか美しいとか、どこかから誘拐してきた子じゃないかとか、子爵家なら早い者勝ちだとか、あんなに目立って高位貴族への礼がなってないとか、とにかくそういう色んな声が。

 わたしはそれまで、ちょっと田舎な領地でのんびりと暮らしていた女の子だった。誘拐はされかけたけど、領民の数もそこまで多くもなくて、大半は領主の娘だっていう好意的で遠巻きな視線にしか晒されていなかった。前世だって目立たないどこにでもいる女子高生だったのよ。

 なのにいきなり、行きすぎた好意を孕んだ視線や、蔑むような視線、それら含めて面白い余興でも見るような不躾な視線に耐えられるはずがなかった。


 ほんとに短時間、お父様が知り合いと数人挨拶を交わすくらいの時間だけ滞在して、すぐさま家に逃げ帰った。お父様の知り合いのご子息だという人が家まで送ってくれて、その時は『うげぇ気まず』なんて思ってたけど、どうも後からルーナに聞いたところ、わたしの後ろを追うように男が何人もホールから出てきていたらしい。まじで恐ろしいったらない。


 溺愛してくれる人を探そうと思って軽い気持ちで夜会に出たわたしは、もうそこで一旦心が折れた。

 諦めて領地に帰ろうかと思っていたけど、多分初めての夜会で見せ物みたいになって落ち込んだわたしを元気づけるためにと、お父様が連れていってくれた伯爵家主催の夜会に出て、あんなとんでもないのは王宮の夜会だけだと知ってわたしはやる気を復活させたのだ。


 その因縁(?)の王宮主催の夜会だ。今回は春の夜会だけど。

 

 今のわたしは場慣れしたし、周りも2年半の間にわたしの存在に慣れている。もうあんな状態にはならないと思うけど、やっぱりちょっとトラウマになっている気がする。考えれば考えるほど憂鬱だ。


「シンシア」

「……はい」

「私がいる。何も心配することはない」


 わたしの不安を全て見透かしたようなアイスブルーの瞳に真摯に見つめられ、胸がきゅんと苦しくなった。


 ──エドウィン様がいたら、何も怖いことなんてない。


 遊ばれていても、愛してるなんて嘘を言われても、わたしがそう思う気持ちだけは確かだった。



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