王都へ帰ってまいりました
あれから7日後、わたしは王宮主催の夜会に出席すべく、王都の邸にて準備をしている真っ最中だ。
わたしが王都に戻ると伝えた時、スティーブンお兄様とクリスお兄様の絶望が凄まじかった。一月前に領地に帰ると言った時のお父様と全く同じで、泣いて引き留められた。でも王宮の夜会に出なければならないと知ると、今度は二人とも「王都に行く!」と言い出して……お母様が収拾をつけてくれなかったらどうなっていたかわからない。あ、二人とも領地に残ることになったよ、ちゃんと。
ローズとメアリーには出発日の朝なんとか会えて、直接王都に戻ることを伝えられた。次に戻ってくるのがいつになるかわからないことも。二人とも残念がってくれて、その後「今度こそ良い男捕まえなよ!」と発破をかけてくれた……いや、遊ばれてた男としばらく付き合うことにしたなんて、言えなかったから! 「ガンバリマス」と泳いだ目で返事するしかなかった。
王都に戻って驚いたことは、邸にエドウィン様からの手紙と贈り物が届いていたことだ。なんと、贈り物はドレスとアクセサリーだった。手紙に今回の夜会に是非着用してほしい、と書いてあった。
それが今着せつけられたドレスなんだけど、全身アイスブルーのふわふわドレス。スカートと肩部分が薄い生地を何枚も重ねた作りになっていて、歩くとふわっふわしてすごい。語彙力なくなるくらいふわっふわ。
前世では私服といえばジーパンとTシャツかパーカーでお洒落に興味なかったし、今も特にドレスにこだわりはない。でもこのドレスはすごい……わたしの奥に眠っていた乙女心をくすぐった。
胸元もレースで可愛い小花の柄が入っていて、背中には腰のところに大きめのリボンがついている。鏡に映った自分を見て『天使がいる!』と思ってしまうくらいには可愛くてわたしに似合うドレスだった。
そしてアクセサリーは首飾りと髪飾りの2つ。
首飾りの方は細い鎖が複雑に絡み合ってるみたいなやつに、アイスブルー色の宝石がいくつも散りばめられている。豪華ではあるけど鎖が細いからそんなに主張しなくて可愛らしい。
髪飾りは、金具が小さくてドレスと同じアイスブルーの布に、黒い宝石がついている。可愛いけど大人っぽい感じだ。ハーフアップにした髪の上につやつやの黒い宝石が光る。
それを全部つけ終わったわたしは、わたし史上一番可愛かった。でもドレスがすごく可愛らしい割に、子供っぽくはない。なんでかはファッション偏差値ゼロのわたしにはわからないけど、エドウィン様がすごいってことだと思う。うーん、さすが遊び人。
エドウィン様の本気はマジの本気だったね。
「お嬢様、大変お似合いです!」
「本当に天使ですわ」
うっとりと天使になったわたしを褒めちぎる侍女2人、ルーナとミリーにわたしはゆっくりと頷いてみせた。
謙遜できないくらい、天使。
色んな角度から鏡を覗いていると、コンコン、と扉がノックされた。わたしが頷くとミリーが扉を開けてくれる。
「おお、なんということだ……やはりシンシアは私の元に降りてきてくれた天使だった!」
「ありがとう、お父様」
このちょっと大袈裟に感動している残念なイケオジがわたしのお父様、ブライアンだ。涼やかな目元が印象深い整った顔立ちに薄い茶髪、わたしと同じ紫色の瞳で、エドウィン様ほどじゃないけどそれなりに長身。こんなに親馬鹿でなければ未だに社交界でモテモテになりそうな容姿をしている。
覚束ない足取りで部屋に入ってきたお父様は、ふと何かに気づいたようにハッと息を呑むと、急にがくりと膝をついた。え、なに怖い。
「シンシア、ああ、私の天使が……他の男のものに……!」
おいおいと泣きながら打ちひしがれているお父様に、わたしは何とも返答のしようがなかった。
──言われてみれば、全身エドウィン様の色じゃないこれ。普通に考えたらわたしはエドウィン様のものですって言ってるようなもんじゃない? 言ってるってか叫んでるレベルよこれ? 主張強すぎない??
わたしは数秒ほど鏡の中の自分を見てから、もう考えるのはやめようと鏡に背を向けた。現実逃避って言葉がよぎったりなんかしなかった。しなかったったらしなかった。
泣いてるお父様を侍女や侍従が慣れたように慰めるのを見ながら──わたしが声かけると悪化するからね──お父様はエドウィン様についてどう思っているのかが少し気になった。
こんなに独占欲の塊みたいなドレスを贈る以前にも、エドウィン様は邸に花束や栞の贈り物をしていたし、夜会に行くのに送迎する際お父様と顔を合わせることもあった。直接会わなくたって、わたしが誰のエスコートで夜会に出るかは侍女や家令伝いに聞いているだろう。
なのに、未だに婚約の申し込みをしてこない男だ。
──わたしを大事にしてるお父様が、そんな不誠実な男を許しているのは何故だろう。
三十年近い付き合いらしい侍従に背中をおざなりに叩かれているお父様が「だめだ、ゆるざんぞ……わだしのもどにずっといでくれ、ジンジア……」とずびずびしているのを聞いて、わたしは考えを改めた。
──なるほど、お父様としてはわたしが嫁に行かない方がいいから、エドウィン様と婚約が内定してそうな今の状態の方が、他の婚約申込みがこなくて良いってことか。なんならエドウィン様からも一生婚約申込むなって思ってそうだわ。
正解がわかって、残念すぎるお父様に溜め息しか出ない。
こんなんでも、今はお亡くなりになっている国王陛下の兄と学生時代から友人だったとかで、今も国王陛下とはそれなりにやりとりがあるらしいんだけど。そんな凄さは一ミリも感じられない。しかもその国王陛下に直接物申せる特権で、わたしへの高位貴族からの婚約申込みを蹴る権利をもらったというのだからもう、言葉が出ないよね。
それがなければ、高位貴族からの婚約申込みなんて普通はお断りできないからね。社交界デビューした二年前にすぐ婚約が決まってたと思う。それがお父様には許せなかったんだろう。
ようやくお父様がちょっと落ち着いてきたところで、開いたままの扉をコンコン、とノックする音がした。目を向けると、壮年の家令がへたりこむお父様を物ともせずに一礼した。
「ロマチストン侯爵ご令息がご到着です」
──さあ、出陣だ!