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めでたい報告とショックな事実


 エドウィン様とまさかの邂逅を果たしてから4日。

 あれから、なんとエドウィン様は毎日スメキムス子爵邸──つまりうちを訪ねて来る。お母様に「わたしは病気療養中ということにしてほしい」と頼んで玄関で追い返してもらっているが、そろそろお母様の『どういうことか説明しなさい』という視線が痛くなってきた。


 ──でも、お母様に「遊ばれてた」なんて言いにくいなぁ。


 前世で少しでもそちらの経験を積まなかったことが悔やまれる。一体こういう時はどうするのが良いのだろうか。


 はぁ、と溜め息が出る。

 部屋の中を見回して、もう一度。


「はぁ……このままだと、わたしの部屋が花園になりそう」


 1日目、エドウィン様は真っ赤な薔薇の花束を持ってきた。2日目以降は見舞い用であまり香りの強くない花束を。それらがわたしのそんなに広くない部屋──元庶民の日本人の性か広いと落ち着かない──に飾られていき、あちこちに花が咲き乱れている状態だ。

 明日も花を持って来られたら、もう寝室に飾るしかない。


 ──ローズとメアリーにお裾分けするのってありかな?


 平民同士なら貰いもののお裾分け文化はこっちの世界でもある。しかし貴族的には貰いものを誰かにあげるのはなしだ。ただし平民に下げ渡すのはあり。ここがちょっと面倒というか、わたしがローズとメアリーにお花を持っていくと、この家では平民に下げ渡したと思われるのだ。わたしは2人を友達だと思っているのに。わたしの気持ちの問題といえばそうだけど、それは何か嫌だなあ、と思う。


 ──やっぱりやめとこう。


 仕方なく諦めることにして、わたしは座っていた長椅子から立ち上がった。


 今日はローズとメアリーと一緒に刺繍する約束だ。

 本当は病気療養中ということにしているから、今日は中止にしようと思っていた。でもエレナお義姉様の出産祝いにあげる揺りかごについて2人に相談したかったので、予定通り出かけることにした。


 既にちょっと裕福な平民がよく着る服に着替えてある。あとは使用人が使う裏口から出て、そこに待機している家紋の入っていない馬車に乗るだけだ。時間も丁度いい。


 うっかり遭遇しても見ない振りをしてくれる優しい使用人の目にあまり入らないように、こそこそと移動して裏口に出て、誰かに見られない内に急いで馬車に乗る。最早慣れたものだ。

 馬車の中には侍女と護衛が1人ずつ乗っていて、馬車の外にも近くと遠くで別れて護衛が4人もついている。これはお兄様がいない外出時には必ず連れていなければならない人数だ。一般的な子爵令嬢としては過保護すぎるとは思うけど、小さな頃からこれが当たり前だったので面倒だとは思わない。


 がたごとと揺られ、そんなに掛からずに5日振りのローズ宅に到着した。ローズは商会の稼ぎで平民としてはかなり大きな庭付きの家を建て、そこに両親や弟妹と一緒に暮らしている。とはいえ、前世日本の基準で言うとちょっと豪華な一軒家くらいの大きさだ。


 侍女から差し入れのお菓子と刺繍道具一式が入ったかごを受け取り馬車を降りる。

 わたしがローズ宅に入るのを確認したら馬車は一度帰り、護衛はこっそり家の外からの護衛を続けるというスタイルだ。


「いらっしゃいシンディ!」

「ローズ! お出迎えありがとう」

「いいのいいの。さっきメアリーも来たところよ。ふふ、話したいことがいっぱいあるらしいわ」

「そうなの?」


 意味ありげな笑みのローズに、わたしは少し首を傾けた。一体なんの話だろうと思っていたら、部屋に通されるや否や、目が合ったメアリーはこう言った。


「わたし、今日婚約者ができたの!」

「ええーっ! メアリーおめでとう!」


 思いもよらなかったおめでたい報告に、わたしはびっくりしながらもかごを置いてメアリーの手を取ってぶんぶんと振った。

 ローズの声が聞こえないなと思って振り返ると、後ろにいるローズは意味ありげを超えてにやにやと笑っていた。


「3日前のガーデンパーティーにいたモリーブ男爵家の人、でしょ?」

「きゃあっ、なんでわかったのローズ!?」

「だってお互い熱っぽい目で見つめ合ってたじゃない。すごくわかりやすかったわよ」

「やだ、恥ずかしい……」


 真っ赤になって両手で顔を隠すメアリーはとっても可愛らしかった。

 メアリーは19才、ローズは20才だから、16才になるとすぐに結婚する平民の間では遅い方だ。物凄く儲けている商会の長をしていることで、結婚相手を決めるのが色々と難しかったせいだ。


 3日前のガーデンパーティーといえば、ここ一年ほど商会の伝手を広げるために定期的に行われているものらしく、わたしも領地にいるならと招待されていたけど急遽欠席したものだ。


 ──エドウィン様が来なければ、わたしもメアリーとその人が恋に落ちる瞬間を見られたのに!


 なんというタイミングの悪さ。あまりの悔しさにぐっと両手を握りしめる。


「シンディが来られないって聞いた時は残念だったけど、あなたたち2人が出会うために神様が悪戯してくれたのね」

「きっとそうだわ」

「……んぇ、え?」


 エドウィン様に呪いの波動を送ろうと思っていたが、どうやら風向きが変わってきた。


「シンディがいたらきっとあの方もシンディに惚れてたわ。でもシンディが急に来られなくなって、わたしたちは恋に落ちたの。きっとこれは運命だったと思う」

「うんうん、きっとそうよ」

「え、ちょ……」

「そういう訳だからシンディ。あなたが結婚するまではあの方とは会わせてあげられないの。ごめんね」

「え?」

「メアリーの幸せのためだから、我慢してねシンディ」

「え……?」


 ──もしかして、わたしが一番のお邪魔虫……?


 考えたらショックが大きそうだったので、わたしは思考停止して頷いた。


「ワカッタ」


 わたしが考えることを放棄している内に、メアリーは来年の年明け頃に結婚式を挙げたいという話や、婚約者が男爵家の次男で婿入りしてくるという話をしてくれた。

 話を聞きつつ、わたしはいつものように差し入れのお菓子を取り出してテーブルに置いた。勧められるまま定位置の長椅子に座る。


「ところで、ローズはそういう話聞かないけどどうなの?」

「わたし? わたしはまだまだ結婚したくないなぁ。好みの男と恋愛ごっこする方が楽しい」

「そうなんだ。でもさ、シンディが一番先に婚約者連れてくると思ってたから、わたしもまだだと思ってたんだよ。意外とシンディが一番遅くなったりしてね」

「それはないでしょ。普通に考えて、シンディみたいな美少女は選びたい放題なのよ。騙したクズ男のこと吹っ切れたら、次はきっとすぐに上手くいくわよ」

「それもそうかぁ」


 2人がきゃらきゃらと笑っているのをぼんやり見ながら、わたしは今更ながら『エドウィン様はわたしに婚約を申し込んでいなかった』ということに気がついた。

 貴族も平民も、結婚は家同士の繋がりだ。ほとんどの場合当主同士の話し合いで決めたり、当主宛に婚約を申し込む。わたしのお父様にもわたしへの求婚状が届いている。その中から侯爵家や公爵家など、恐らくお父様がわたしを嫁がせるに足ると思う家からの申し込みについては、わたしにも共有してくれていた。しかしデビュタントから2年が過ぎてピークは落ち着き、ここ半年ほどはお父様から何も言われていなかったので失念していた。

 エドウィン様は侯爵家の嫡男だ。もちろん、その家から求婚状が届けばお父様は教えてくれただろう。でもお父様は何も言っていなかった。つまり、そういうことだ。


 ──普通、好きなら真っ先に求婚状送るわよね。あー、浮かれすぎてて完っ全に忘れてた。エドウィン様は本気じゃないって気づくチャンス、あったんじゃない。


 まあ、それは全て今更なのだけど。


「……ンディ、シンディ? 聞いてる?」

「え?」


 うっかり落ち込んでいると、ローズとメアリーが顔を覗き込むようにこちらに身体を傾けていた。しまった。何か聞き逃したらしい。


「まったく、シンディはもうちょっとしっかりしないとダメだよ」

「そうよ。ぼんやりしてたらまた変な男に引っ掛かるわよ」

「え……えへへ、ごめんね」


 グサグサと心に突き刺さるお小言をもらって、わたしは大人しく謝った。


 それから少し雑談をして、今日の本題である編みかごを揺りかごにする話をすると2人とも目を輝かせた。布で作られた似たような物はあるらしく、3人で完成図についてあれこれと話し合い、さっそく職人に試作を頼むことが決まった。


 有意義な時間をすごして満足したわたしは、そろそろ夕方になるということでお暇することにした。

 2人は揺りかごのデザインについてまだ熱く語り合っていたので、見送りは断って1人で玄関を出る。


 見慣れた家紋の入っていない馬車は玄関の目の前に停まっていた。馬車の手前に侍女と護衛がなんとも言えない微妙な顔で立ち尽くしている。

 その理由は、視線を動かさなくともわかるほど近くにあった。


 そう、侍女たちよりも門に近い位置には──デジャヴを感じる人が立っていた。



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