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番外編・侍女の回顧と願い


 およそ八十年前まであった隣国との戦争で、この国に数多く興された貴族家、揶揄を含む通称『戦勝貴族』の男爵家の三女として生まれた。それがわたくし、ルーナ・ジョデジスだ。


 大半の戦勝貴族が領地もなく、かろうじて王都に小さな邸宅を持っているだけの名ばかり貴族の中、スメキムス子爵に領地の片隅の統治を許された曽祖父は、とても運が良かった人だと思う。

 その大恩に報いるべく、わたくしと3つ上の姉は、父が無い袖を振って雇った家庭教師に貴族の作法や計算、歴史の勉強など、子爵家に侍女として──それが叶わないならメイドとして──仕えるための教育を施された。けれど姉は成人する前に平民と駆け落ちしてしまって、結局それから2年後にわたくし一人が侍女として子爵家に雇用してもらうことになった。長女はわたくしが生まれる前に流行り病で亡くなっていたので。


 特に逃げたいとは思わないけれど、その時点ではハズレを引いたような気がしていた。わたくしには関係のない家の恩とやらのために、わたくしの人生は決められてしまったのだと。

 けれどわたくしが飢えないでいられるのも、それなりに質の良い服を着られるのも、わたくしが貴族の家に生まれたからだというのもわかっていた。だから一応、それなりには頑張ろうなんて思っていた。


 娘との相性を見たいというスメキムス子爵の言葉で、わたくしがシンシアお嬢様に初めてお会いしたのは、成人する少し前だった。10才年下のわたくしの主、当時6才だったシンシアお嬢様は、天使のような──いや、まさに天使そのものと思ってしまうほど愛らしい幼女だった。ふわふわの輝く金の髪、大きな丸い紫色の、まるで宝石のように光の散る瞳に、ふくふくとした頬は赤らみ、ピンクの小さな唇がきゅっと吊り上がって笑顔を作ろうとしているのが見てとれた。

 そのあまりの愛らしさに、一目見ただけでわたくしはひれ伏したくなった。このお方のお側に上がり、お世話させてもらえるのなら何でもしたいと心から思ってしまうほど、シンシアお嬢様は光り輝いていた。


 ──わたくしが引いたのは、一等すばらしい大当たりなのだわ。


 この可愛らしい小さな主を、わたくしが一生お側で守ってさしあげよう。もうすぐ16才になるわたくしは、類い稀な幸運に恵まれたことに感謝しながら、そう心に決めた。


 守ってさしあげようだなんて思っていたけれど、仕えてみればお嬢様はそう簡単なお人ではなかった。少し目を離すとすぐにどこかに走っていってしまって、机の下や棚の隙間にいればまだ良い方で、後庭まで出て花壇の近くで花を見ていたり、低木の迷路で迷子になって泣いていたりした。7才になって筋力がついてくると、木に登ってしまうこともあった。

 好奇心旺盛で危なっかしいお嬢様には手を焼いたけれど、ぎゅっと抱きついて「ルーナ、だいすき」と言われてしまうと負けるしかなかった。全身で親愛を表すお嬢様の虜にならない人なんて、きっとこの世には存在しない。侍女に許された振る舞いではないけれど、求められるままに頭を撫でて抱き上げて、まるでわたくしたちは姉妹のように過ごした。


 それが少し変わったのが、お嬢様が庭の片隅にある小川に落ちてしまった後だった。

 その日はわたくしが奥様の侍女に教育してもらう日で、お嬢様には部屋から出ないようにと言い聞かせて、廊下に子爵家の私兵が護衛として立っていた。だからまさか、お嬢様が窓から外に出てしまうなんて誰も考えていなかったのだ。お嬢様のお部屋は2階にあるのだから。


 最初に気づいたのはわたくしだった。奥様の侍女からお客様を迎える時の作法を学んでいる時、胸騒ぎがして窓の外に目を向けた。そこに真っ直ぐ小川のある方へ走っていくお嬢様を姿を見つけて、わたくしは半狂乱になって窓から身を乗りだしお嬢様の名を叫んだ。

 幸いと言うべきか、夏の終わりだったのであちこちの窓が開いていた。わたくしの叫び声でお嬢様の脱走を知った護衛が、窓から飛び降りてお嬢様を追ってくれた。


 そんなことはできないわたくしは、慌てて裏口から外に出た。貴族令嬢としても侍女としても失格なほど取り乱して叫んで走ったわたくしの目の前に、小川から引き上げられて気を失っているお嬢様がいて、それからその日のことは記憶にない。


 翌日目が覚めたお嬢様は、鏡の前で長時間動かずに「わたし可愛いすぎる」「え、天使?」と言っていて、それは全くその通りではあるけれど、急にそんなことをし始めたので何かの後遺症かと心配になったものだ。


 それからのお嬢様は、子供らしい落ちつきのなさがすっかり消え去った。目を離してもどこにも行かないし、むしろ行きたい場所があれば申告してくれるようになった。

 問題行動がなくなったのに、お嬢様らしさが消えてしまったようで少し寂しくもあった。


 だから、お嬢様が突然「平民の友達がほしい」と言い出した時は、驚きもしたけれど安心したというのが本音だ。お嬢様らしい好奇心によって起こる突飛のない言動だったから。


 無事に友達ができたらしいお嬢様は、領都というほどでもない規模の、子爵領で一番大きい町に通い始めた。その時に一度誘拐されそうになって慌てたものの、護衛が守ってくれて大事には至らなかった。

 それ以降、お嬢様には専属の護衛がつくことになった。それがダンだ。わたくしの2つ年上で平民ながら、子爵家の私兵の中で一番強い男性だった。きっととても努力家なのだろう。


 それ以来、わたくしとダンでお嬢様の成長を見守ってきた。いえ、ダンは見守るだけでなくお嬢様に護身術や乗馬も教えていたけれど。


 お嬢様は貴族令嬢らしい振る舞いもできるようになったのに、「家族の前では取り繕いたくない」と言って砕けた態度を変えなかった。わたくしとダンの前では特に、仕え始めた頃を思い出すふにゃふにゃさになることもよくある。それが何よりの親愛を示していて、侍女としては叱るべきかもしれないけれど、嬉しすぎてそんなことはできなかった。


 屈託なく笑う、身分に関係なくみんなに優しいお嬢様。成長するにつれ可愛らしさに美しさも兼ね揃えるようになった、そんな素晴らしい主に、わたくしは誰よりも幸せを願っていた。


 王族という、雲の上の方によって狙われるという事件もあったけれど、それももう過去になっていくはずだ。


 きっともうすぐ、わたくしの願いは叶うのだろう。

 ロマチストン侯爵ご令息と並んで歩くお嬢様を少し遠目に見ながら、わたくしは確信する。


 頬を染めてロマチストン侯爵ご令息を見上げるお嬢様は、この世界の誰よりも幸せそうに笑っているから。


 ──まあ、結婚式を早めるために、婚約した途端にさっさと既成事実作っちゃった、なんて言う相変わらずなお嬢様だけれど。


 そんなちょっと危なっかしいシンシアお嬢様を、わたくしは生涯お側でお守りしてさしあげたい。改めてそう、強く思ったのだった。



実は結構シンシアより年上だったルーナ。シンシアと離れたくないので結婚しないと決めています。でもシンシアの子供に自分の子が仕えるのもいいなぁ、と思ってるので電撃結婚するかもしれません。

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