待ち望んでいた時(最終話)
悪女殿下の断罪──と言うにはちょっと締まらなかったけど──から2週間が経った。
あの時、最後に国王陛下に「王女殿下に心酔している者は禍根を残さないように処理しても?」と聞いたエドウィン様は、それを任されて忙しくしていた。その結果、いくつかの家門が降爵、または取り潰しとなった……恐ろしすぎる。
それに一段落ついたのか、デートに誘う手紙が届いたのが3日前。今日は嬉し恥ずかしプロポーズの日だ。たぶん。
華美になりすぎない程度にめかしこんだわたしは、エドウィン様の迎えでデートと相成った。
まず向かったのはあの植物園で、初夏に咲く花の解説をする上擦った声のエドウィン様に、わたしも挙動不審に返事したりなんかして、2人して緊張を隠せなかった。
その雰囲気のまま次に向かったのはケーキ屋だ。王都で一番人気のお店で、人気がありすぎて店内の席は予約制になっている。そこで美味しいケーキを食べているうちに、わたしの緊張はちょっと和らいだ。緊張で味がわからなくなるような繊細な神経してないからね、わたし。
エドウィン様は更に緊張した様子で、最後に王都の端の方にあるちょっとした丘に連れてきてくれた。丘、ありました!
「……どこにするか、色々迷ったんだ」
馬車を降りて丘の頂上まで歩く道すがら、エドウィン様は小さく呟いた。
「あの植物園も君との思い出があるし、どこかお誂え向きの有名な店にしようかとも思った」
そこで一旦言葉を切ったエドウィン様は、わたしを見て小さく微笑んだ。
「でも、ここにした。ここは、私が一番好きな場所なんだ。君の様子を見ていたら、きっと君もここを好きになってくれるんじゃないかと思って」
「エドウィン様……」
つまり、被っていた猫を取っ払ったわたしを見てそう思ったということだ。それは、とても嬉しいことだった。社交界に迷いこんだ天使と呼ばれるわたしじゃなくて、素のわたし自身を見て決めてくれたのだ。
──それに、感性が似てるって思ってくれたってこと、だよね。な、なんだろう。すごくくすぐったい。気障な台詞でもないのに。不思議だわ。
馬車から頂上はすぐそこだった。一番高い所に立った瞬間、一面の夕焼けが視界を橙色に染めた。
「わあ……!」
思わず歓声をあげてしまうくらい綺麗な景色だった。王宮も貴族の邸宅も平民の家も、みんな等しく沈みゆく太陽に照らされている。赤じゃなくて橙色の、柔らかくて強い色に。
「綺麗……」
思わず見入っていると、隣から「シンシア」と呼ばれた。優しい声だった。振り仰ぐと、いつもエドウィン様の顔がある位置にいない。あれ? と視線を落とすと、そこには跪いたエドウィン様がいた。手に持っているのは指輪──じゃなくて求婚の首飾りだ。
「君の優しさ、明るさ、可愛らしさ……その全てが私を魅了してやまない。シンシア・スメキムス子爵令嬢、私は君を愛している。どうか、私と結婚してくれないだろうか」
夕焼けで橙色に染まったエドウィン様は、今までで一番優しい笑顔を浮かべていた。
目の奥がカッと熱くなって、喉が締まった。返事をしたいのに声が出せない。
──今日、プロポーズだってわかってたのに! なんでこんな泣けるのよ! せめてはいって言ってからにしなさいよわたし!!
声が出せないので、わたしは何度も頷いた。ぼろぼろ涙をこぼしながら。
「ありがとう、シンシア。手を、貸してくれるか?」
言われるままに手を差し出すと、エドウィン様はわたしの手の甲に優しくキスを落とした。はあぁぁん、素敵! ちょっと涙でぼやけてるところが風情ある!
ときめきのお陰で涙が止まった。
「これ、好きだろう? シンシア」
「しゅき……」
得意気な顔のエドウィン様も、もちろん好き。
──って、思ってるだけじゃダメだ。わたしも言わないと。
「エドウィン様、その……あの、わ、わたしもす……」
──あれ? エドウィン様は愛してるって言ったよね? わたしも愛してるって言うべき? でも愛、愛!? 好きって言葉でもすごい恥ずかしいのに、愛してるなんてわたし言える!?
「いえ、わたし、わたしも……エドウィンはまを愛してまひゅ! ……あああ! 噛んだ!!」
「あっはははは!」
どうにか覚悟を決めたのに、こんな大事な場面でとんでもないミスすぎる。壮絶に恥ずかしい。転げ回りたいのを我慢して頭を抱えていると、エドウィン様が笑いを収めようとして叶わず、何度も吹き出す声が聞こえた。
「……ちょっと! 笑いすぎじゃない!? わたし頑張ったのに!」
「ふふ、ごめん……シンシアが可愛くて、ふふふ……」
「もう、……もうっ」
──いいのよ、わたしは一度の失敗じゃめげないんだから!
「エドウィン様、大好き! ずっと一緒にいてください! あ、愛してます……!」
今度はちゃんと言えた。エドウィン様は笑いすぎたせいか目尻に涙を光らせながら、ゆったりと立ち上がってわたしに一歩近づいた。
「これを、君に」
そう言って持っていた首飾りを自らわたしにつけてくれる。エドウィン様の手が離れると、わたしは首飾りをまじまじと見下ろした。
エドウィン様の瞳のような、綺麗なアイスブルーの宝石がわたしの首もとを彩っていた。華美すぎないから普段使いできそうだ。嬉しい。
「ありがとうございます、エドウィン様」
「それはこちらの台詞だよ。……よく、似合っている、シンシア……」
首飾りをつけたわたしを見て目を細めたエドウィン様が、さらに一歩近づいた。そっと伸びてきた手が、わたしの腰を優しく引き寄せる。
──これ、抱きついてもいいのかな? ついに筋肉を堪能でき……あれ? エドウィン様なんで屈むの? これじゃ抱きつきにく──
間近に迫ったエドウィン様のアイスブルーの瞳が、熱を孕んで光っていた。訳もわからず本能に従って目を閉じると、唇に柔らかいものが触れる。
──あれ? あれ、これって、これって……!?
柔らかくて温かいものが、何度もわたしの唇に優しく触れる。吐息が触れて、わたしはやっと今起こっていることを理解した。
──キ、キス……! わたし、エドウィン様とキスしてる!
息を止めているせいか、頭がくらくらしてきた。恋愛経験マイナスには刺激が強すぎる。
「愛している、シンシア。私の運命のひと……生涯、私には君だけだ」
「ひゃい……」
「ふ……真っ赤だ。食べてしまいたくなるから、そんなに可愛い顔をしないでくれるか?」
「むりでふぅ」
ははは、とまた笑い声をあげたエドウィン様が、わたしをぎゅっと抱きしめた。
太陽がすっかり沈んでしまうまで、わたしたちの影はずっとくっついたままだった。
いっぱいいっぱいなわたしは、あんなに待ち望んでいたエドウィン様の筋肉を、まったく堪能できなかったのだった。
求婚から3ヶ月後、高位貴族としては破格の早さで結婚式を挙げたわたしたちは、社交界の憧れ夫婦として有名になった。
その間にもその後にも色々と問題に巻き込まれたりはしたんだけど、生涯を終えるその瞬間まで、わたしはエドウィン様と愛を育み続けた。
思わせ振りと思いきや、素直にアプローチしてくれていたエドウィン様にその後も溺愛されたわたしの物語には、きっとこの締めの言葉が似合うだろう。
2人は幸せに暮らしましたとさ。おしまい。
最後までお読みいただいた方、本当にありがとうございました!
しばらく間を置いて番外編を投稿するつもりです。
初めての長編、とても大変でした。面白かったと思ってもらえたら、是非感想や評価で教えてください。励みになります!