わたし、やっちゃってました!?
わたしは今までエドウィン様に、ずっと取り繕った外面しか見せていなかった。貴族令嬢としてそれが当たり前ってこともあるし、エドウィン様に惹かれてからは失望されたくないって気持ちもあった。だって本当のわたしは全然貴族令嬢らしくないし、天使でもなんでもない。
エドウィン様に遊ばれてるって知ってからも、エドウィン様に両思いの本命がいるって知ってからもそれは変わらなかった。
──好きな人に良いところを見せたいって、思ってたんだ。
頑なになっていた心が解れた今、そう気づいた。エドウィン様から離れなきゃ、エドウィン様を振ってやるなんて言っていたけど、本当はそうじゃなかった。
──いつかわたしに心変わりしてほしいって、本当はどこかで思ってたんだ。
だからわたしはずっと『社交界に迷いこんだ天使』と呼ばれるわたしを装ってきた。
──でも、もうそんな期待はやめる。わたしの素を見せよう。
そうすればきっと、エドウィン様はわたしから離れていくだろう。胸はズキズキ痛むけど、ちゃんと失恋して受け入れて、そうしたらいつかは思い出にできる気がした。
「あいつらは全て捕らえてスメキムス邸に送ったよ。君を巻き込んで本当にすまなかった。でも、これでようやく手を打てる。これ以上こんなことは起こさせない」
「……本当に、巻き込まれて迷惑したんですからね。口先だけの謝罪なんかで許しませんよ」
「ああ、わかっている。償いはこれから君が望むだけする」
「わたしが望むだけ……? そんなこと言って、わたしがとんでもない要求したらどうするんですか?」
「いいよ、何だってする。君が望むなら国だってあげよう」
「くっ国!? いいいいえ、そんなの要りません! てか怖いからやっぱ償いとかなしでいいです!」
わたしへの償いに革命とか起こされても困る。後世に傾国の天使とか言い伝えられるとか勘弁してほしすぎるんだけど! いや傾国してる天使ってやばすぎない!? それ悪魔じゃん!
わたしが青くなってぶんぶん首を振っていると、エドウィン様が可笑しそうにくつくつと笑った。
──あれ、わたし素で話してるのに、エドウィン様……なんか普通?
今までのわたしだったら有り得ない言動のはずなのに、どうして嫌がらないんだろう。わたしが首を傾げていると、エドウィン様ははにかんで言った。
「砕けた態度をとってくれると、君ともっと親しくなれたみたいで嬉しいよ、シンシア」
その言葉を聞いて、わたしは嬉しいとかよりも怒りが大噴火した。
「はっ、はああぁぁぁ!?」
わたしが突然大声を上げたからかエドウィン様は目を丸くした。ちょっと可愛い、なんて思う余裕もなくわたしは勢いよく立ち上がった。怒りで痛みと疲労がどこかにいったらしい。
「ちょっとエドウィン様! あんた王女殿下と婚約するんでしょ!? 両想いなの知ってるんだからね! いい加減、思わせ振りな態度やめてください!」
ついに言ってやった。これでもう不毛な恋なんかやめてやる!
ふすふすと鼻息を荒くしているわたしを見て、エドウィン様は呆然としている。しかしすぐに慌てたように立ち上がりながら首を横に振った。
「そっ、そんな訳ないだろう! 私は王女殿下とは婚約しないし、君を愛してると言ったはずだ」
「そういう嘘、ほんっとやめた方がいいですよ! ていうかあなたが言ったんじゃないですか、わたしのことは遊びだって!」
「えっ、そんなこと……え? あれ、いや……冗談でそんなことを言ったこともあるが、すぐに君にも冗談だって告げただろう?」
「そんなの聞いてません!」
この期に及んでまだ言い訳するか、と睨み付ける。エドウィン様は困惑していた。何というか……本当に困っているような感じがした。
「いや、確かに君は聞いていたはず……いや、本当に聞いていなかったのか? にこっと微笑んでくれたじゃないか」
「え? あー……」
なんか、嫌な予感というか……それに聞き覚えがあるというか……。
──ちょ、ちょっと待とう。一回ちゃんと思い出してみようか。えーっと、たしかあの時エドウィン様が「遊ばれていることにも気づかないなんて」って言ったあと……わたし、脳内会議的なものに忙しくて……そういえば、そのあとエドウィン様と話した時、なんか急に遊びに行くことが決まってなかった? つまり、そこに至るまでの話をわたしは全く聞いて……なかった……。あ、あれっ? もしかしてわたし……やっちゃってた!?
変な汗がだらだらと流れる。そうだ、わたしにはよろしくない癖がある。思考に没頭して話を聞かず、なのに聞いてそうな仕草をしてしまうという、アレ……。
ちらりとエドウィン様を盗み見て、わたしはハッととあることを思い出した。
──そうだ、待って。わたしは見たじゃない。エドウィン様と悪女殿下が密会してるところを!
「でっ、でも! わたし見たんですからね! 王宮でエドウィン様とあくっ……王女殿下が密会してるところ!」
危ない。さすがに王女を悪女と呼ぶのは不敬罪待ったなしだった。咄嗟に言い直せてよかったとこっそり安堵していると、エドウィン様の雰囲気が変わった。なんか……怒ってる気がする。
「君が何故あんな所にいたのかはまあ、いいだろう。だがあれを密会だなどと言われるのは我慢ならない」
「い、いやその……べつに不貞みたいな、そんな否定的な意味で使ったわけじゃ……」
わたしが怒ってるはずだったのに、怒りのオーラを放つエドウィン様を前にすると、もごもご言い訳みたいなことを言ってしまう。だって怖いもん。平和主義の元日本人としてはしょうがないと思う。
「そうじゃない……あれは、嵌められたんだ」
「嵌められた?」
何その物騒な話、とおうむ返しにすると、エドウィン様は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
「あの女とダンスを踊ったあと、渡された飲み物を飲んだら気分が悪くなって……ロマチストン侯爵家に割り当てられた控え室で休んでいた。そこにあの女が勝手に来ただけだ」
「あ、あの女って……でも、エドウィン様顔を赤らめて、王女殿下に見惚れてたし──」
「何故そうなる!? 違う、部屋にあった水差しから水を飲んだら、そこにも何か混入されていたんだ。お陰で熱が出て意識が朦朧としていた。情けない話だが、私はあの女の策略に見事引っ掛かったということだ。でもあの女は部屋に入れていない。ルークが戻るまで扉を閉めて立てこもったからな。そこは見ていないのか?」
──見てない、けど……それは本当なのだろうか? エドウィン様は悪女殿下のこと、本当に好きじゃない?
王女を「あの女」と吐き捨てるように呼ぶエドウィン様を見ていると、それは本心のような気がしてくる。もしそうだとしたら……。
──わたしが今まで振り回されていたことって、なんだったの……?
突然、なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまった。脱力したわたしはソファに座り込む。
「シンシア、大丈夫か!?」
わたしを追って床に膝をついたエドウィン様の手を、わたしはそっと握った。引っ張って隣に座るように促すと、エドウィン様は戸惑いながらも隣に座る。
「エドウィン様、話をしませんか? 最初からちゃんと、そうするべきだったんだと思います」
強がったり猫を被ったわたしではなく、何も取り繕わないわたしでちゃんと話がしたかった。エドウィン様の話を聞いて、わたしの話も聞いてもらって。きっとわたしはめちゃくちゃ謝った方がいい気がするけど、それをしてようやくわたしはエドウィン様とのこれからを考えられる。
エドウィン様は優しく微笑んで、握ったままのわたしの手を持ち上げて甲にキスを落とした。
──はぁん、素敵。っていや、エドウィン様、そういうとこよくないよ! もうしてくれなくなったら困るから言わないけど!
ときめきでキュンキュンする胸を押さえながら、わたしはエドウィン様の返事を待った。




