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強がっていたわたしにさようなら


 奇妙な静寂が、部屋の中を支配していた。

 緊張でトクトクと早足になっている心音を感じながら、わたしは膝の上で強く手を握る。巻き込まれたスカートがぐしゃりとシワを作った。


 ──2人は、今どんな顔をしているのだろうか?


 きっと戸惑いはあるだろう。ずっと平民の友だちだと思っていたわたしが貴族だったと知ったのだから。そしてその戸惑いは──いったいどんな感情になるのだろう?

 ずっと騙していたのは自分のくせに、どんな反応が返ってくるか怖くて仕方ない。顔が、上げられなかった。


「シンディ……シンシア、さま?」

「っ」


 メアリーが呟いたその声に、わたしの全身が跳ねあがった。


 ──ああ、やっぱり。もうわたしは……2人の友だちじゃ、いられない……。


 視界がじわじわと黒くなっていく。


 ただ、友だちが欲しかっただけだった。11年前、異世界に転生したと知って、あのクソみたいな奴らがいないこの世界ならきっと友だちが作れると思ったから。わたしがずっと憧れていた、友だちが。


 ──でも、ローズとメアリーにはそんなこと関係ない。2人にとってわたしは、ずっと2人を騙して友だちヅラしていた貴族でしか、ない……。


 は、は、と息が浅くなる。そんなことにも気づかなかったなんて、自分のことしか考えていなかったバカな自分が恥ずかしくて仕方なかった。


 ──わたしには、悲しむ権利なんてない。


 その時、視界の端にいた足が動いた。ローズだ。


「シンディ」


 それは、今までと変わらない穏やかなローズの声だった。

 思わず顔を上げてしまったわたしの視界に、見慣れた笑顔を浮かべる2人が映った。そう──あなたは抜けてるんだからしっかりしなさいと呆れて笑う、いつもの2人だった。


「いい? わたしたちはあなたがシンディでもシンシアでも、平民でも貴族でも、今までわたしたちと仲良くしてくれたあなた自身を信じるわよ」

「そうだよ。どんな大物でも、あなたがわたしたちの友だちだってことに変わりないんだからね! そんなに怖がらないで」

「そうそう。こっちが悪人になった気分だわ」

「ローズ……メアリー……」


 2人は顔を見合わせて、我先にとわたしに駆け寄ってきた。わたしの両隣に飛び込むように座り、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。


「ほらほら、泣きたいならお姉さんの胸で泣きなさい」

「はあ、シンディ良い匂い……」

「うぅ、ううぅう~」


 わたしは不格好な呻き声を上げながら、大好きな2人に抱きしめられてぼろぼろ涙をこぼした。それと同時に、ずっと心のどこかにあった壁が崩れていくのを感じた。


 ──わたし、ずっと怖かった。友だちだと思っている人に裏切られるのが、ずっと怖かったの。だって──わたしはあの時……本当はすごく、傷ついたから。


 ずっと、わたしは前世のトラウマになった出来事をなかったことにしようとしていた。傷ついてなんかない、大したことじゃない、あんなの早く忘れればいいと。

 だけど、そんなことは不可能だった。だってわたしは、初めての友だちに、大好きだった子に、酷い仕打ちを受けて傷ついたから。裏切られて、嘲笑われて、とても悲しかったし絶望したから。


 ──強がっていないと立てないくらい、わたしは傷ついたの……。


 それを認めてみると、不思議と心が軽くなった気がした。

 わたしの心をガチガチに固めていた壁が、涙と一緒に身体の外に出ていくようだった。


 しばらく経つとようやく涙が収まってきて、わたしは2人に抱きしめられたまま不器用に笑ってみせた。よしよしと頭を撫でられて、わたしは何でもないことのように告げることができた。


「わたしね、本当はシンシア・スメキムスっていうの。スメキムス子爵家の長女。貴族なんだ。ずっと平民だって嘘ついててごめんね」


 わたしはやっと、トラウマから解放された気がした。晴れやかな気持ちで真実を告げた──んだけど。


「あ、やっぱりそうなんだ。シンシアって名前、聞き覚えありすぎるなって思ってたの。話には聞いてたけどほんとに溺愛されてるんだねぇ」

「それよりシンディ……シンシア? どっちでもいいけどさっきまでいたあなたのお兄様! あの方結婚してらっしゃるの!? どうなの!?」

「え……え?」


 ──なんか、思ってた反応と違うけど。たぶん……親友ってこんなもの、よね?


 そう思ってから、わたしは小さく笑った。


 ──うん、ローズとメアリーはきっと、一生親友って呼べる人たちだ。


「今までどおりシンディでいいよ。あとローズ、残念だけどスティーブンお兄様は結婚してるよ。ほら、揺りかごを出産祝いに贈るのがスティーブンお兄様の奥様のエレナお義姉様なの。でもクリスお兄様はまだ独身だし、婚約者もいないからどう?」

「そちらはちょっと好みじゃなかったわ」

「あー、クリスお兄様振られちゃったか……。たぶんわたしが結婚するまでは婚約者とか作らないと思うから、もし気が変わったら言ってね」

「気が変わったらね」

「シンディが結婚するまで婚約者作らないって、相当溺愛されてるね」

「スティーブンお兄様はわたしが成人するまで粘ったから、クリスお兄様はわたしが結婚するまでお母様に抵抗し続けると思うのよね。しかもわたしへの溺愛を許す奥様じゃないとすぐ離婚しそうだし、わたしも頭が痛いの」

「さすがご当主が町の名前を変えちゃう一家だわ」

「あはは、ほんとほんとー」


 こんな風に、ローズとメアリーと家族のことを笑いながら話せる日がくるなんて思っていなかった。

 じんわりと温かい胸に手を当てていると、コンコン、と扉がノックされた。


「エドウィン・ロマチストンだ。シンシア嬢はいるだろうか」


 ローズとメアリーがバッとわたしを振り向いた。


「ねえ、もしかして途中から来たすごい美形な方?」

「シンディと一緒に戻ってきたってことは、あの方に助けてもらったのよね?」


 2人の目が『どういう関係?』とキラキラ輝いている。


「そ、それは……ちょっと待って。エドウィン様は高位貴族のご令息なの。待たせるわけにはいかないわ」

「それもそうね」


 頷いたローズが扉に向かって声をかける。


「シンシア……様はこちらにおいでですわ」


 対外用だとわかっていてもちょっとそわそわする。ローズとメアリーはソファから立ち上がり、エドウィン様のために扉を開けた。わたしも立ちたかったんだけと、足に力が入らず座ったままだ。

 室内に入ってきたエドウィン様は、ローズとメアリーを見て少し微笑む。


「君たちはシンシアの友人だろう。付き添ってくれてありがとう。少しシンシアと2人で話がしたいんだ。外してくれるかな?」


 ちらりとわたしを見たローズたちが「はい」と答えて部屋を出ていく。


 ──え? 待って出ていかないで! わたしを置いていかないで!!


 もちろんわたしの心の叫びは聞こえず、ローズとメアリーはわたしとエドウィン様を残して部屋の扉をがちゃりと閉めた。


 ──エドウィン様の侍従も護衛もいないし、ほんとに2人っきりじゃない! ローズ! メアリー! 貴族は男女が2人っきりで密室はダメなんだよー!!


 商会の仕事で貴族との付き合いが増えた2人は知らないはずはないんだけど、わたしはパニクって一生懸命脳内で教えようとする。

 そんなわたしの前に、ゆったりと歩いてきたエドウィン様が跪いた。


 わたしを見上げる涼やかな瞳を見て、わたしは1つ、ある決心をした。


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