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一難去ってまた一難


「シンシア!!」


 振り上げた男の拳が下ろされる前に、どっ、と重たいものがぶつかる音がして、わたしの後ろにいた男が吹っ飛んだ気配がした。


 え? と一瞬状況が掴めないでいる内に、ずっと掴まれていたわたしの髪が離された。後ろから身体の前に回った手にぐいっと引っ張られ、ようやく目を開けることを思い出す。髪を離したまま驚いた表情の男が棒のようなもので突かれたのを最後に、馬車の扉が閉じられた。


「え?」


 間抜けな声を出してから、助けられたということに気がついた。しかもわたしの名前を呼んだ声には、どう考えても聞き覚えしかない。


「シンシア、すまない。また間に合わなかった……」

「エ……ドウィン、さま?」


 ぎこちない動きで振り返ると、ここにいるはずがない人がそこにいた。王都にいるはずの、エドウィン様が。


「痛かっただろう?」


 優しく頭を撫でて、労るように髪に指を通すエドウィン様を見て、わたしはまたぽーっとなってしまう。


 しかし、すぐ近くから聞こえてくる剣戟の音にハッとする。


「エ、エドウィン様! わたしの親友が、ダンが!」

「ああ、わかった。大丈夫だと思うが加勢に……シンシア!?」

「ダン、ローズ、メアリー!!」


 わたしは慌ててローズの家の前に走り始めた。といっても本当にすぐだ。開けた場所に出ると、近衛兵と思われる敵と、何故かスティーブンお兄様が戦っている。クリスお兄様までいて、そちらはローズとメアリーを保護しつつ、倒れた敵を縛っているところだった。


「クリスお兄様!」


 スティーブンお兄様の邪魔をしないようにクリスお兄様の方に駆け寄ると、途中でローズとメアリーがわたしに抱きついてきた。


「シンディ! よかった、よかった!」

「わ、わたしたち、足手まといになっちゃって、ごめんね……! よかったよぅ、シンディ……っ」

「2人とも、怪我はない? 大丈夫?」

「シ、シンディこそ。あんなに髪を引っ張られて、痛かったでしょう」

「ううぅ~、シンディ~」


 3人で無事を喜んでいると、すぐに全員を縛り終えたクリスお兄様が慌ててわたしの傍にきた。


「ああ、シンシア……遅くなってごめんね。僕の天使はどこにも怪我をしなかったかい?」

「うん、大丈夫よ、お兄様」


 チュッと頭のてっぺんにキスを落として、クリスお兄様がそこに頬擦りする。ダンの手当てを頼もうとしたところで、スティーブンお兄様の声が割って入った


「シンシア! 俺の天使! お兄様にもハグしてくれないか? クリス、お前はダンの応急手当を。ちょうどうちの従僕が来たから道具は持ってるはずだ」

「はい、わかりました」

「あ、ありがとう、スティーブンお兄様……クリスお兄様、ダンをよろしくね」


 もう全て敵は倒したらしく、さっきスティーブンお兄様が戦っていた場所でエドウィン様が敵を縛っている。え、いやその役割エドウィン様でいいの? エドウィン様の方が高位貴族……いや、もう考えるのはよそう。

 ローズとメアリーが遠慮したのか離れたので、スティーブンお兄様はわたしをぎゅうぎゅうと筋肉で包み込んだ。


 ──ああ、どんな時でも素晴らしい、この筋肉……。


 うっかりむちむち筋肉に癒されていたけど、そのうちわたしは気がついた。


 ──あれ、これまずい状況じゃない?


 お兄様たちはわたしをシンシアと呼んでいる。つまりシンディが偽名──一応シンシアの愛称ではあるけど、この国では長い名前でない限り愛称で呼ぶ習慣はない──だとローズたちには気づかれた。しかも、お兄様たちは当たり前だけど貴族の服を着ている。貴族の服っていうのは上着の裾が膝まであって、尻半ばくらいの平民の服より断然長い。明らかに上質な布を使っているし、おまけに刺繍で豪華になっている。一目で貴族だってわかる仕様だ。つまり、その人たちを兄と呼ぶわたしが貴族だってこともバレたはず。


 ──あれ、しかもわたし、さっきエドウィン様の前で素を出しちゃった……ていうかエドウィン様どこから聞いてた!? わたし結構あの男に暴言吐いてたような気がするんだけど……!?


 これは……全方向詰み、では。


 スティーブンお兄様の腕から出た時、振り返るのが怖い。もしローズとメアリーがよそよそしい態度をとってきたら、わたしはどうしたらいいかわからない。


 ──そうだ、ダン。ダンの様子を見なくちゃ。


 それがただの逃げだとわかっていたが、わたしはスティーブンお兄様の胸を押して離れると、振り返らずに応急手当されているダンの方に向かった。


「クリスお兄様、ダンは大丈夫?」


 仰向けにされたダンの身体には、あちこちに切り傷があった。そのうちのいくつかは結構出血しているように見える。


「うん、大丈夫そうだよ。さすがダンと言うべきか、致命傷になりそうな傷もないし、ほとんどは浅い傷だね。肩の傷だけは医者に縫ってもらった方が良さそうだけど。貧血で意識を失っただけだから、ダンならすぐに護衛に戻れるよ」

「よかった……」


 それを聞いてわたしはすごくホッとした。ダンが今にも死んでしまうんじゃないかって不安だったから。


 話しながらもクリスお兄様はテキパキと傷を消毒して止血剤を塗っている。幼い頃はやんちゃだったスティーブンお兄様の傷を手当てしていたそうで、実際見るのは初めてだけどかなり手際が良い。わたしの記憶があるくらいの年にはスティーブンお兄様はあまりやんちゃしなくなったし、わたしが怪我したら絶対に傷を残せないって言って本邸に常駐している医者に診てもらっていたから。


 ぐったりと青い顔で横たわっているダンが手当てされているのを見ていると、前庭の向こうから複数人の足音が聞こえてきて顔を上げた。


「遅くなりました!」


 そこに整列して一斉に敬礼したのは、スメキムス子爵家の私兵の人たちだった。当主代理となるスティーブンお兄様が前に立つ。


「ああ。シンシアの護衛についていた者は見つけたか?」

「はい。みな眠り薬で眠らされた後に縛って転がされていました。ここに来る途中にスメキムス家の紋なし馬車がありまして、その中にも眠らされた……お嬢様の侍女をされているご令嬢が」

「えっルーナが!? 大丈夫なの!!?」


 思わず駆け寄って縋りつきそうになったわたしを、スティーブンお兄様が横から優しく引き留めた。


「はい。馬車の中に燃えかすが残っていましたが、特に後遺症もないただの眠り薬でした。護衛も合わせて全て邸の方に移送しています」

「そうか、ご苦労だった。ここにいる罪人たちも本邸の牢に連れて行ってくれ」

「はっ」


 ルーナの無事を知って、わたしの全身から力が抜けていった。スティーブンお兄様が慣れた手つきでお姫様抱っこしてくれて、地面に座り込むのを防いでくれる。


 ──みんな無事で、ほんとうに、よかった……っ!


 よかったけど、ダンはたくさん怪我をしたし、わたしやローズやメアリー、そしてルーナやわたしの護衛たちも襲われたことに違いはない。


 ──あの悪女殿下、恋敵ってだけで一貴族の娘に近衛兵差し向けるなんて、どんな頭してんの……!?


 たとえ王族だとしても許されないことだ。というかそもそも、国民の頂点に立つ王族は、本来なら見本となって規範に忠実でなければならないはすだ。なのにこのハチャメチャっぷり。


 ──わたしはあんな女、絶対に王女だなんて認めてやらない!


 わたしが怒りにメラメラ燃えていると、頬をつんつんされているのに気がついた。


「シンシア?」

「……お兄様、なに?」

「俺の天使は怒っていても至上の愛らしさだが、少し落ち着いた方がいい。顔色が悪いぞ。あまり興奮すると体調を崩す」


 おでこをこつんと合わせたスティーブンお兄様に諭されて、わたしは今まで忘れていた不調を思い出してしまった。全身が痛いしだるい。

 たしかに、更に興奮なんてしたら熱でも出しそうな気がする。


 できるだけ思考を逸らそうとしたところで、ふとエドウィン様とお兄様たちが何故当たり前のように一緒にいるんだろう、と疑問を抱いた。


「ねえ、スティーブンお兄様。エドウィン様、なんでお兄様たちといるの?」

「ん、ああ……。それは後で話そう。後始末もあるし、シンシアは少し休んだ方がいい」

「……はぁい」


 できれば早く教えてほしかったけど、スメキムス家の私兵を動かしたのならスティーブンお兄様は色々とやることがあるはずだ。邪魔はしたくないので大人しく頷く。

 スティーブンお兄様はきょろ、と少し周りを見て、それからどこかにわたしを運んでいく。


 その先にいる人たちに気づいて、わたしは咄嗟にスティーブンお兄様の首もとに顔を埋めた。耳のすぐ横でスティーブンお兄様の低い声が響く。


「君、ローズ……嬢? 少し俺の妹を休ませてやりたいんだが、部屋を借りても?」

「は、はいっ、もちろんです! こちらへどうぞ」


 初めて聞くようなローズの上擦った声に、貴族に相対した緊張を感じ取ってわたしは息を詰めた。


「ここ、いつも集まる部屋なんです。慣れた場所の方がきっと休まりますわ」

「気遣いありがとう」


 そっとソファに優しく下ろされて、そのまま寝かせようとするスティーブンお兄様に逆らう。疲れてはいたけど横になりたい気分じゃなかった。

 スティーブンお兄様は軽くわたしを抱きしめて髪にキスを落とす。


「少しだけ待っていてくれ」


 名残を惜しむように鼻と鼻を触れあわせるスティーブンお兄様に、わたしはこくりと頷いてみせた。


 さっと立ち上がったスティーブンお兄様が部屋を出ていくと、俯いた視界の中にローズとメアリーの足元が映っていた。


 断罪が、始まるような気がしていた。



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