揺りかごの試作品を見にいこう
その翌日、わたしは筋肉痛に喘ぎながらローズ宅へ向かっていた。
そりゃあね、普段運動なんてほとんどしないのに、一時間以上抱えられたまま走られたわけよ。しがみつく腕とか足だけじゃなく、バランスをとるために全身の筋肉が満遍なく酷使されたわけ。そりゃあ筋肉痛にもなるってもんよ。
馬車で真っ直ぐ座っているだけでも腹筋が攣りそうな痛みを発してくるので、わたしは背もたれを存分に活用している状態だ。
昨日ローズに送った手紙に今日早速返事が届き、ローズとメアリーが商会の仕事のあとお茶をする予定だと書いてあった。時間があればぜひ参加して試作品を見てほしいとも。だからわたしは、筋肉痛で動くのも大変な今日ここにいるのだ。
「お嬢様、やっぱり訪問は明日以降にしませんか?」
一緒に乗っているルーナが心配そうな顔でわたしを見てくるので、わたしはきりっとした顔で首を振った。体勢はそのままだけど。
「いいえ、わたしも早く試作品を見たいの。エレナお義姉様に贈るものだし、そのあとはきっと商品化もするから細部にまでこだわりたい」
「お気持ちはわかりますが……」
「座っていられないくらいの状態で、もし何かあったらどうするんです? 俺もできれば日を改めてほしいと思っていますよ」
ダンまでそんなことを言う。でもこれは珍しいことだった。
わたしは今まで、ルーナの家に行くのも町に出かけるのも、何も制限されたことがない。決められた数の護衛さえちゃんと連れていれば、ルーナもダンも何も言わずに一緒に来てくれた。
なのになんで、今日に限ってそんなことを言うのだろうか。
疑問に首を傾げ、それからすぐにあの襲撃事件のせいだ、と思い付いた。きっと2人にはあれが相当堪えたに違いない。わたしを外に出したらまた襲撃があると恐れているのだろう。
わたしは2人の不安を和らげてあげようと、よっこらしょと体勢を立て直して笑ってみせた。
「大丈夫よ。ここはスメキムス領よ? それに護衛だってたくさんいるじゃない」
「いえ、ごろつきのような者になら負けませんが、訓練された兵に囲まれでもしたら勝ち目はありません。それに町に出るとなると、護衛も遠くからになりますから充分ではありません」
「ダンは心配性ね……。訓練された兵なんかどっから出てくるのよ。例え大袈裟すぎない?」
いくらなんでも、想像力が豊かすぎると思う。うちの領にも少し私兵がいるが、ほとんどは町の治安維持や領境の見張りに出払っているし、そもそも領主の娘であるわたしを集団で襲うほどお父様は嫌われてないと思う。
──まさか、悪女殿下……間違えた、王女殿下が兵隊送ってくるとでも思ってるのかな? いくらなんでもそんなことしないよね。理由なく近衛兵を王都外に出すことも、そこの貴族を害そうとするのも、王族でさえ許されないはずだし。
まあ、理由があれば許されてしまうわけだけど。でもお父様もわたしも悪いことなんか何もしてないから、理由なんてやっぱりないし心配いらない。
──王族で怖いのは、目の前でなんかやらかして不敬罪! ってその場で首を切られることと、首を切られないまでも家ごと取り潰しになることくらいだもんね。
わたしはそうやって2人を安心させようとしたけど、結局ローズの家に着くまで、いや、着いてからも2人の顔色は冴えないままだった。
今日は近くに馬車を止めたままにしておくという2人に見送られ、わたしは久しぶりのローズ宅に入っていった。
「えええっ、すごい! めちゃくちゃ可愛い!」
「でしょう? うちで一番腕の良い職人に頼んだのよ」
「編みかごなら布で作るより耐久性が高いし、ぜひうちの孫にも作ってやりたいって張り切っちゃって。もう試作品も3つ目なんだよ」
「この短期間でそれは、ちょっと張り切りすぎじゃないかな……?」
ローズ宅で、久しぶりにローズとメアリーと顔を合わせてすぐ、わたしは出来上がっている揺りかごの試作品を見せてもらったところだ。
頑張りすぎている職人さんの健康を心配したところで、もう一度目の前の作品を眺める。
実は揺りかごってあんまり記憶になくて、こちらの揺りかごを参考にイメージ図を作ったんだけど、それよりも更に洗練されている気がする。全体的に曲線で作られた優しいフォルム、土台には金属の棒を仕込んであって安定性も抜群、全てにしっかりやすりがけして怪我しないように配慮もされている。
──孫パワー、すごすぎ。
こんなにすごいのに、職人さんはまだ満足していないらしい。編み込みの途中でどうにか可愛い模様や形を作りたいらしく、ずっと掛かりきりで今も試作しているそうだ。
「職人さんもそうだけど、話を聞き付けた人から『販売はいつからになるか』って結構問い合わせが来てるのよね」
「まだ未定って答えてるけど、どうする? シンディ」
「うーん……どうしよっか」
これはちょっと困った。わたしがエレナお義姉様に揺りかごをプレゼントするのはまだまだ先だ。きっとみんな痺れを切らしてしまうだろう。でも、販売を先にするのはエレナお義姉様に失礼になってしまう。
──エレナお義姉様は、貴族だから。
わたしが平民で、あげる先も平民なら販売してしまっても問題はないけど、貴族への贈答品を先に販売するのはよろしくない。でも、わたしが身分を偽ったままでは販売を止めるのが難しい。
──あー、わたし前回義姉に贈りたいって話、2人にしたよね? あんまり覚えてないけど、たぶんした気がするんだよな……。これでエレナお義姉様が貴族だって言ったら、イコールでわたしも貴族だってバレちゃうよね?
どうしよう、と考え込む。けど全くもって良い案は浮かばない。
──いっそ、2人に正体を明かす?
思いつきはしたけれど、その瞬間さっと血の気が引いたのが自分でもわかった。
ローズとメアリーが信頼できる人であるのは確かだ。わたしが実は貴族だって言っても、きっと態度を変えたりはしないだろう。
──ほんとに? 本当にそうなの? もしかしたら、いきなり「シンシア様」とか「スメキムス子爵令嬢」とか呼ばれるようになるかも。もうわたしに手紙なんてくれないかもしれないし、逆にわたしに取り入ろうと、胡麻をすってくるかもしれない。友達じゃ、なくなっちゃうかも──。
「シンディ、シンディ!」
「っ!」
「どうしたの? 顔色悪いよ」
「体調よくないなら無理せず帰りなさいよ、シンディ」
2人は心配そうにわたしを見ている。今は。
──ダメだ、今日はもう、2人と一緒にいられない。
わたしはボロを出す前にと慌てて立ち上がった。
「な、なんか風邪でも引いたかも。今日はもう帰るね」
「そうしなさい。食欲があるならちゃんと食べて、しっかり寝るのよ」
「あ、先に馬車呼ばないと」
「ううん、大丈夫。今日は近くに馬車止めて待ってるって言ってたから」
「そうなんだ。じゃあ心配だからそこまで送るよ」
「わたしに掴まりなさい」
2人が横からわたしを支えてくれて、こんな優しい人たちに嘘を吐いていることが心苦しくなってしまう。
でも、わたしは何も言えなかった。
2人に支えてもらいながらローズ宅の玄関を出ると、すぐ近くにダンが立っていた。彼がわたしの護衛ということはローズたちも知っているので、慌てて走り寄ってくるダンに挨拶する。
「こんにちは、ダンさん」
「ごきげんよう」
「どうも。お嬢様、大丈夫ですか? どうされたんです?」
「ちょっと風邪引いたみたいなの。今日はもう帰るから、馬車を呼んできてくれる?」
「やはり日を改めた方がよかったですね」
肩を竦めて余計な一言を追加したダンが、馬車を呼びに行こうと踵を返し、そこで止まった。
「……えっ?」
ダンの向こうを見て、わたしの口から変な声が洩れる。
そこには、10人ほどの平民の格好をした男たちが、剣を手に持って立ちはだかっていた。




