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心の声がうっかり洩れそうです


 あの後、勝手に1人になったこととか、お父様の知らない所で男と知り合ったこととかで、お父様にはだいぶ泣かれた。怒られるとかじゃないのよ、お父様は。わたしに甘いからね。その分お母様に手紙でこってりと絞られたけど。


 ぼんやり過去を思い出していると、エドウィン様もわたしが持っている物に気づいた。


「ああ、また落としてしまったのか」

「ええ、大事なものでしょう? どうぞ、エドウィン様」


 わたしの掌の上からそれをつまみ上げたエドウィン様は、ほう、とため息を吐いた。何だか表情も吐息も熱っぽい。


「ああ、やはり君は私の……」


 そこでハッと言葉を切ったエドウィン様は、慌てたように首を振った。


 ──あら、エドウィン様、ついに思わせ振りなこと言うのやめるのね。


「ち、違う。大丈夫だ、シンシア。私は君に求婚したりしない。安心してくれ」

「は」


 ──はあああああああああっ!!?


 突然宣言されるには訳のわからないことすぎて、わたしは口を開けたままポカンとエドウィン様を見るしかなかった。


 ──いや、マジで意味わかんないんだけど!? そりゃアンタは王女殿下と婚約するでしょうからわたしに求婚なんてしないだろうね!? そんなのわかってるわよ!! なんっでわざわざそれを今言うわけ!? 喧嘩売ってんの??


 この気持ちをどうやったら丁寧に言い表せるかと考えて、どうやっても罵詈雑言になりそうだと判断したわたしは、にっこり貴族令嬢の笑みを張り付けた。


「ええ、もちろん存じておりますわ」

「あ、シンシア……」


 ぐいっとエドウィン様を押すようにして身体を起こすと、わたしはさっさと1人で立ち上がった。

 か弱い──わたしが本当にか弱いかどうかは置いといて──令嬢を暴漢に襲わせようとする悪女に首ったけなエドウィン様なんて、クソ喰らえだ。


 あまりに怒りが勝っていて、さっきまでの恐怖もエドウィン様が悪女と両思いだってこともどうでもよくなってくる。


「待ってくれ」


 さっさと家に帰ろうとしたのに、エドウィン様に腕を掴まれて阻止された。やんのかこら、という気持ちでエドウィン様を見上げると、空気を読んでくれない男は更に続けた。


「シンシア、君は一度領地に戻った方がいい」


 ──わたしを無理矢理王都に連れ戻した人が言いますかねぇ!?


 今喋ると素が露呈しそうで張り付けた笑みのまま黙って見ていると、エドウィン様はすっと視線を足元に落とした。いつでも自信に溢れた人が珍しいこともあるものだ。


「私は浮かれすぎていた。君を巻き込むことになるなんて、今日まで全く思い至らなかった。私の落ち度だ」


 ──つまり? あの悪女と両思いになって浮かれて? わたしをキープしようとしたせいで巻き込んで? 嫉妬深い王女サマにわたしが襲われたから気に病んでる、ってこと? こんなに必死になってわたしを助けに来たのも、もしかして……あの悪女に罪を犯させないため?


 落ち込んでる様子のエドウィン様に、わたしの怒りまで鎮火されてしまった。怒りの代わりに悔しさとか悲しさが溢れそうになるのを、わたしは深呼吸することで抑えつける。


 何度も何度も、何度も──わかっているはずのことでわたしの心は傷つく。

 エドウィン様にとってわたしは遊び相手で、ずっと本命は王女殿下。思わせ振りなだけでわたしが好きなわけじゃない。


 ──なんで、わたしはいつまで経っても学習しないのよ。


 人を陥れるのに躊躇がない王女も、そんな王女を盲愛してるエドウィン様も、そして懲りずにエドウィン様に恋し続けるわたしも、みんな馬鹿だ。大馬鹿だ。


 泣きたくないのに、さっきまで大泣きしていたせいで堪えきれなかった。頬を伝っていく液体を見られたくなくて俯く。


「シンシア、すまない……」

「っ」


 優しく腕を引かれたかと思えば、エドウィン様にぎゅうっと抱き込まれた。身動ぎできないほど強く、でも苦しくはない力加減で。

 爽やかな香りがする。エドウィン様の匂いだ。力任せに振りほどいてしまいたいのに、こんな時でもその香りはわたしを酔わせた。ずっとここにいたい、そう思ってしまう。


「君は、必ず私が守る。不安にさせてしまってすまない……」


 ──エドウィン様が守りたいのはわたしじゃなくて王女殿下でしょ。思わせ振りな言い方しないでよ……。


 そう言いたいのに、わたしはふぐふぐと不恰好に鼻を鳴らすしかなかった。今口を開いたら、たぶんエドウィン様を詰って詰って詰りまくって、収拾がつかないほど泣きわめく自信しかなかったから。


 しばらくすると、エドウィン様がいきなりパッと身体を離した。今までのは何だったのかという変化に、わたしはただ呆然とエドウィン様を見上げる。

 エドウィン様はわたしではなく、その後ろを見ていた。


「シ……シンシア!」

「え?」

「ああ、何ということだ……! 我が天使よ!」

「お父様?」


 大袈裟な嘆きが聞こえてわたしは振り返った。うん、やっぱりお父様。


「ジンジア~!!」

「うわっぷ」


 すごい勢いで突進してきたお父様にぎゅっと抱き締められて、わたしはその勢いに引いた。既に大号泣なんだが? なにこれ??


「ジンジア、ずばない……! わだじがっ、わだじがづいでいながっだばがりに……っ!」

「ちょ、お、落ち着いて、お父様」

「ううう、ジンジア、ぎみはなんでそんなにでんじなんだっ」

「鼻詰まってて何言ってるかわかんないから……」

「ジンジア~! ほんどうにずばないっ」


 ──ダメだこりゃ。


 泣いているお父様にわたしは相性が悪い。わたしが話しかければかけるほど泣く。お陰でわたしの涙は完全に引っ込んだけど。


 きっとお父様もルーナとダンから話を聞いて慌てて来たんだろうけど、混乱が収まった現場に新たな混乱を持ち込まないでほしい。切実に。


「スメキムス子爵、今回のことは私の浅慮が招いた事態です。深くお詫び申し上げます」

「え、」


 エドウィン様が頭を下げたのを見て、わたしがびっくりした。だって高位貴族って簡単に謝ったり頭を下げないものだから。それがこんなにあっさり頭を下げるんだから、たぶんこの場にいるみんなが驚いていると思う。お父様に抱き込まれてるせいで周り見えないけど。


「……ジンジア、がえろうか」

「え?」


 普通は有り得ない高位貴族からの謝罪を、お父様はまさかの無視している。いくらエドウィン様がまだ爵位を継いでいないとはいえ、それはさすがによろしくない。


「お父様、エドウィン様が──」

「帰るよ、シンシア」

「お、お父様?」


 有無を言わせずに肩を抱いて、お父様はわたしを部屋から連れ出そうと歩き出した。

 やっと周りが見えたけど、部屋の中にはルーク様と近衛兵2人しかいなくて、しかもみんな目を逸らしていた。まあ、貴族があんなに号泣して高位貴族の嫡子の言葉を無視してるところなんて、絶対見なかったことにしたい案件だよね。


 外れた扉があった場所の向こうに、ルーナとダンが待っていた。慣れた顔にほっとする。


 何度かエドウィン様を振り返ろうとしたけど、その度お父様が肩をぐっと引いてそれを許さなかった。思わずお父様を見上げると、初めて見るような厳しい表情をしている。


 ──え、こわ。ちょっとどころじゃなく怖い。お父様、こんな顔もできたんだ。


 わたしは結局、1度も振り返ることなくそのまま家に連れ帰られた。



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