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エドウィン様との出会い


 春になってようやく寒さが緩み始めた頃、わたしは侯爵家主催の夜会に参加していた。

 お父様が知り合い──その侯爵閣下は友人と言っていたけど──らしく、「シンシアと一緒にいたい」というお父様の我が儘も何のその、強引に引っ張っていかれてしまった。これくらいの押しの強さがないと、確かにお父様の友人はできないだろうと思う。


 わたしは1人になると、すぐに男性に囲まれてしまう。なのでお父様が連れていかれる前に壁際に寄り、そこに待機していたルーナと一緒にお父様の帰りを待っていた。こうしていれば、『今は異性と話したくない』という意思表示になる。

 だけど、虎視眈々とわたしと話す機会を伺っていたうちの1人が、どう見てもこちらに真っ直ぐ歩いてくるのにわたしは気づいてしまった。


 早めに逃げるが勝ちだ、とわたしは持っていたグラスをルーナに渡し、「ちょっとお花摘んでくる!」と言い残してさっとその場所を離れた。


「ちょ、お嬢様!」


 若い女性の集団にわざと突っ込んでいき、その間を抜ける。わたしは周りより頭半分ほど小さいから、こうすれば色とりどりのドレスに紛れて簡単に男性の視線から逃げられるのだ。


 お手洗いに逃げ込もうと廊下に出る扉の前に差し掛かると、ちょうど扉の向こうに歩いていく人の足元を、何かがころころと転がっているのに気がついた。


 ──あれ、もしかして落とし物?


 わたしは転がっていくそれを追いかけて拾い上げた。


 ──これ、木のボタンだ。しかも古いし、ちょっと割れてる。


 ただの木でできたボタンは、今はほとんど使われていない。くるみボタンが主流だからだ。たぶん使われていたのは戦争時くらいまでだと思う。


 ──落とし物、かなぁ?


 ゆったりと歩いていく人の後ろ姿を見る。上質そうな服に気品のある歩き方。どう見ても高位貴族の男性だ。そんな男性が、こんなボロい木のボタンを持っているだろうか?


 ──でも、もしお祖父さんとかお祖母さんの形見だったら?


 そう思ってしまうと、このまま見なかった振りはできなかった。

 失礼だと怒られるのを覚悟で、わたしは遠ざかっていこうとする背中を走って追いかけた。


「あの、も、もし! そこの方!」

「君は?」


 先に気づいて問いかけてきたのは、目的の人の侍従であろう男性だった。警戒するようにこちらを睨みつけている。

 今まで男性といえば好色な目でばかり見られていたので、その新鮮な反応にびっくりすると共に、なんでこの可愛さに全く反応しないんだろうと疑問がわく。


「あ、あの……こちらを、そちらの男性が落とされた物では……」


 その言葉に振り返った目的の人を見て、わたしの疑問は解消された。


 ──わあ、なにこの人、すっっごいイケメン……! あり得ない、顔良すぎ。スタイルもめっちゃいい。芸術品か何か?


 そりゃあ、これだけ顔もスタイルも良い主人が傍にいれば、天使のようなわたしを見てもスルーできるようになるだろう。それくらい、その男性は素晴らしかった。そしてきっと侍従は、常日頃から主人に付き纏おうとする女性に手を焼いているんだろうな、と思った。


「ん? それは……」

「それは私の物だ。さっきハンカチを取り出した時にうっかり落としたみたいだね。拾ってくれてありがとう」


 わたしの掌の上にあるボタンを見て、すぐに男性は大股で歩み寄ってきてそれをぱっと取り上げた。侍従から隠すような動きだったので、高位貴族が持っているには相応しくない物だと、その男性も自覚はあるのだろう。もしかしたら、誰かに馬鹿にされたことがあるのかもしれない。


 ──それでも持ち歩くほど、きっと大切なものなんだ……。


 さっさとポケットにそれをしまう男性を見て、わたしはにこりと微笑んだ。


「いえ、大事なもののようでしたから、わたくしが気づけてよかったです」

「……、君は……」

「あ、ええと、わたくしはシンシア・スメキムスと申します」

「ん、ああ、私はエドウィン・ロマチストンだ」

「ロマチストン……こ、侯爵ご令息でしたか。失礼いたしました」


 うっかり普通に話をしていたけど、ここは貴族社会だ。それをようやく思い出したわたしは慌ててカーテシーをした。


「それでは、わたくしは──」

「っま、待ってくれ」


 これ以上の失礼を働く前に退散しようとしたわたしは、呼び止められてロマチストン侯爵ご令息を見上げる。うわあ、背ぇたっか! という感嘆を微笑みで隠していると、何度か言葉を飲み込んだロマチストン侯爵ご令息が、真剣な表情で口を開いた。


「これは、本当に大事な物なんだ。だから……是非、君に礼をしたい」

「お礼なんてとんでもない。お気持ちだけで……」

「いや、それでは私の気が済まない。どうか私のために、礼をさせてくれないだろうか」

「……そ、そこまで仰るのなら、では……」


 すごい律儀な人なんだな、と思いつつわたしが頷くと、ロマチストン侯爵ご令息はパッと破顔した。まるで発光するかのごとく眩しいその笑顔に、わたしの胸が急にときめいてしまう。


 ──そ、その笑顔、反則すぎ!


 思わず目を覆ってしまいたいほどの眩しさに視線を逸らすと、エドウィン様が手を強く握りしめているのが見えた。なんかガッツポーズでもしてるみたい、と思ったところで拳が解かれる。


「では……スメキムス、というと子爵令嬢だね。君の家に手紙を送るよ」

「ええ、わかりましたわ」

「それと求こ……いや、それはまだ早いか。何でもない。次に会える日を楽しみにしているよ」

「会える……? あ、はい。わたくしもお待ちしております」


 その翌日届いた手紙でわたしはデートに誘われ、そして遊ばれてるとは知りもせずエドウィン様に恋をしてしまったのだった──。



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