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襲撃


「なんだ、諦めちまうのか? もっと抵抗してくれよ」


 男がどすどすとわたしに近づいてくる。うずくまったまま、わたしは男の足元を見つめていた。


 ──まだ、まだ。あと3、2、1──今!!


 わたしに伸ばされた手を避けるように勢いよく立ち上がりつつ、わたしは男の顎目掛けて掌を思いっきり突き出した。


 ガチンッ! と良い音がした。


「ごっ?!」


 濁った悲鳴を上げた男は、そのまま後ろ向きに倒れていった。どっ、と鈍い音を立てて床に転がった男は、白目を向いて気絶している。上手いこと脳震盪を起こしてくれたようだ。


「……はぁ~、護身術習っててよかった」


 なんせわたしは天使と言われるほど可愛いのだから、どこかに連れ込まれる危険性はみんなわかっていた。だからこそ、わたしは小さい頃から領地で護身術をがっつり習っていた。実践するのは初めてだったが、うまくいってよかった。


 脅威は去ったと油断していたわたしは、後ろから突き飛ばされるまで他に人がいることに気づかなかった。


「きゃあっ!?」


 押された勢いで転び、床にべしゃりと倒れたところで誰かが後ろからのし掛かってくる。


 ──しまった、この体勢はまずい!


 わたしは小さいので、とにかく重要なのは相手の意表と弱点を突くことだ。押さえ込まれると護身術は何の役にも立たない。


「こんな小せぇ嬢ちゃんがあいつを伸しちまうとはな。だが所詮小娘だ。周りが見えてねぇな」

「あっ、あんた……こいつの仲間!?」

「さぁな。顔を合わせのは今日が初めてだ」


 つまり、別々に雇われたということだろう。それできっと距離をとっていて、わたしが気づかなかった。


 ──悔しい。たしかに部屋に入った瞬間、逃げられそうな窓しか確認しなかった。暴漢が何人いるかの方が大事だったのに……!


 うまいことやったと思っていただけに、悔しさと恥ずかしさは一入だった。


 今さらだが、押さえ込まれたまま部屋を見回して他に誰もいないか確認する。ついでに後ろの男も少しだけ見えた。

 男は少し髪が長くて痩せ型、さっき倒した男とは正反対に生気のなさそうな表情をしていた。


「あんたに恨みはないが、金を貰ってるんでね。ちっとばかし大人しくしててもらおうか」

「大人しくなんてしないわよ! 離しなさい! こんなことして、捕まったら命ないわよ!?」

「捕まらなきゃいいだけさ」


 言い争ってる間にも、無理矢理後ろ手に手首を縛られてしまう。抵抗できない。


 ──ヤバいヤバいヤバい、ほんっとーにヤバい!


 首元のドレスを男が鷲掴んだ。叫ぶ間もなくビリリッと音がして、背中の上辺りに空気が当たってすうすうする。


「いや、やだ、やめて、や……!」


 ──た……助けて、エドウィン様!!


 ドオォーンッ、と凄い音が響いたのはその瞬間だった。


「シンシア!」


 タックルでもしたのか、ゆっくりと倒れてくる扉の向こうから聞こえた声に、わたしは泣きたくなった。


「エドウィン様!」

「ちっ、助けは来ないはずじゃねえのかよ!」


 男が立ち上がって背中が軽くなった瞬間、わたしはごろごろと床を転がって扉の方に向かった。男にわたしを人質にする隙を与えない、素晴らしく機転が利いた行動だったが、実際ほとんど何も考えずにそうしていた。


「くそっ、てめえ!」


 追いかけてこようとした男の前に、凄い速さで助けに来た人──エドウィン様が割り込んだ。


「貴様、何をした?」

「かっ、く……」

「シンシアに、何をした」

「かはっ……が、」


 エドウィン様の背中で遮られて何が起こっているかわからないけど、エドウィン様がものすごい怒っているのだけはわかった。怒りのオーラがすごすぎて部屋の空気が薄く感じられる。


「え、エド……」

「エドウィン様、その辺でお止めください。殺しては証言が得られません」

「……」


 わたしの呼びかけを遮った聞き覚えのある声に顔を向けると、倒れた扉の上に立っているエドウィン様の侍従のルーク様がいた。その後ろから近衛兵が数人どやどやと入ってくる。


「エドウィン様。あなたには他に気を使うべき方がいらっしゃるのでは?」

「っ、シンシア!」


 ぱっとエドウィン様が振り向いて、その向こうで男が崩れ落ちるのが見えた。どさっ、と倒れたらしい音を、わたしはエドウィン様の胸の中で聞いた。


「シンシア、シンシア……」

「エドウィン、様……」


 上半身を抱えあげるように胸の中にしまわれて、エドウィン様の香りに包まれる。押しつけた耳から聴こえるエドウィン様の鼓動がすごく早くて、ここまでどれだけ急いで来てくれたかを物語っていた。


 急に、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。


 ──ああ、もう怖いことは何もない。エドウィン様が来てくれた……。


「エ、エドウィ、さま……っ」

「遅くなってすまない、シンシア。もう大丈夫、大丈夫だ……」

「うぅ~っ、ひ、こ、こわか、怖かったぁ~っ」


 安堵で涙腺がどうにかしてしまって、わたしはまるで幼子のようにわんわんと声を上げて泣いてしまった。いつの間にか拘束された手が解放されていて、エドウィン様に両手で強くしがみつく。


 エドウィン様はずっと、わたしが落ち着くまで抱きしめて頭を撫でてくれた。


 どれだけの時間がかかったか、わたしがようやく落ち着いてきたのを見計らって、エドウィン様は上着を脱ぐとそれでわたしを包んでくれた。ハンカチでわたしの顔まで拭いてくれる。


 ──うう、エドウィン様、好き……!


 危ないところを助けに来てくれて、こんなに親身になって慰められたら鉄の女だって落ちると思う。本当にずるい人だ。

 というか、なんでここにエドウィン様がいるのだろう。


「エドウィン様、どうしてここに?」

「父に呼ばれて王宮に来ていたんだ。帰ろうと思ったところで君の侍女と護衛が駆け込んできて、それで急いで来たんだが……もっと早く来られなくてすまない」


 わたしよりも辛そうな顔をするエドウィン様に、なんだか可笑しくなってしまう。そっと手を伸ばして、ぎゅっと皺が寄った眉間を撫でてあげた。


「エドウィン様のおかげで、わた……わたくしは無事でしたわ。助けてくれてありがとうございます、エドウィン様」

「シンシア……本当に、間に合ってよかった……!」


 わたしの手を上から優しく握ったエドウィン様が、そこに頬を押し付けるようにしてすり寄る。


 ──うっ、か、かわいい……。


 ご主人さまに撫で撫でしてもらいたいワンちゃんみたいだ。エドウィン様、わたしのツボ押さえすぎじゃない?


 もう見ていられなくて視線を逸らすと、エドウィン様の傍らに見覚えのある物が落ちているのに気がついた。

 空いている手を伸ばしてそれを拾い上げ、掌の上に乗せる。


 少し割れた、古い木のボタンだった。


 ──エドウィン様と初めて会ったのも、これを拾ってあげた時だったな。


 たった2ヶ月ちょっと前のことなのに、それはひどく懐かしい記憶のように思えた──。



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