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領地で傷心を癒したい


「はあぁぁぁぁぁ……」

「シンディ、そんなでっかい溜め息吐きながらよく刺繍できるね」

「騙す男も悪いけど、シンディは純粋すぎるわよ。そんなに可愛いんだからホントに気をつけなさいよ」

「うん、ありがと、二人とも……」


 わたしがスメキムス子爵領に帰ってきて2週間。

 1日を布団穴で泣き暮らした後、わたしは自分の部屋にある本──もちろん恋愛小説だ──を全て読み直し、それからは刺繍に励んでいる。


 ここはわたしの家がある、領地で一番大きい町「シンシアーズ」にあるわたしの平民の友達の家だ。町の名前がわたしと同じなのは偶然ではなく、領主であるお父様がわたしが生まれた喜びを分かち合いたいと改名したからこうなっている。まあ、前の名前『ナタリーズ』も同じ理由で何代か前の当主がつけたらしいから、町の人は領主の親馬鹿を微笑ましく思ってくれているらしい。ありがたい限りだ。


 わたしの友達、ローズとメアリーはもう十年近い付き合いがある。わたしが前世の記憶を思い出してから「平民の友達がほしい」と両親に我が儘を言って、平民みたいな服装で町に出た時に知り合った女の子たちだ。ローズは濃い茶髪にピンクの瞳、メアリーは薄い茶髪に黄緑の瞳でそばかすがチャーミングポイントだ。わたしは自分を「平民のシンディ」だと言って友達になった。信じてくれているかはわからないけど、二人とも対等に接してくれて大好きな友達だ。わたしは親友だと思っている。

 二人には知り合って1年くらいで、わたしが前世で習得した編みかごの作り方を教えてあげた。どうやらそういう編んだかごはこの世界になかったらしく──布の手提げとか木枠に布張りのかばんが主流──たった数年でここシンシアーズは編みかごの一大生産地になって今に至る。二人は共同で商会を経営していて、わたしも誘われたけど正体を隠しているし、しかも領主の娘なのでややこしいことになるのを避けるために辞退した。二人とも家族が裕福な暮らしができるのはわたしのお陰だ、ととても感謝してくれてわたしも嬉しい限りだ。


 2年ぶりに帰ってきて「男に騙された」と泣きついて落ち込んでいるわたしを慰めつつ、一緒に図案を考えて刺繍をしてくれる優しい友達に、もう一生領地にいようかな、なんて思ってしまう。今は王都にいてわたしが領地に帰るのを泣いて止めてきたお父様もだけど、少し年の離れたお兄様二人もわたしには激甘だから、たぶんわたしが一生嫁がずに領地にいると言っても歓迎してくれる気がする。


「シンディ、そんなことで挫けちゃだめよ。男なんて星の数ほどいるんだから、シンディに尽くして愛してくれる男を見つけなきゃ!」

「ローズ……」

「ローズの言う通りだよ、シンディ。あなたには世界で一番幸せになってほしいもの」

「メアリー……」


 わたしは弱気になっていた自分がちょっと恥ずかしくなった。そうだ、男なんていっぱいいるし、一度遊ばれたくらいで逃げるなんて情けない。ローズとメアリーの言う通りだ。

 まだ新しい人を見つける気にはならないけど、それでもいつまでも落ち込んでるだけなのはよくない、とちょっと前を向く気力が出てきた。


 わたしは持っているものを置いて──針は危ないからね──二人にも置いてもらうと、がっしりと友情のハグをした。


「ローズ、メアリー、ありがとう……!」

「きゃあっ、シンディ良い匂いする!」

「シンディ、あなた胸育ったんじゃない?」


 ──なんか、思った反応と違うけど。いいのよ、親友ってこんなもんだから! たぶん!




 それから更に2週間。

 王宮に出仕しているお父様は王都を離れられないため、2日か3日に一度は手紙が届いてちょっとうんざりし始めた。元々お父様はわたしたち家族と一緒に領地に住んでいたけど、わたしの社交界デビューに合わせて王都に行き、わたしがそこに居着きそうな気配を感じるや否や仕事を貰ってきたのだ。お兄様に領地に呼び戻されるのを防ぐためだと思う。この感じだと1年以内に仕事を辞めて領地に戻ってきそうな気がする。


「お母様、お父様にもっと手紙の数を減らしてほしいって手紙を送ってもらえない? 返事をする前に次の手紙が次から次に届くのよ……」

「まあ、あの人はしょうがないわね。でもシンシアに手紙を送るなって言ったら、たぶんあの人仕事に穴を開けてでもここに帰ってくるわよ。それでもいいの?」

「ああぁ……お父様なら絶対やる……。うう、手紙は送らなくていいです……」

「返事は何回かに一回で充分よ。手紙送るだけなら無害なんだから送らせときなさい」

「はぁい……」


 おっとりした淑女らしい微笑みを浮かべるお母様だけど、お父様の扱いは心得ている。

 わたしのお母様は隣領の伯爵令嬢だった人でアリシアといい、わたしが名前を半分受け継いでいる。この辺りの風習で、女の子はお母さんの名前と同じ文字を使うと健康に育つんだって。そのお陰か、わたしは昔川で溺れかけた時以外大きな怪我も病気もしていない。キラキラの金髪もお母様譲りだ。

 そんなお母様は、その昔子爵家の嫡男としては驚くほど優秀でハンサムだったブライアンことお父様に、自らアタックしたらしい。詳しいことは教えてもらえなかったけど、その後めでたくゴールインしたのだという。めでたい(物理)だったので、結婚式から半年経たずに長男が生まれている。

 そういう経緯もあってか、お父様はお母様に弱い。それでも親馬鹿はどうにもならないのだから、つける薬もないってやつだ。黙ってればイケオジなのにね、お父様。


「シンシア、ここにいたのか」

「クリスお兄様」


 お母様とお茶会している温室に、満面の笑みのイケメンが入ってきた。同居している次男のクリストファーお兄様だ。

 長男のスティーブンお兄様は去年結婚して、スメキムス家の持つ別邸に奥様と住んでいる。わたしが帰ってきた3日後には話を聞き付けてここ本邸に来て、丸1日わたしを抱っこしたまま髪やら頬やら額やらにキスしまくって「今日から本邸に帰ってくる!」と言っていたけど奥様に引き摺られて夜には帰って行った。それからは週に一度来て以下略、だ。

 クリストファーお兄様はもうちょっと分別があるのでありがたい。スティーブンお兄様と同じわたしより濃いブロンドに、お母様と同じ明るい緑の瞳も優しくて素敵だ。


「昨日は朝からお友達の所に行っていて会えなかっただろう? 同じ家に住んでいるのに会えないなんてとても寂しかったよ、シンシア。お兄様にキスしてくれるかい?」

「ええ、クリスお兄様、こっちに来て」


 にこにことわたしの隣に来て片膝をついて顔を寄せるお兄様の頬に、わたしはちょんとキスしてあげた。ぎゅっと抱き締められてお返しのキスが頬と額と鼻に落ちてくる。スティーブンお兄様だったらこのまま抱き上げてわたしを抱き締めたまま椅子に座るところだけど、クリスお兄様はハグとキスで落ち着いたのか椅子を持ってきて隣に座るだけだ。


「クリストファー、あなたは招待していないけれど?」

「母上、シンシアがせっかく家にいるんです。一緒にいたいというのは当たり前の感情でしょう」

「お母様、いいの。わたくしが招待するわ。お兄様、ずっと放ったらかしにしてごめんなさい。よかったら今日の午後一緒にお出かけしない?」

「またシンシアはクリストファーを甘やかして……」

「もちろんいいよ! どこに行こうか。暖かくなってきたから湖にでも行くか……いや、最近シンシアは一層可愛くなったから、服をプレゼントしよう。仕立て屋と、この辺で一番良い宝飾品店で何か見繕おう」

「お兄様、ありがとう。大好き!」

「僕もシンシアが大好きだよ、僕の可愛い天使」


 またお兄様がぎゅうっとハグしてくる。クリスお兄様の石鹸みたいな優しい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。なのに、わたしの脳裏にちらつくのはシトラスの爽やかな香りと冷たく感じるほどの美貌。笑うと意外なほど優しげな顔になって、それがわたしは好きだった……まだ、思い出して胸が痛くなるほどには好きだ。


 またちょっと落ち込んでしまって、わたしはクリスお兄様の胸にぐりぐりと顔を押しつけた。クリスお兄様は優しく頭や背中を撫でてくれる。


「シンシアが欲しいものは何でも買ってあげるし、して欲しいことは全部してあげるよ。もう王都になんて戻りたくないと思うくらい、僕が甘やかしてあげる」

「……わたし、もう子供じゃないわ」

「いつまでも子供でいていいよ、可愛いシンシア」

「スティーブンお兄様と同じこと言わないで。わたしもう大人なんだから」

「まったく、シンシア。そんなにクリストファーに抱きついて何が大人なのかしら。十年前とやってることが変わらないわよ」

「母上、シンシアが甘えてくれてるのに余計なことを、」


 お母様の言葉にさっとクリスお兄様から離れると、お兄様はあからさまに残念そうに眉を下げた。


「あら、ホホホ……わたくしお出かけの準備をしてきますわ」


 両手を中途半端に上げたままこちらを見つめる悲しげな瞳は無視して、わたしは優雅に一礼してその場を辞した。


 ──お兄様が甘々だから、つい子供みたいになっちゃうわ。気をつけないと。


 無駄になりそうな予感がしつつ、わたしは自分を戒めた。クリスお兄様にも1日中抱っこされ始めたら敵わないからね。移動が楽だなー、なんて思ったらダメ人間街道爆走しちゃうのよ、ガチで。


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