王宮に連行中
わたしは王家所有の馬車に揺られている。気分的にはドナドナだ。
恋敵認定されてるっぽい王女殿下からの呼び出しなんて、わたし帰りにもちゃんと首と胴体繋がってるんだろうか、と不安が物凄い。
この馬車、紋章などのない質素な見た目に反して内装は豪華だ。今は閉めてある馬車用のカーテンにも刺繍がびっしりだし、天井についているランプも金っぽい。壁にはこれいるの? っていう謎の装飾が施されていて、ぶつかったら服が破けそう。唯一、座席がふっかふかなのがとてもいい。
──わたし1人だったら、こんなに観察する余裕もなかったな。
今、この馬車にはわたしと使者、それからルーナとダンが乗っている。
当初、使者は乗せるのはわたし1人だと言っていた。主人が招待したのはわたしだけだからって。そこでルーナが「どんな事情があろうとも、お嬢様を男性と2人きりには決していたしません」と主張して、ダンも真っ青な顔をしながら「俺はお嬢様の専属護衛です。お嬢様が出掛けられるなら、俺は必ずお供いたします。俺が傍にいないとしたら、それは俺が死んだ時だけです!」って強固に言い張って、遂には使者を頷かせた。
王家の使者に物申すなんて、自ら抜き身の剣の前に飛び出すようなものだ。その恐ろしさをはね除けて、2人はわたしのために絶対折れなかった。
──わたし、こんなに不甲斐ない主なのに……。
貴族令嬢らしい言葉遣いも全然しないし、平民の服着て平民の友達の家に行ったりするし、遊び人に簡単に弄ばれて進退窮まってるし、どう考えても仕え甲斐のある主じゃない。
それなのに、ルーナとダンはわたしを守るために必死になってくれた。その気持ちが嬉しくもあり、申し訳なくもある。
──わたし、今まで溺愛されること以外、何も考えてなかったんだなぁ。
今さらだけど、考えなしだったと反省するしかない。とはいえ、今反省したところで遅すぎるのだけれども。
息苦しさをどうしようもないまま視線を前に移すと、ルーナと目が合った。何かを訴えかけるような視線だ。
わたしはちらりと使者を見る。たぶん、わたしより高位の貴族のはずだ。おしゃべりとかしてもいいのだろうか?
「どうぞ、私はいないものとしてお過ごしください」
「っ、は、はい」
──ひえっ、恐ろしい。ちょっと見ただけなのに!
わたしの考えが筒抜けすぎる。少しでも不敬なこと考えたらいきなりばっさりやられそうで怖すぎる。
「お嬢様、心当たりがあるんですか? 随分落ち着いていらっしゃいますけど」
「あー、ええ、あるわ」
「言えないことですか?」
「……そうね、使者、様が名前をお出しにならないということは、きっとそういうこと、でしょう?」
そこでちらっと使者を確認してみるが、我関せずといった様子で口を閉じている。本当にいないものになるつもりだ。
わたしは心配と不安で眉を寄せているルーナに、にこりと微笑んでみせた。
「大丈夫よ、ルーナ。きっとそう悪いことは起きないわ」
「お嬢様……」
「心配してくれてありがとう」
何が起こるのかなんて、正直わたしにもわからない。ルーナに無闇に心配させたくはなかったけど、きっと『心配するな』なんて無理な話だ。だからわたしは、その気持ちをありがたく受けとることくらいしかできない。
きゅっと唇を噛み締めたルーナは、1つ頷いた。しかし横目に使者をギリギリと睨み始めてしまい、わたしは使者に気づかれたらどうしようと慌てる。
──ルーナ、待ってやめて! 王女付きの護衛を睨んだら不敬だって切り捨てられるかもしれないよ!?
一生懸命ルーナにアイコンタクトをとろうとするのに、全然こっちを見てくれない。かといって声に出して気づかれたら本末転倒だ。
「……あまり、こういうことを言うべきではないが」
いないはずの使者が突然口を開き、わたしは思わずルーナに飛びつくようにして抱き締めた。「ぐえっ」と何か胸元で聞こえた気がするが構っていられない。
「スメキムス子爵令嬢に仕えられるお前たちが、私は少々羨ましく思う」
「……え?」
「ぷはっ、ええ、わたくしはお嬢様に仕えることができて、本当に幸せです」
「生涯お守りしてさしあげたい方です」
不敬どころか、何故かわたしが主として褒められている。なんでそうなったのか、本当に全くわからないけど。
「私の権力が及ぶ範囲までなら、お前たちも連れて行こう。……経理部門は、廊下を左に真っ直ぐだ。細かい場所はそこにいる警備に訊け」
「っ! ご助言、大変ありがたく存じます、使者様」
ルーナがわたしの腕の中で頭を下げる。
経理部門? と一瞬考えたが、すぐにそこがわたしのお父様が働く場所だってことを思い出した。つまりこの使者は、助けを呼ぶためにルーナたちを王宮に入れてくれる、と言っているのだ。わざわざ場所まで教えて。
──ありがたい、けど。まさか、お父様が出てこないといけないような展開になるってこと?
すぐに思い付いたのは、婚約相手の斡旋だ。斡旋っていうか、男性と密室に2人にされるとか。そこを王宮のメイドなんかに見られたら、わたしはもうその男性と婚約するしかなくなる。貴族令嬢の結婚には清い身が必須だから、男性と2人きりになったら何があったかわからないって言われて、そうするしかなくなるのだ。
──そうなれば、王女殿下は簡単にわたしをエドウィン様から引き離せる。……でも、まさかそんなことする? この国の王女殿下で、しかもエドウィン様と相思相愛でしょ? え、でもだとしたら、お父様を呼ばないといけない事態ってなんだろ?
わからなすぎて青くなっていると、ぽんぽんと腰を叩かれてハッと我に返る。抱き締めたままだったルーナが「危ないですから席にお戻りください」と言ってきて、わたしは慌てて自分の席に戻る。
使者に目を向けると、さっき話したのが嘘のように無表情でカーテンを見つめていた。
それから王宮に着くまでの短い間、使者は今度こそいないものになって、ついぞ一言も喋らなかった。