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王女殿下のメモ(招待状)


 その翌日、わたしは自室でぼーっとしていた。

 完全に網膜に焼きついてしまった昨日の手の甲にキスするエドウィン様に、もう王女殿下のことなんか考えられないくらいに胸がいっぱいになってしまっている。


 ──はぁ、かっこよかったな、エドウィン様……。今度は立ってる時に、できれば膝をついてやってもらいたいな……。ぐふふ、うへへ……。


「あの……お嬢様、大丈夫ですか?」

「ふぇ?」


 侍女のルーナが珍しく声をかけてきた。と思ったけど、普段はわたし恋愛小説を読んでるか刺繍に没頭していて声なんかかけられないけど、今日は何もしていなかった。ぼんやり座っているから心配させてしまっただろうか、とルーナの方を向くと、初めて見るような引き攣った笑みを浮かべていた。どうしたんだろう?


「その……変な笑い声? をあげていらっしゃるので……」

「えっ、ごめん、出てた?」

「ええ、そこにお座りになってからずっと」

「ず、ずっと?」

「はい、もう三十分ほど」


 ──そりゃあ大丈夫かって訊くわ。たぶんあれだ。「頭大丈夫?」の方のやつだ。


「ごめん……不気味な主人で……」

「それはいいのですが、一体どうされたんですか?」

「え、えー……と、その……」


 一番憧れてたシチュエーションをエドウィン様がやってくれた、と言うのは簡単だけど、きっとルーナは喜ぶと思うんだけど、わたしエドウィン様振ろうと思ってるのにそんなこと言っちゃっていいんだろうか。なんというか、自分のことながら矛盾がすごい。


 愛想笑い的なやつで誤魔化せないだろうか、とわたしが企んでいると、救いのようにノックの音が響いた。


「お嬢様、面会を希望する者がおります」

「面会……?」


 わたしは首を傾げる。ルーナを見ると、首を横に振った。ルーナも知らないということは、訪ねてくるという知らせを出していない相手だ。


 わたしが前世でよく読んでいた貴族ものの転生小説でもそうだったように、この世界でも他人の家に突然押しかけることは無作法だ。少なくとも前日までには手紙や人をやって訪ねることを知らせないといけない。そうでなければ面会は断っても問題なしとされる。まあ親しくなると例外的にいいってことになるんだけど。

 うちではわたしの誘拐を防ぐために、そういう人が来ても面会なんて絶対にしない。こうやってわたしに知らされるのも初めてだ。


 ──どういうこと? 名前を言わないってことはエドウィン様でもないだろうし……いや、エドウィン様は領地で突撃してきた以外は必ず手紙くれてたし、何なら高位貴族らしく先触れまで出してくれてたはずよね。


 困惑しながらもルーナに頷いてみせると、扉を開けてくれた。その向こうにいたのは、見たことないくらい緊張して強張った表情の執事長だった。


「どなたがいらしたの?」

「それが……王家の紋章が入った剣をお持ちの方で、高貴な方の使いであると申しております」

「王家の紋章……!?」


 それが入った剣は近衛兵、特に王族の護衛にあたる者しか持ち得ないものだ。

 つまり、何故か王族の使いがわたしに会いに来たってことだ。


 ──待って、何故かじゃないわ。心当たりあるじゃないの。王女殿下だ……!


 家の都合──というより国の都合?──で婚約できなかったエドウィン様と、やっと婚約を結べるという段階になってみたら、顔だけの下位貴族なんかと付き合ってる──王女殿下から見たら、きっと許しがたいことだろう。


 ──いやいや、わたしはちょっと前まで何も知らなかったし! エドウィン様を振ろうと思ってるし! わたしじゃなくて当人同士で話し合ってよ……!


 と言いたいけど使者は既に来てしまった。


 まあ、恐らく軽い忠告をいただくだけで済むだろう。わたしだって遊ばれてるだけだってわかってるのに、好きな人の本命からわざわざ忠告を受けるだなんて、なんて馬鹿馬鹿しい事態だろうか。


 わたしは非常に嫌々ながら、王家の使者に会うのに相応しい格好に着替えて部屋を出た。もちろんルーナも一緒だ。ルーナはわたし専属だから本当に一日中一緒なのよね。


 廊下にわたしの専属護衛のダン、それから家で雇ってる護衛数人が控えていて、着替えのためにきてくれていた侍女のミリーも合わせて大所帯で応接室に向かう。

 高貴な方の使いという話は聞いているのか、みんな表情が硬い。たぶんわたしも。


 ルーナがこそこそと「もしかしてお嬢様、先日の夜会で王太子殿下に見初められてしまったのでは」と不安そうな顔で言ってくるので、それで気が抜けて助かった。わたしが知らないくらいだし、きっとルーナもエドウィン様と王女殿下のことは知らないのだろう。

 それにしても、目も合わなかったし一言も話さなかった王太子殿下が、だなんて笑ってしまう。しかも王太子妃になれるのは暗黙の了解的に侯爵以上の家の令嬢だけだ。いくらなんでも子爵令嬢のわたしは有り得ない。


 応接室に着くと、開いたままの扉から執事長がわたしの到着を知らせてくれる。


 1つ深呼吸をして、わたしは部屋の中に入った。


 茶色い髪の真面目そうな男が1人、騎士の礼をしている。近衛兵の服ではないが、腰には王家の紋章が入った剣を下げていた。間違いなく王族の護衛だ。


「お初にお目にかかります、わたくしはシンシア・スメキムスと申します」


 カーテシーで正式な挨拶をする。近衛兵は貴族しかなれない上に、王族の護衛ともなれば伯爵家以上──つまり目上──の可能性が高いからだ。


「お目にかかれて光栄です、レディ。私は主から名乗ることを禁じられていますので、ご挨拶は省略させていただきます」

「そ、」


 そんなことある? とうっかり出そうになったのを修正して「そうですか」と返す。

 面会に来ておいて挨拶しないのはマナー違反だというのにそれを禁じるなんて、王族というのはやはり常識では推し量れない存在だ。


「こちらをお渡しするように承っております」


 使者が差し出したのは、どうやら手紙らしい。

 なるほど、代弁させるのではなく手紙で伝える方が、当人以外に事情が伝わらないのでいいかもしれない。それとも手紙にせざるを得ないほど罵詈雑言が書かれている可能性が……?


 気になるがわたしは直接受け取れないので、執事長に目配せする。わたしの代わりにそれを受け取った執事長が、おかしな所はないか確認してくれる。それを更にわたしの専属侍女のルーナに渡し、やっとわたしの手元にきた。


 ──散々焦らされて爆弾渡される気分だわ。あーもう貴族ってめんどくさい。


 なんて思ってることは一切合切隠し、わたしは手紙の封を開けた。封蝋はしていないが、封筒自体にも出てきた紙にも、王族が使う紙の証に透かしが入っている。


 ドキドキしながら二つ折りの紙を開くと──そこには思っていたような文章は書いていなかった。


「時間、本日昼。場所、王宮内……月の宮の中庭。……え? これだけ……?」


 どういうこと? と紙を裏返したり明かりに透かしてみたりするが、どうやってもそれ以上の言葉は見えてこない。


「そちらは、私の主よりスメキムス子爵令嬢に宛てた、お茶会の招待状でございます」

「え、招待状?」


 ──時間と場所しか書いてないのに? ていうかこれ宛名も差出人もないし、手紙じゃなくてメモじゃない? 招待状でもないよ。だってメモだもん。


「招待状を確認し次第、会場までお連れするよう命じられております。服装は問わないとのことですので、そのまま迎えの馬車にお乗りいただけますか。既に邸宅前に待機しておりますので」

「……ん?」

「お、お待ちください、使者様! せめて旦那様に報告する時間を──」

「ならん。主の命だ。それともお前は、この家が私の主の不興を買っても構わないと申すのか」

「そ、そういう訳では……」

「ルーナ、気持ちはわかるが控えなさい」

「執事長、でも……」


 ──え?


 ちょっと現実を理解したくないが、もしかしてこれは、招待状という名の召喚状ではなかろうか。しかも連行用馬車付きの。冷や汗がたらりと額を滑り落ちる。


 ──いやいや、使者を通じての口頭注意くらいでいいじゃん!? まさかの呼び出し、しかも今すぐ!??


 王女殿下の本気を感じ取って、わたしは震え上がった。そりゃもちろん、エドウィン様の本命に対していい気持ちはないし、何だか切なくなったりもするけど、一家取り潰しとかはもう別次元で恐ろしい。死刑判決くらいの恐ろしさだ。


 わたしはちょっと涙目になったまま叫んだ。


「ハイ喜んで!!」



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