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二度目ましてのデートです


 わたしを迎えに来たエドウィン様は、まるで一昨日の夜会でのことがなかったみたいにいつも通りだった。


「美しい花々が咲き乱れる花園に君がいると、まさに天使か花の妖精のようだね、シンシア」

「まあ……ありがとうございます、エドウィン様」


 今日エドウィン様が連れてきてくれたのは、一番最初かつ唯一のデート以来になる、植物園だった。

 国が直々に管理しているここは、平民と貴族の入れるエリアが違い、若い貴族の男女がほぼデートに選ばない場所でもある。つまりめちゃくちゃ閑散としている。


 あの時のわたしは、きっと周りの視線を集めずにデートしたかったんだってポジティブに考えられたけど、今になってみると、デートしてることが周りにバレないようにっていう配慮──王女殿下のためのね──だったのではないかと思えてくる。


 ゆっくりと広めにとられた通路を歩きながら、前回もそうだったように、エドウィン様が花の名前や主な自生地を教えてくれる。どこどこの領地では薬として使うとか、料理に使われるだとか、そういう豆知識まで豊富だ。たぶんだけど、エドウィン様は花が好きなんだろうな、と思う。デートに植物園を選んだのには、きっとそういう理由もあるんじゃなかろうか。そう思ってた方がわたしの精神衛生上もいいしね。

 それにしても、いっぺんに色々聞いたせいで内容は全く覚えてないものの、前回説明があったと思われる花については触れてないっぽい気がする。もしかしてエドウィン様、わたしにどの花の説明したかを全部覚えているのだろうか? だとしたら恐ろしすぎる記憶力だ。


「そこのベンチに座ろうか」

「ええ」


 小一時間ほど歩いて足がちょっと疲れてきたな、と思ったところでの提案だ。わたしはありがたく頷く。

 さっと座面にハンカチを敷いて座らせてくれるエドウィン様は、本当に貴族男性の見本くらいのスマートさだ。だからこそ、この国で二番目に高貴な女性の心を射止められたのだろう。


 わたしの侍女と護衛、それからエドウィン様の侍従と護衛は、声は聞こえないけど姿は確認できるくらいの位置で待機している。ここで何を話そうと、彼らには伝わらないだろう。……まさか読唇術とか習得してないよね?


 さて。振ってやろうとは決意したものの、切り出し方がわからない。どうしたらいいのかと言葉を探していると、不意に真面目な顔になったエドウィン様がこちらに向き直った。

 わたしが先に振ってやるって思っていたはずなのに、終わりの言葉が出るかもしれない、と思うと、わたしの口は凍りついたかのように開かなくなってしまった。


「先日の夜会では君を一人にしてしまってすまない、シンシア。私がいるから大丈夫などと大口を叩いておいてあの体たらくだ、君が私に失望したんじゃないかと、手紙の返事をもらうまで戦々恐々としていたよ」


 やや目を伏せたエドウィン様は、何かを失敗して萎れる大型犬みたいで可愛らしかった。出てきたのが終わりの言葉でないことにほっとしたこともあり、わたしは振ってやるという決意をうっかり忘れて、フォローしてあげなきゃ! という使命に駆られる。


「いっ、いえ! 大丈夫でしたわ。侯爵閣下がいてくださいましたし、エドウィン様だって王女殿下に突然誘われて──」


 そこで、『でもエドウィン様だって本命と踊れて楽しんでたくせに』という考えがよぎってわたしは口を閉ざした。しかも戻ってこなかったどころか、そのあと示し合わせて密会までしていた。


 ──わたしなんでフォローしようとしてたんだろう。こんな最低男、さっさと振ってやらないと。


「えっと、そうじゃなくて……」

「シンシア、ありがとう。君は心まで優しく美しいな」

「い、いえ、そんなことは……」

「ああ、ほら。あそこを見て」

「?」


 切り出し方がわからないでいるうちに、エドウィン様にどこかを示されてそっちに視線を向ける。

 背の低い木に白い小さな花がたくさん咲いていた。白い紫陽花が木のそこここに咲いているみたいで、とても可愛らしい花だ。


「わあ、かわいい」

「前回来た時はまだ咲いていなかったんだ。でも、君はきっとこういう花が好きだろうと思ってね」


 にこりと優しく微笑むエドウィン様に、胸がきゅんとしてしまう。


 ──本命がいて婚約間際だっていうのに、こんなことして! エドウィン様は最低な遊び人だ! バカ!!


 心の中で罵ってみるけど、わたしの心臓は全然落ち着いてくれなかった。


「小さい頃、ここによく母上が私を連れてきてね」

「そう、なんですか」

「剣術は嫌いじゃないが、それよりも私は知識を得るために本を読んだり、こうして花を眺めるのが好きな子供だった」


 花というよりもその先、過去を見やる目には愛情と優しさが溢れている。きっとエドウィン様はお母様にたくさん愛情を注がれて、それを真っ当に受け取って育ってきた人なんだな、と思う。

 そんな風に優しいくせに、愛を知っているくせに、どうしてこんなに思わせ振りなことをやめないんだろう?


「君は? シンシア」

「え?」

「君は小さい頃どんな子供だった? ああ、もちろん非常に愛らしい小さな天使だったのは疑いようもないが」


 それは、全くもって否定できない事実だ。前世の記憶を思い出したあとは、数時間くらい鏡に見入って「天使が……天使がいる……」と呟いてたくらいだもん。そこを当時侍女になりたてだったルーナに見られて「何かの後遺症では!?」って医者を呼ばれそうになって大変だったっけ。


「わたくしは……少々お転婆な子供でしたわ。スティーブンお兄様が心配して、わたくしをずっと抱っこしておりました」

「ああ、目を離したらすぐに拐われてしまうだろうからな。正しい心配だと思うよ。それにしても、お転婆な小さいシンシアなんて、きっと天上の楽園にいると錯覚しそうなほど可愛らしかっただろうな……私も見たかった」

「そこまででは……あったかも……あっ、いえいえ、そこまでではございませんわ!」


 本音がぽろりしそうになって慌てて誤魔化す。

 お転婆だったのは間違いないが(なんせ川に飛び込むという前科もある)、今もあんまり変わっていないことはとても言えない。誰も見ていなければ普通に走るし、領地では庭師に頼んで木の剪定をやらせてもらったこともある。不測の事態に備えて護身術や乗馬も習っていたし、とても一般的な令嬢とは思えないことをしまくっている。

 スティーブンお兄様に関しても、最初は確かに可愛い妹が心配だったと思うんだけど、途中からもはやライフワークみたいになってたことは誰にも言えない。お兄様の名誉のために。


「君は、この世界の誰よりも愛らしく美しい存在なんだと、よく自覚した方がいい。全ての男が、いや、男だけじゃない。全ての人が自分を誘拐しようとしていると思って備えてもいいくらいだ」

「そ、そんな大袈裟な……」

「大袈裟なんかじゃない。君はそれだけ素晴らしい存在なんだ。今、君が何事もなく私の傍にいてくれる幸運に、私は心から感謝しているよ」


 膝の上に乗せていた手に、温かいものが触れる。ハッとして下を見ると、エドウィン様の大きな手がわたしの手を優しく包みこんでいた。

 そっと握っていた手が、そろそろと動いて指を絡ませてくる。


 ──!!!???


 あまりの驚きに全てがフリーズした。


 今までも、エドウィン様と手が触れあったことはある。でもそれは全てエスコートのためで、こんな風にただ手を握ったことは一度もなかった。


 ──な、なんっ……え!? なにこれ!? なんなのこれ!!? あ、エドウィン様の手、あったかい……。


 エドウィン様の手は指が長くて細く見えるけど、こうやってわたしの手と比較すると、骨っぽくて結構ごつい。しかもたこなのかごつごつしたものが当たるし、皮膚も意外と厚くて固い。


 ──男の人の手、って感じだぁ。


 まじまじと観察してしまってから、これはダメでしょ! と気がついて離そうとする。だってこれはさすがに浮気でしょ!?

 でも恋人繋ぎ状態になっているせいで全く離れないし、何ならちょっとにぎにぎされている。


 ──ちょっ、まっ、離し、離してよ! バカ! 破廉恥!!


 心の中なら自由に叫べるのに、わたしの口からは一向に声が出なかった。顔が熱くて胸が苦しい。


 数分か数十秒か、時間の感覚がどこかにいってしまってわからないけど、エドウィン様が満足して離すまで、わたしはその手を引き剥がすことができなかった。


 しばらくして、絡んでいた指が離された。やっと解放されてほっとしたのに、その手をまた取られ、エドウィン様はわたしの手の甲に恭しくキスを落とした。まるで、身命を賭して誓いを立てる騎士のように。ずぎゅんっと胸の中で変な音がした。


「あまり遅くなってもいけない。そろそろ帰ろうか」

「……は、い」


 名残惜しそうに指先を撫でながら離れていったエドウィン様の手を、わたしはもう一度握りたいと思ってしまうのをやめられなかった。理性を総動員してエドウィン様の感触が残る手をぎゅっと握りこみ、どうにかぎこちなく頷いてみせる。


 実はわたしが前世から一番憧れていた手の甲へのキスは、破壊力が凄まじかった。この世界ではあまり流行っていないらしく、恋愛小説で読んだ以外に初めて見たしされた。


 ──こ、こんなに、嬉しくて恥ずかしいんだ……。


 ぽーっとしたままエドウィン様にエスコートされて家に帰り、ふわふわしたまま寝台にダイブしてごろごろ悶えて──わたしは思い出した。


 ──あっ、エドウィン様を振ってやろうと思ってたのに!


 あんなに固く決意したのに、すっかりエドウィン様の術中にはまってしまった。いやだって、あんなの反則だと思う。恋愛小説の中でしかないと思ってすっかり諦めていたのに、まさか一番胸キュンする手の甲へのキスをしてくるなんて!


 ──あああ、瞼からあの場面が消えない……! わたしいつの間に心のシャッター押したのよ!?


 わたしは何度もごろごろと寝台の上を転がりながら、恋愛初心者があのエドウィン様を振れるのは一体いつになるのかと、途方に暮れるしかないのだった。



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