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まさかの密会現場に遭遇


 どれだけそうしていたのか、足の痛みが無視できなくなってきてわたしは立ち上がった。そういえば侯爵閣下を廊下に待たせていることもついでに思い出して、わたしは慌てて化粧室から走り出る。


 しかし戻りたい廊下の角の向こうから話し声が聞こえることに気がついて、わたしは咄嗟にUターンして手近な角を曲がった。甲高い声たちから逃げたい一心で適当に走って角を曲がっていると、ふと冷静になった瞬間『あれっ、ここどこ?』と間抜けな疑問が浮かんできた。

 恐る恐る後ろを振り返ってみる。


 ──うん、全然どこから来たかわかんない。


 ああ、もう、何をやっているんだろう、とわたしは大きなため息を吐いた。

 馬鹿な自分がほとほと嫌になる。いっそ自暴自棄になりたいくらいだけど、わたしは自分が家族に愛されていることをよく知っている。家族が泣くようなことは絶対にできない。


 とはいえ、結構ヤバい状況ではある。


 今日は王宮で行われている夜会だ。つまり王族たちの住む場所に程近い。というかほぼ同じ建物のはずだ。ということは、うっかり変な場所に入り込んだら逆賊として捕らえられかねない。


 ──まあでも、さすがに王族が住む方に向かう廊下には近衛兵がいるはずよね。ということは、ここはまだそんなヤバい場所ではない、はず。


 辺りを見回す。

 広い廊下に足音が全くしないほどふかふかの絨毯、化粧室より大きくて飾り付けの豪華な扉。灯り石が輝くランプの入れ物もきっと金だ。


 ──困ったな、『王宮ってどこもゴージャス~!』以外にわかることが何にもないや。どうしよ……とりあえず戻ってみる?


 奇跡的に化粧室に戻れる可能性にかけて、わたしはとりあえず踵を返し、来た方向に向かって歩き始めた。


『うーん、ここから来た気がする』

『ここを右な気がする』

『たぶんこんな所を曲がった気がする』


 という勘一択で歩き始めてどれほどか、不意に人声が耳に入った。しかも久しぶりに聞く男性の声だ。


 方向的に次の角を曲がった辺りか、とわかったものの、そのまま姿を見せる訳にはいかない。捕まったら困るからね。逆賊的な意味でも被捕食者的な意味でも。

 そっと抜き足差し足で角に近づき、わたしは少しだけ角から向こうを覗きこんだ。


 ──え、王女殿下!?


 斜め後ろからで顔はあまり見えないけど、あの羨まけしからんダイナマイトボディとドレスは見間違えようがない。


 ──今一番見たくない人が、っていうかここ入っちゃいけない場所じゃないよね? わたし逆賊になっちゃう!?


 全くもって見ていたい人ではないけど、これがどういう状況なのかしっかり確かめないと犯罪者になってしまうかもしれない。わたしは王女殿下とその周りに視線を向ける。


 王女殿下は扉に向かって立っている。その扉は閉まっていた。では男の人の声は? と思ってもう少しだけ顔を出すと、廊下を向こうに歩いていく男性の後ろ姿が見えた。服装からして侍従っぽい、というかあの背中見たことあるような気が──。


 そこでその侍従らしき男が奥の角を曲がり、その横顔がちらっと見えた。


 ──え!? あれ……エドウィン様の侍従のルーク様、だった……!?


 わたしは急に心臓が冷えるような嫌な予感がして、王女殿下の方に視線を戻した。その瞬間ガチャリと王女殿下の前の扉が開いて、聞きたくなかった声が扉の陰から聞こえてきた。


「王女殿下……」

「ここには誰もいませんのよ、エドウィン様。前みたいにジャクリーンと呼んでほしいわ」

「そういう訳には、」

「待たせてしまってあなたにはすまないと思っているの。でももう、わたくしたちを隔てるものはなくなったのよ。遠慮なんてしなくていいわ」


 王女殿下が自ら扉に手をかけ大きく開けると、声だけでなくエドウィン様の姿も確認できた。見えたらまずいと顔を引っ込めるが、眼前に焼き付いたように王女殿下とエドウィン様の姿が残っている。


 ──し、信じられない! あの二人、まさか密会してるなんて……! エドウィン様、顔がめっちゃ赤くなってたし、見たことない表情してた……そう、そうだよね。だって本命と密会だもんね。遊んでただけのわたしに本命と同じ顔なんて見せるわけないもんね。


 頭がガンガンして、心臓はドクドクとのたうち回り、豪華な王宮の内装が急に色褪せていく。悲しいだとか辛いだとか、もはやそういう感情は湧かなかった。ただただ、酷い衝撃に呆然とするしかない。


「……わたくし、今日は朝まで時間があるの。ねえ、エドウィン様……」


 ──嫌だ、聞きたくない!


 わたしは咄嗟に両手で耳を塞いだ。そのまま、どうせ絨毯が音を吸い取ってくれると、足音も気にせず猛ダッシュでその場を離れた。


 塞いだ耳の奥に、甘ったるい王女殿下の猫撫で声がいつまでも反響していた。



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