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エドウィン様、本命いるってよ


 侯爵閣下にお辞儀してから廊下を一人で歩きつつ、化粧室どこだろう、という根本的な疑問が浮かんできた。

 王宮に来るのも二度目で、しかも前回は化粧室にも行かずにすぐ帰ってしまった。わたしが場所を知るはずなかったのだ。


 一応前回も今回も、注意事項としてお父様から聞いているのが、王宮には伯爵位から上の高位貴族しか使用人を連れて入れない、ということ。ほら、人が多すぎるからね。

 普通の夜会なら廊下とかホールの壁際とか、あとは従者用の控え室に侍女や護衛も控えていて、廊下などを移動する時はついてきてもらう。もちろん化粧室の場所なんかは予め使用人が把握していて、わたしが初めて行く所では案内してくれる。


 その癖でつい知らないのにここまで来てしまったのだ。


 ちなみに、王宮では女性の化粧室に行く廊下が男子禁制なのも、下位貴族の令嬢がうっかり男性と二人きりに、なんて状況を作らないためらしい。それはありがたいよね。


 取りあえず廊下の突き当たりを一度右に折れると、同じ作りのドアが左手側に等間隔に並んでいた。部屋三つごとに廊下があってどこかに続いている。


 ──たぶん、これよね?


 まあ違ったら閉じればいいか、とわたしは適当に手前から二番目の扉を開けた。


 ──ビンゴ!


 という訳でそそくさと用を足し、化粧品なんて自分で持っている訳がないので、鏡で髪の毛だけ簡単に整える。


 ──はあ、ホールに帰りたくないな……。


 憂いを帯びた天使のような虚像を見ながら、ぼんやりと思った。

 ふと、鏡の中のわたしの髪を飾る黒い宝石を見て、あっとわたしは声を上げた。


 ──これ、そうだ……! 王女殿下がつけてた首飾りと同じ宝石……!


 道理であの首飾りを見て既視感がある訳だ。

 王女殿下は、エドウィン様の色とわかっていてあの宝石を選んだんだろう。初めからエドウィン様をダンスパートナーにするつもりだった。どころか、あんなにエドウィン様の色を纏っていたら、まるで婚約者かのよう──。


 それがどういうことか、わたしは意図的に考えるのをやめた。それでも憂鬱な気分は一層ひどくなる。


 ──帰ったらまた、王女殿下とエドウィン様が楽しそうに話してるところをずっと見なくちゃいけないのかな……。


 ぎゅうっと胸が痛んで、わたしは大きくため息を吐いた。


「あーあ、一体なにしに来たんだろ……」


 ぽつりと呟いた声がやたら耳に響いて、余計虚しくなった。

 わたしは一度手の平をぐっと顔に押し付けて、それからにっこり微笑んだ。


 ──うん、天使がいるわ。


 あまりにも可愛いすぎる微笑みに満足して、わたしは意を決して踵を返した。

 しかし廊下に続くドアの前に立ったところで、話し声が聞こえるのに気がついた。しかもそれは近づいてくる。

 何となく嫌な予感がして、わたしは咄嗟に扉に背を向けて走り出した。


 この国の化粧室は、本当に化粧室だ。所謂トイレは化粧室の奥の扉の向こうにあって、そこは鍵がかかるようになっている。わたしは考える間もなくそこに飛び込んでいた。


 間一髪、ガチャリと扉が開く音がして、化粧室の方に人が入ってきた。しかも声が複数人分聞こえる。おそらく四人はいる。


 ──うわあ、最悪。みんなで入ってきたってことは化粧直すだけよね? さっさと出て行ってくれないかな。


 仕方ないので待つことにした。だってわたしとエドウィン様のことに良い顔しない人は多いのよ。特に令嬢方は。なのに今日わたしは、エドウィン様を王女殿下に取られたような状態だ。何を言われるかを考えれば、一人で顔を合わせないのが一番良い対処法だと思う。


 鍵をかけた扉に背中を預けて何となく外の音に聞き耳を立てていると、不意に令嬢方の声が大きくなった。


『それより見ました? 王女殿下とエドウィン様、本当にお似合いでしたわね』

『ええ、本当に。王女殿下のドレスのお色もエドウィン様のものでしたし……あのお二人ご婚約なさるのかしら?』


 ──あ、これ、聞きたくないやつ。


 そう思うのに、わたしの身体は凍りついたかのように動かなくなってしまった。


『わたくしお父様からお聞きしたのですけれど、王女殿下とエドウィン様は、お小さい頃からとても仲がよろしかったんですって。どうも想い合っていらっしゃるようなのに、ほら……王妃陛下のご出身が』

『ああ、王妃陛下はパーミネント公爵家の養女になっていらっしゃるけど、ロマチストン侯爵家のお方ですものね』

『宰相閣下のご令妹でいらっしゃるのよね』

『ええ、そうなの。それで、ロマチストン侯爵家出身の方が王妃陛下でいらっしゃるのに、更に王女殿下が降嫁されるとなると、権力が集中してしまうでしょう? それでお二人は今までご婚約もされていないということらしいの』

『まあ、なんてお可哀想な!』

『でもね、今日王女殿下がエドウィン様のお色味を纏っていらしたでしょう? お父様が、もしかしたら国王陛下がお二人のご婚約を遂にお認めになるんじゃないかって! そうなったら素敵だと思わないこと?』

『ええ、とても!』

『素晴らしいお話ですわ』

『わたくしもお二人を応援いたします』


 ──あー、なるほどねえ……。


 色々なことが腑に落ちた。


 まずはロマチストン侯爵閣下と王妃陛下の血縁関係。たしかに侯爵閣下を見た時、すごく既視感があると思った。そりゃついさっきまで見てたお方とあれだけ色と雰囲気が似てたんだから当たり前だ。というかどうしてすぐに気づかないんだわたし。もしかしてわたし鈍いのかな……?


 そしてエドウィン様。高位貴族の侯爵家嫡男の21才、今年22才ともなれば、既に婚約者がいるか結婚して子供がいてもおかしくないというのに、遊んでいて婚約者を見つけようとする素振りがなかった。前世の自由恋愛とか晩婚化が当たり前だった価値観が何となく残っていて気にしていなかったけど、普通にこの世界基準で考えたらおかしい。だけどそれも、既に結ばれない本命がいたからなんだ。


 最後に王女殿下。あからさまに──これ見よがしと言い換えてもいい──エドウィン様の色を纏っていたのは、やっぱりエドウィン様が好きだからだった。こうなると、国王陛下の挨拶の時に王女殿下に見られていたと思ったのも、気のせいではないかもしれない。


 ──しかも、二人は婚約できるようになった、のかもしれない……と。え、これ、わたしがお邪魔虫ってこと? そういうことだよね?


 本命と結ばれることができるなら、もうエドウィン様は顔だけの女を弄ぶ意味なんてない。


 つまり、わたしはもう用済み、だ。


 急に足元が覚束なくなって、わたしは後ろ手で扉に縋る。さっきまで聞こえていた甲高い声たちが聞こえなくなっていることに気がついて、張っていた気が緩んだわたしは遂にずるずるとしゃがみこんだ。


 ──わたしはただの遊び相手だって、飽きたら捨てられる存在だって、ちゃんとわかってるのに。なのになんで、こんなに悲しくて、苦しくて、いっそ消えてしまいたいと思ってしまうんだろう。どうして、わたしの心なのにわたしの思い通りになってくれないんだろう。


 目頭が熱くなってくる。わたしはぎしっと音がするほど奥歯を噛み締めた。

 泣きたくない。それだけは絶対に嫌だった。泣いたら痕が残ってしまう。わたしを見下す人に、わたしを嗤わせる弱味なんて死んでも見せたくなかった。


 ゆっくりと、できるだけ頭を空っぽにして深呼吸する。


 一度、二度、三度──回数が増えるごとに強い衝動のようなものは落ち着いて、代わりとばかりに倦怠感がのし掛かってきた。

 何もしたくないし何も考えたくない。


 わたしはしばらくぼんやりと向かいの壁を見つめて、ただそこにじっと蹲っていた。



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