王族、登場
2年半ぶりの王宮は凄かった。
とにかく広くて豪華絢爛だ。シャンデリアもキラキラだし、壁も大半が金色で装飾がついてなんかキラキラしてる。前は緊張と視線への恐怖で気づかなかったものに、今日はちゃんと目が向いた。
やっぱり人は多いし注目もされるけど、今までの夜会でエドウィン様といる時と同じだと思ったら、全然気にならない。
わたしはひたすら床を眺めていた前回とは違い、ちゃんと前を向いて参加することができた。
「シンシア、どうぞ」
「ありがとうございます、エドウィン様」
給仕を呼び止めてもらったりんごジュースをエドウィン様から受け取り、白ワインのエドウィン様と乾杯した。
薬の混入が怖いから、わたしはエドウィン様から受け取った飲み物しか飲まないように言われている。睡眠薬だの媚薬だのでどっかに連れ込まれて既成事実なんて恐ろしいから、ちゃんと言いつけは守っている。
──わ、王宮のりんごジュースおいしい!
一口飲んでびっくりした。爽やかでさっぱりしつつ、りんごの甘さがぎゅっと詰まっている。今まで飲んだりんごジュースで一番美味しいかもしれない。さすが王宮。
この美味しさならお酒も美味しいかもしれない、と思ったけど、やっぱり挑戦する勇気は出なかった。
お父様と行った伯爵家の夜会で白ワインも赤ワインも飲んでみたけど、泣きそうなくらい美味しくなかったからね。それ以来、前世基準ならまだ飲めない年だし、と言い訳してずっとジュースしか飲んでいない。
「気に入った?」
「はい! このりんごジュースすごく美味しいです」
「そうか、よかった。おかわりはいつでももらえるから、好きなだけ飲むといい」
「そうします!」
わたしは遠慮なんてしないからね。もうごっくごく飲んでやる。
と思っていたけど、一杯目を飲み干して二杯目をもらった時、ラッパが鳴らされてごくごくできなくなった。ざわめいていた会場が急にしんと静まり返って、え、なに、とキョロキョロするわたしに、エドウィン様が「王族のお成りだよ」と教えてくれた。だからみんなカーテシーしたり頭を下げたりしてるんだ! と気づいたわたしも慌ててカーテシーする。
わたし前回、王族が出てくるより前に帰っちゃったのか……と思うと不敬な気がしたけど、誰も咎めなかったから多分大丈夫だったんだろう。うん、きっとそう。
王宮の大ホールはとにかく広くて、たぶんテニスコートが6面くらい余裕で入ると思うくらいの広さがある。その一番奥に階段があって、その壇上に王族が着席するための椅子が置いてある。というのはさっきホールの中を見回してた時に確認していた。
一応家庭教師から歴史の授業で習ったことによると、今の王宮はまだ建てて六十年も経っていない。どうやら増えた貴族が入りきらないため、前の王宮を取り壊してでっかいのを新しく建て直したそうだ。前の王宮も歴史的建造物ってやつじゃないかと思ってもったいない気がしたけど、王宮の位置は変えられないからしょうがないっぽい。
今そこに王族がいると思うと、前世の身分制度がなかった日本人的な感覚からすると不思議で、敬うべき人がいるというより、テレビの中のスターが来てくれたみたいな感じがしてしまう。この世界にはテレビはなくて、あるのは姿絵だけ──しかも成人王族は定期的に新しいのが配られたりする──だから、姿絵の中のスターってことになるのだろうか。いやスターっていうか王だし王族なんだけど。
王族という存在に慣れる前に前世の記憶を取り戻してしまったせいか、頭の中での付き合い方ですら未だに定まっていない存在だ。
しばらく待つと、遠くの高い所からぱん! と手を打つような音が聞こえて、みんなが姿勢を戻した。わたしも知ってましたよ、という顔で右にならえしておく。
「今回も多くの者が集まってくれたことに感謝する」
渋味のあるイケボが開会の挨拶っぽいのを始めた。きっと国王陛下のナサニエル様だと思うけど、わたしたちは入り口に近い方にいるので、ちょっと遠すぎて声も姿も小さい。これならもっと奥にいればよかった、なんてミーハーなことを思ってしまう。
姿絵を二回くらいしか見たことのない国王陛下を生でしっかり見ようと、わたしはよくよく目を凝らして壇上を見つめた。唸れわたしの2.0くらいある視力!
国王陛下は声が渋いけど、確かまだ40代の初めくらいだ。金髪碧眼で結構若々しい見た目をしていて、すごくかっこいい。これはあれだ、ハンサムって感じ。切れ者っぽい見た目のお父様とは違う系統のイケオジ──まあおじさんって感じはしないけど。ちゃんと王冠を被って白いふさふさがついた赤いマントを着けている。
国王陛下の向かって左側に座っているのが、王太子殿下のアドルフ様だろう。ちょっと線を細くした国王陛下って感じで、色合いから顔立ちまで驚くほどそっくり。今年21才になるはずだ。
国王陛下の向かって右側には、女性が二人座っている。王妃陛下であるジェネヴィーヴ様と、王女殿下のジャクリーン様だろう。王女殿下はわたしの1つ年下だから、今年18才になる。王妃陛下は国王陛下と同じくらいなんだろうけど、とてもそうは見えない若さだ。10才くらいサバ読んでも誰も気づかないと思う。
王妃陛下は見事な銀髪に薄い青い瞳の華奢な美女で、王女殿下は金髪碧眼のゴージャスでグラマラスな美女だ。いやほんと、そのお胸の遺伝子はどこから……? っていうくらい体型が違う。ちらっと自分の胸元を確認してしまったりなんかして。
──う、羨ましくなんてないんだからね!
思わず心の中で叫んでしまったよ。いやわたしだってべつに、び、Bくらいはあるもん。前世ではまな板だったからこれでも充分大きいし。
──どうやってそんなに大きくなったのか、王女殿下に聞くのってアリ? ダメ? それって不敬? そもそもはしたない?
うっかり真剣に考え込んでしまう。ふと、王女殿下に見られているような気がして目を凝らすと、やはりばっちり目が合っている気がする。しかもなんだか、視線が突き刺さるくらい強い。
こんなに遠いんだから気のせいだろうと思うけど、なんだかちょっと怖い。豊かな膨らみについて考えるのはやめとこう、と思っていると、腰に手が回された。軽く引き寄せられて横を見上げると、エドウィン様がにこりと微笑んでくれた。
至近距離からもたらされるイケメンの微笑みに、わたしの心臓はときめいて止まない。気を付けないと目がハートになりそう。
慌ててエドウィン様から目を逸らしたところで、周囲のざわめきが戻ってきた。あれ、と思って壇上を確認すると、国王陛下と王妃陛下が手を取り合って階段を下りてくるところだった。いつの間にか開会の挨拶は終わっていたらしい。
「王宮の夜会ではあのお二人が最初に踊られるんだ」
「そうなんですね」
エドウィン様に何でもないように答えながら、わたしはホールの真ん中に歩いてくる国王夫妻に釘付けだ。だって王と王妃のダンスよ? 滅茶苦茶見たいじゃない。
しかし真ん中辺りにいた貴族がぞろぞろと避けて場所を開けていくと、人垣が濃くなったせいで前が見えなくなってしまった。こんな時は身長が低いことが恨めしい。
割り込んでいいものかと前の人の背中を見て迷っていると、エドウィン様が移動を始めた。もちろん腰を抱かれたままのわたしも一緒にだ。
少し横に、ちょっと前に、と周りの人を避けながら移動すると、突然すっと前が開けた。その瞬間、どこかにいる楽団が音楽を奏で始め、国王夫妻が目の前で踊り始める。
ナマ国王夫妻のダンスだ! と完全にミーハーになってしまったわたしは、二人が楽しそうに踊る姿をうきうきしながら眺めた。
前世で何回かだけテレビで見た社交ダンスは、ぐるぐる回ってフロアいっぱいを動き回る、競技仕様のものしかなかった。だから小さい頃わたしもダンスを習うって聞いてそれを思い出したんだけど、家庭教師が教えてくれたダンスはもっとおとなしかった。回ることは回るけど、あんまりあちこちに移動しない感じのダンス。今はこういうのが主流だって言われた。
だけど国王夫妻のダンスは、ちょっとだけ前世で見たダンスを思い出すダイナミックさがあった。ターンする度に翻る国王陛下の赤いマントがかっこいい。王妃陛下の青いドレスが一緒にひらひらと舞って、何故だか二人から目が離せない。これが王と王妃のオーラみたいなやつだろうか。
ぼおっと見入っているうちに、二人のダンスは終わってしまった。
──うーん、とっても眼福でした。