わたし、勘違い女でした!?
初連載です。
わたしはシンシア・スメキムス。のどかな田舎領地を持つスメキムス子爵家の長女にして二人の兄を持つ末っ子。
何を隠そう、わたしは美少女だ。輝くブロンドはふわふわとして腰まであるし、目は大きくて綺麗な形をしていて、紫色の瞳はまるで宝石のよう。唇は可愛らしい薄紅色で、リップを塗らなくてもプルプルのつやつや。「世界で一番可愛い」と父は毎秒絶賛してくるし──若干ウザいけど──社交界でも一番の美少女と知れ渡っている。密やかに『社交界に迷いこんだ天使』と言われているくらいだ。大っぴらに言われないのは、わたしが子爵家の出で爵位があまり高くないせい。
そんなわたしは、実は前世の記憶持ちだ。7才の時、川の水面がキラキラと光っているのを見て、それを捕まえようと川に入って溺れかけたら前世の記憶を思い出した。
それによるとわたしはこことは全く別の世界の日本という国で一般家庭に生まれ、そして高校生にしてトラクターに轢かれて死んだ女の子──そこは普通トラックじゃない!?──だった。そう、わたしは前世で散々読んだ、異世界転生を成し遂げたのである。同じトラ転だとしてもトラクターだけどね。轢かれた瞬間は覚えてないけど、あのトラクターあんなにゆっくり近づいてきたのに、わたし鈍臭すぎて逃げられなかったのね。
まあとにかく、わたしは前世の記憶を思い出した。そしてここからが重要だ。前世では特にバイトもしてなかったわたしは、趣味の読書をネットの無料小説投稿サイトに頼っていた。だから貴族令嬢として異世界転生したからには、何かしらの物語に巻き込まれたかもしれないと戦々恐々とした。だって死亡フラグしかない世界かもしれないじゃん。でも王族や公爵家の名前を両親に聞いてみたところ、とりあえずわたしは知らない世界のようだった。だいたいの物語にはその辺が出てくるから、そこに知ってる名前がなければ知らない世界のはず。乙女ゲームの世界だとわたしにはわからないけど──なんせ一本も乙女ゲームをやったことがない──この国には女子が通える学園はないらしいので、たぶんわたしの浅知恵では乙女ゲームの世界ではないと思う。
となると、あとはあれだ。なんか知らないけどいつの間にかイケメンに溺愛されてる話。わたしはそういう世界に転生したに違いない。
そこでわたしは思わず笑ってしまった。もうね、ぐふぐふ言ってたと思う。気持ち悪くてごめんあそばせ!
わたしは恋愛小説がとっても好きで読んでたけど、いつも愛されてるのに勘違いだって思い込んだり天然な反応するヒロインを見てもどかしく思っていた。わたしだったらすぐに気づいて一瞬でハッピーエンドになるのに、って。
だからその時わたしは決めた。
──わたしは絶対、鈍感女にはならない!
◇◇◇
それから11年。
わたしは18才になり、2年前社交界デビューして以来ちやほやされまくっている。
溺愛してくる人を見逃さないためにここ2年ずっと王都にいた甲斐があり、わたしは遂に先月それらしい人を見つけた。
年は3つ上の21才、宰相のロマチストン侯爵の嫡男、エドウィン様。さらさらの黒髪に切れ長のアイスブルーの瞳という、色んな話で読んだ色合いにとんでもない美形、とくれば間違いないと思う。背も高いし。
出会いは初春の先月、彼が落とした物を拾って渡したことだ。古い木のボタンだから見間違いかもと思ったけど、もし大事なものだったら困るだろうと思って渡したところ、後日改めて礼をしたいと言われてデートして、それから明らかにわたしにアタックしてくるようになった。
きっかけが小さすぎて本当にこれが溺愛の始まりか? と疑ったのは一瞬だった。だって「君は世界で一番美しい」とか「夜会に出るなら必ず私にエスコートさせてくれ」とか「君に出会えたことが私の人生で一番の幸福だ」とか、歯が浮きそうな台詞を毎回これでもかと言ってくるのよ。疑う余地なし!
しかも、まあ……これはあんなイケメンに言い寄られたら当たり前かもしれないけど、わたしもエドウィン様のことを好きになっちゃって、もうここ数日はラブラブで一緒に夜会に出ている。というかイチャイチャするために夜会に出まくっている。
そんなこんなで今日もエドウィン様のエスコートで夜会に来ている。
いやー、周りからグサグサと物凄い嫉妬の視線が刺さって痛いね。エドウィン様が明らかにわたしに言い寄るようになってから、高位貴族のご令嬢はたまーに嫌味を言ってくることもあるけど、わたしが超絶美少女なお陰か仕方ないと諦めている人も多いみたいで、基本はみんな見るか睨む以外何もしてこない。嫌がらせされまくったらイヤだな、と思っていたけどそんなことなくて良かった。
非常に注目を集めまくっていることに気づいたのか、エドウィン様が高い背を少し屈めて甘い声でわたしに囁いた。
「シンシア。君は美しいから、いつも多くの視線を集めてしまうな」
あぁん、良い声。低いけど柔らかくて甘い、耳が孕みそうって多分こういうのだって思う声。きっと普通の貴族令嬢ならこの時点で腰砕けだけど、わたしには前世の記憶でイケボが当たり前に聞ける生活があったお陰で、ギリギリ腰は砕けない。いやでもギリギリよ。足にぐっと力を入れて堪える。
「あら、でしたらエドウィン様のせいでもありますわ。あなたはとっても素敵な男性ですもの」
「はは、そうか。君に良い男だと思われているなら嬉しいよ」
「うふふ、あなたより素敵な男性なんていませんわ」
「ありがとう、シンシア」
エドウィン様はわたしの腰を抱き、わたしは軽くエドウィン様の胸に凭れかかる。やだこれ、めっちゃ良い匂いする。シトラス系の爽やかな香りが堪らない。しかもエドウィン様は細身かと思ってたけど結構筋肉があるかもしれない。細身に見えて意外とマッチョ、これもテンプレよね。
思いっきり抱きついて匂いと筋肉を堪能したいけど、そうもいかない。ここは夜会の場だし、何より実はまだわたしたちは愛を伝え合っていないのだ。ここまであからさまなんだから、そろそろ愛してるの一言くらいあっても良いと思うんだけどな。
──うーん、訊いちゃう? それが早いかもね。
何しろ今とっても良い雰囲気だ。こんなに密着して二人で笑い合っているんだから、こっそり愛を囁き合うのにすごく良いシチュエーションだと思う。前世から恋愛経験はゼロどころかマイナスだけど、恋愛小説なら読みまくったわたしの読みは外れてないはず。
「エドウィン様、あの……」
「ん? 何かな、シンシア」
「エドウィン様は……わたくしのことを、愛していらっしゃいます……か?」
声に出した瞬間、わたしは恥ずかしさのあまりどこかに逃げ込みたくなった。ちょっと穴! どこかに穴ないかな!?
──わたしのこと愛してる? って訊くのがこんなに恥ずかしいだなんて! ちょっともう誰か教えといてよ! いやこれは責任転嫁だごめんなさい誰かさん!
実際にはわたしは微動だにすることもできず、エドウィン様を見つめたまま赤くなるだけだった。
エドウィン様はきょとんとした後、少し考えるように視線を巡らせて困ったように笑った。それからわたしを見てニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。なんだろう、何故か嫌な予感がする。
「君は純粋だね、シンシア。悪い男に遊ばれていることにも気づかないなんて」
すごく良い声で信じられないことを言ったエドウィン様は、わたしの横髪を指でゆっくり梳いてそこに唇を落とした。
──めっ、メーデー! メーデー! ちょっと、あれ、わたしの頭の中になんかミニキャラとかいるんでしょ!? 集合! 集合ー! 緊急会議よ!!
もちろんミニキャラはいなかったのでわたし一人で会議だ。一人で会議ってなに? え、でも待って。遊び? 遊ばれてた? だってこの世界ではわたし溺愛されるんじゃないの──って、まさかそこから違ったの!? 溺愛とかなくて普通に暮らす、つまりテンプレとかない世界? そこでイケメンに思わせ振りな態度取られただけ? え、待って待って。
──じゃあ、わたし……とんでもない勘違い女だったってこと?
恐ろしい真実にたどり着いて背筋が震えた。キーン、と酷い耳鳴りがする。気絶したいくらいだったけど、わたしは気を失うスキルを持っていないので、どうにか頭を振って衝撃をやり過ごした。
「──聞いてる? シンシア」
「……ええ、大丈夫ですわ、エドウィン様」
わたしは貴族令嬢の意地で笑みを浮かべる。今すぐどこかの穴に埋まって大泣きしたかったけど、それは家に帰ってからだ。布団を良い感じに集めて穴を作ろう、そうしよう。
「そうか、じゃあ……今度、どこか良い店を予約しておくよ。期待していてくれ」
「ええ、わかりましたわ」
知らないうちにデートに誘われていたらしい。でももう、わたしは遊びとわかっていてエドウィン様に付き合うなんてできない。恥ずかしすぎるし──悲しすぎる。
誰が好きな人に遊ばれてるって知っていながらデートするのよ。いや、する人もいるか。そういう話も読んだことあったわ。
でもわたしはそんなことしない。元々わたしは超インドア派だし、チャンスに賭けるようなタイプでもない。悲しい時は読書して刺繍しまくって悲しみをどうにかするのが性に合う。
──そうだ、領地帰ろう。
わたしはにっこり笑ったまま夜会を乗り切り、その翌朝には領地行きの馬車に乗ったのだった。