表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第一話 今は昔

 自慢になるが、私はモテる。いや、モテまくる。

 家には毎日のように私に告白するための人だかりができたし、ラブレターなんて腐るほどもらった。もちろん贈り物も同じく。

 美しい綺麗可愛い愛してる、これらの言葉は耳がタコになるほど聞かされた。皆、私を一目見るためだけに持ちうる限りの時間と金を使った。


 しかし、これだけモテたのだが、私はどんな男にも靡かなかった。どんなに美しくとも、どんなに金を持っていても、どんなに偉い地位にいようとも、まったくもって全然靡かなかった。

 理由は単純。


「だってはじめての彼氏だよ!? なんか怖いじゃん! 自分から人を好きになるってなんか怖いじゃん! 手とか繋いだこともないし、その先も本当にこれでいいのかなって思うじゃん!!」


 そう、私。

 下手にモテたりなんかしたもんで、完全にこじらせていた。


 元々蝶よ花よと育てられたせいで、交際経験どころか異性に対する知識も何もなかった。それなのに成人して急に言い寄られまくり、とにかく慎重に恋人を選びすぎて誰も選べず今に至った。

 もう幾つになると思ってるのよ。でもここまできたら引き返せない。私のハジメテは、完璧に終わらせないと。


 私は、生涯で1番になるような、とびきりの初恋をしてみせる。


 そしてその恋が終わった時に、1人窓にもたれてこう言うのだ。「……もう、恋なんてしないわ」ってね!

 完璧、完璧なお姉様計画だわ。これこそ私に相応しい初恋。具体的に恋人と何をするのかは全くわからないけど、とりあえずゴールは見えてるから大丈夫。よし、完璧な初恋をするぞー!

 決意新たに拳を握ったとき、家の塀をナニカが飛び越えたのが窓から見えた。ナニカは、私が1つ瞬きをする間に、音もなく部屋の中に入ってきていて、私の目の前に立っていた。

 見上げたそれは、なんだか安い灰色の着物を着た、若い男だった。目線を下げれば、腰に、重そうな刀をぶら下げている。


「……しゅ、俊敏な不審者!!」

「お前が、ここに千年も住み着いてる魔物だな?」


 男はそう言うと、腰の刀を抜いて私へ切先を向けた。やだ、話もしてくれないマジモノの変質者。ポリスを呼んで。


「お前が山下の村人たちを苦しめていると聞いた。お前のせいで川が枯れて死人が出ている」


 男が、冷たい目で私の住む家をちらりと見やった。

 もう朽ちていないところを探す方が難しい、古い家。いや、廃屋と言った方がいいのかもしれない。千年も前の建物だ、これだけ残っている方が奇跡だろう。


 この男が言うように、私は千年前からここに住んでいる。もうずっと前に、求婚者は来なくなっていた。


「……えーっと。私も色々言いたいことはあるけど、まず1ついい?」


 男が黙って刀を握る手に力を込めた拍子に、チャキリと音がなった。それでも構わず、私はとびきりのキメ顔でこう言った。


「私、麗しきかぐやのお姫様なんだけど。いきなり顔を見るとか、無礼がすぎない?」


 男が刀を振り抜いた。




「「……」」


 しかし私の首に当てられた刃は、薄皮一枚も切れず止まっていた。男がギリギリと力を込めても、私に傷はひとつもつかない。


「ねえ。言いたいこと、2つ目。いいかな?」

「……」

「ごっめーん私あんまり物理じゃ死なないタイプの化け物! てへ! 」


 片目を瞑って舌を出せば、男はゆっくりと刀をしまった。

 そして、ゆっくりと踵を返して部屋を出ていった。男が歩いた拍子にどんどん腐った床が抜けていく。渾身の化け物ジョークがスベッた。かつて私の冗談で喜ばぬ男はいなかったのに。


 かなり傷ついていれば、またぎしぎしと床を破壊しながら、男が戻ってきた。どこから持ってきたのか両手でちゃぶ台を持って、私の目の前にどかりと置いた。その衝撃で床は抜けちゃぶ台の足は2本折れた。


 男は、傾いたちゃぶ台の向かいに、ちょこんと正座した。


「……なぜこんなところに棲みついている? 村人たちをなぜ苦しめる」

「もしかして、物理がダメだって言ったから話し合いで解決しようとしてる? そういう時は普通ね、陰陽師とかお札とか持ってくるんだよ。私にはどっちも効かないけどね。妖怪じゃないし」

「いいから答えろ」


 数百年ぶりの来訪者がとんでもない不審者だった。どうしよう、熊とか呼んで食べてもらっちゃおうかな。私今初恋ハントに忙しいから、不審者にかまってる場合じゃないのよね。


「……じゃあもうこの質問はいい。普段は何をして過ごしてるんだ」

「えー、日がな一日空を見て考え事とかー? というか、私、村人とか興味ないから何もしてないよ。大体、本気でやろうと思ったら噂が立たないよう村人全員食べちゃうと思うし」


 男はなにか懐から紙と筆を取り出してメモし始めた。まって、ジョークよジョーク、化け物ジョーク。私人間食べないから。美味しくないもん。


「次の質問だ。家族は?」

「そんなもの千年経ったらみんな死んじゃったわよ。でもこの通り、私はピンピン。私にはあんまりあなた達の時間って関係ないのよ」


 またなにかメモしている男。


「……ご趣味は?」

「え? うーん、読書とか?」

「……ごほん」


 男はひとつ咳払いをして、まっすぐにこちらの目を見てきた。この男の瞳が灰色だと、ここで気がついた。

 そんな男は、驚くほど自然な動きで膝の上にあった私の手を取った。


「……はえ?」

「……かぐやさん。現在恋人いらっしゃいますか」

「……はえ!?」

「つ、付き合ってください!」


 数百年ぶりの告白。数百年ぶりの人との接触。

 ばっくんばっくんと激しく打つ胸はさておき。


 何度も言ってきた、あの言葉を、久しぶりに言わなくては。


「……えっと。その」

「自分全然村人裏切れます。むしろかぐやさんのためなら俺が全員口封じしてきます! おっす!」

「まてまてまて、待って。違う、違くて、聞いて。わた、私のこと、好きなら……」


 男に握られたままの手を振り解く。

 大きく息を吸って。


「証明してみなさい! 私への愛が永遠だと! そしたら、永遠を生きる私の、永遠の初恋をあげる!」

「おっす!!」


 男は腹の奥から声を出して、勢いよく頭を下げた拍子にちゃぶ台に額を思い切りぶつけ、残り2本だったちゃぶ台の足を破壊した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ