婚約破棄は愛の形 ~拳と筋肉を添えて~
別ジャンルで投稿した作品をコメディー化したものです。お楽しみいただけたら、嬉しいです。
因みに、シリアスなものは、こちら↓
「婚約破棄は愛の形」https://ncode.syosetu.com/n9033kj/
「リディア・エルフォード。本日をもって、君との婚約を破棄する」
王国一武闘会の最中、第二王子レオニスはそう告げた。
それは、彼からリディアへの「宣戦布告」だった。
リディアは微笑みを崩さなかった。
格闘家としての誇りが、それを許さなかったからだ。
「……理由を、お聞かせ願えますか?」
「他に想い人ができた。それだけだ」
その場の空気が凍りついた。
なぜなら、レオニスが氷魔法エターナルブリザードを唱えたからである。
(そんなはずがない……。レオニス様は、自分より強い者しか好きにならない。この王国で最も強いのは、私よ! なのに……なぜ!?)
心の中で叫びながらも、リディアは静かに一礼し、その場を去った。
涙は流さなかった。
泣くのは、「ガチャで同じものを引いたときだけ」と、心に決めていたから……。
◇
リディアは王宮を去り、修行の旅に出ようとした。
しかし、多くの人々に引き止められ、王都から最も遠い地でひっそりと修行をすることにした。
使用人たちは婚約破棄について何も尋ねず、話題にも触れなかった。
むしろ「ざまぁ」と思っている者もいた。それが、彼女には何よりも辛かった。
日々は、正拳突きの修行と、使用人たちとの模擬戦に費やされた。
拳を磨くたび、王宮での戦いの記憶が蘇る……。
◇
ある日、噂好きのメイドが湯気立つラーメンスープを運びながら話し出した。
「お嬢様、ご存じですか? レオニス王子、ご体調が優れないとか……」
リディアは、ラーメンスープを飲む手を止めた。なぜなら、リディアは猫舌だったからだ。
「体調……?」
「ええ、公務も休みがちで、ずいぶんお痩せになられたそうです。毎日の食事に毒でも盛られているのでは、と噂されておりますの」
「そんな話、どこで……?」
「王都の薬屋が、珍しい毒薬を王城に届けたとか。それに、青酸カリだけでなく、国外からヒ素も取り寄せられたとか……」
(まさか……。でも、レオニス様なら毒に気づかないはずがない。 あのときの瞳……寂しげだった。きっと、私を巻き込まないように……!)
手紙を出すこともできた。けれど……
「今すぐ、王都に向かうわ!」
彼女は自分の目で、耳で、真実を確めたかった。
◇
リディアは馬車に飛び乗り、自ら御者台に立った。 使用人たちは、どこか清々した様子で彼女を見送った。
王都への道のりは、暖かな日差しとは裏腹に、困難に満ちていた。
最初の難題は、馬車の故障だった。
「……チッ。車輪が外れた……。修理には数時間かかる。 仕方ない、走って行きましょう!」
彼女は馬を抱え、100mを9秒台で走り出した。
草をかき分け、獣道を抜ける。
やがて灰色の分厚い雲が太陽を覆い、辺りが薄暗くなった。
(魔物の気配……)
「パトリシア、隠れてなさい!」
彼女が馬のパトリシアにそう言うと、数十体の魔物が現れた。
だが……
「マッスル旋風脚!」
一撃で魔物たちは吹き飛んだ。
(こんな雑魚相手にしてる暇はない……! レオニス様のもとへ急がなきゃ)
◇
雨が降り出す。ぬかるむ地面。泥で裾は重くなる。
そのとき、足を滑らせて倒れ込んだ……
「大丈夫ですか、お嬢さん!」
薬草採取に来ていた青年が声をかけてきた。
「……お前は……王国一の格闘家、リディア!」
「……はい」
「フッ……こんなところで会うとは。俺は王宮四天王の一人、ディラン・クロフォード。格闘家の端くれとして、手合わせ願おう!」
(今は戦ってる場合じゃないのに……!)
リディアは構える。
先に動いたのは、ディランだった。
拳が顔面を狙った。しかしリディアはそれをかわし、腕を掴んで……
「マッスル一本背負い!」
ディランは叩きつけられ、気絶した。
◇
その後、リディアは、村の入り口で倒れている少年を見つけた。 彼女は少年を背負い、村の中に入ろうとした……。
しかし、それは罠だった。
「かかったな。僕は王宮四天王の一人、セシル・ルミナール。 重力魔法グラビティでお前を潰してやる!」
少年の姿のまま体重を十倍にするセシル。
だが……
「甘いわよ。私の筋肉に、その重さは効かないわ!」
リディアは彼の両足をつかみ、ジャイアントスイングで森の彼方へ投げ飛ばした。
◇
さらに、犬を三頭引き連れた女が現れた。
「私は王宮四天王、レイナ・ヴァルグレア。仲間たちの仇、取らせてもらうわ!」
三頭の犬が襲いかかるが、リディアはビーフジャーキーで買収した。
「く、やるな……。私の犬たちを手懐けるとは……。しかし、私はそうはいかないわ!」
レイナはそう言うと、野獣の姿に変身した。リディアは、彼女にも同じくジャーキーを投げつけた。
「くっ、美味しい……。ちょっとズルいわね……!」
◇
そしてついに、王都の門が見えた。
「リディア・エルフォードです。レオニス王子に会わせてください!」
衛兵たちは警戒するが、現れた隊長が彼女を保証した。しかし……
「私を倒してからにしてもらおう。王宮四天王の一人、グラディウス・アーセインだ!」
剣を抜いて襲いかかるグラディウスを、リディアは一発の正拳突きで撃破した。
◇
王宮に到着したリディアは、レオニスのもとへ。
そこには、痩せこけた顔の王子がいた。
「……どうして、来たんだ」
「あなたが毒に侵されていると聞いたの」
「……来なくてよかったのに。 これは、自分の魔力を高めるための毒だ」
「なぜ言ってくれなかったの? 私たちは婚約していたのに!」
「王国最強は、僕なんだ! 君を遠ざけたかった……!」
(あれ? 優しさから遠ざけたんじゃなかったの……?)
「凍りつけ、エターナルブリザード!!」
部屋中に冷気が渦巻く。しかし……
「マッスルヒート!!」
叫んだ瞬間、彼女の全身から蒸気のような気迫が立ち上った。筋肉が一気に膨張し、熱気が吹き荒れる。
冷気と熱気が衝突し、部屋の空間が歪んだ。
「な、なんだと……!? 僕のエターナルブリザードが……溶けている……だと……!?」
レオニスの放った魔法は、リディアの圧倒的な体温と闘気によって次第に押し返され、ついには跡形もなく霧散した。魔力の嵐は止まり、静寂が訪れた。
「私はあなたと戦うために来たんじゃない。守るために来たのよ!」
リディアは彼を強く抱きしめた。
レオニスは、自分の弱さを告白した。
「君がそばにいると、僕はただの男に思えて……それが怖かったんだ」
リディアは微笑み、彼の手を取った。
「ただの男でいいじゃない。私があなたを守る。二人で、最強になればいいのよ」
「……そんな風に、考えたことなかった」
「じゃあ、今から一緒に考えていきましょう。あと、筋トレもしましょう」
「な、なんで筋トレ……?」
「最強カップルには、最強の筋肉が必要なの!」
「……ありがとう、リディア。君の言っていることは理解できないけど、僕が浅はかだったよ……。もっと、君を頼るべきだった」
レオニスはそう言うと、リディアを真剣な目で見つめた。
「もう一度、僕とやり直してくれるかい? でも、腹筋は……ゆるめで……」
「婚約破棄、撤回ね? 勿論よ。ついでに、この場で再プロポーズ、お願い」
「今!?」
「今じゃなきゃイヤ!」
レオニスは片膝をつき、叫んだ。
「リディア・エルフォード。僕と婚約してくれ!」
「はい! では、これが新しい愛の証……」
彼女は懐から、トレーニング表を取り出した。
「ちょ、ちょっと待って!? これが返事!? しかも、このトレーニングメニューは拷問じゃない!?」
「違うわ、これは愛よ。レオニス様…… 最強になるには、必要なことなの! 早速、トレーニングを始めましょう!!」
リディアがにっこりと笑うと、背後で「ゴゴゴゴ……」という謎の効果音が鳴った気がした。
「ひ、ヒィィイ!! 婚約者に擬音がつくの怖すぎない!? ねえ、リディア!? せめてウォーミングアップからにしない!?」
「腕立て300回がウォーミングアップよ?」
「こ、この婚約……取り消したままにしておけば良かったかも……」
「え?」
「な、なんでもない!! うれしいです! 最高にうれしいです!!」
その日から、王宮の一角では毎朝「ワン! ツー! スリー! マッスルー!」と謎の掛け声が響くようになったという。
王子と最強の格闘家による、「筋肉と愛の物語」は、これからが本番である。
(あれ? 何か、忘れているような……。)
その頃……
パトリシアは、最強の競走馬として、競馬界に鮮烈なデビューを果たしていた……。
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