1‐1 クラゲと暗喩と
──クラゲはライトの下で足を絡ませ合い、行き止まりのある世界の中で窮屈さを感じさせることなく回転していた。その回転はどの展示を見ても必ず右周りで、日本という右利き世界においての強要とも捉えることが出来る。星座を模した天井の下で煌くクラゲは星の下には生きたことがなく、クラゲ自体が星の暗喩となり、鑑賞者を楽しませる一部となって存在していた。
ざらざらとした風が頬の細胞組織のすき間を埋めていく。潮風はどこから先にいけば潮風ではなくなるのか。潮風の境界線に立って、息を深く吸い込み、鼻の奥に残るガソリンを潮に上書きさせた。海に行く適切な服装というものがなく、一足しかないローファーで海の輪郭を踏みしめていると、途端に不安になった。水族館でみた団子のクラゲが頭の中から離れなくなって、身を寄せ合いお互いの体を温め合っているクラゲの様を一目見たくてたまらなくなったのだ。
クラゲは海の淵には漂っていなかった。ざぶんと白い波を上げ、窮屈なローファーを攫って行こうとはしたが、クラゲそのものを寄せて持ってくることはなく、見渡せる限りの場所にいない。遠くの方に防波堤があるのが見えて、そこまで行ったらもしかすればという予感を感じて取り敢えず向かってみることにした。歩いているさ中も遠くの方に浮かんでいるかもしれないと注意深く観察していたが、迫りくる小さな波で泡立っているのか、クラゲの半透明の体が揺れてるのか判別がつかず、最後には前だけをみて歩くことになった。
防波堤に向かう途中にエイがくたびれていた。ひっくり返ってなんとも言えない微笑みを浮かべているのだが、ひっくり返ってじたばたする亀のように焦っているわけでもないのでなんだか諦観のような境地に達しているのだと思われる。実際のところはエイの尻尾には毒針が付いているので見つけた人がエイの存在に気付くようにひっくり返しておくらしい。家はすぐそこで数秒ごとに迎えだって来ている。それでもエイは口をもごもごさせ、尻尾を時折揺らしていつか自分のところまで迎えが到達するのを怠惰に待ち続けていた。
防波堤に辿りついた時、革靴の中にはローファーの底には砂が堆積していた。買った時はすき間なく、足首を固定して、かかとの皮をはぎ取っていたのに今は、その痛みを感じず、粒の大きな海砂でさえ容易に侵入を許してしまっている。片方ずつ脱いで、ざらざらと、幾重にも重なった白い地面に還した。防波堤の大陸からもっとも離れた場所には、釣りをしている男が一人いた。釣りは休日の趣味としては健康的で、少なくとも目的もなくクラゲの大群をみたいという欲求よりは尊敬されるべきものだ。
釣り糸を垂らすだけで当たりを待っていた男は、近くに行くと、目深に被っていた帽子を上げて死ぬにはまだ温いよと言った。
クラゲをこのあたりで見ていないかと尋ねると男は釣り竿の先を指差した。クラゲは釣り糸が垂らされている一帯で寄り添いあっていた。防波堤に激しい波が押し寄せ、その度に隊列が崩れてるがまた、遠くの方に一旦放りだされると近くにいる同士で固まって次にくる衝撃に耐えていた。