【ルーク】初めての妹 2
リナから一通り話を聞き終えた僕は、深く、そしてさらに深く、ため息をついた。
……いや、ちょっと待って。何なの、その状況……
図書館で偶然見つけた魔法陣に触れたら、姉さんが小さくなっちゃった? いやいや、意味がわからないにもほどがあるでしょ。そんな物騒な魔法陣が放置されてる図書館って何。今すぐ閉鎖すべきじゃないの?
学園の校舎に戻ってきた僕たちは、今、校庭の片隅にあるベンチに腰を下ろしていた。小さな姉さんを真ん中に、リナと僕の三人で、並んで座っている。
姉さんとリナは、僕が公爵邸から持ってきたお菓子を手にしていた。姉さんがいつも、リナのために料理人に作らせているやつだ。姉さん自身は、甘いものにあまり興味がない。けれど、リナが喜ぶからって、そうしているらしい。
……姉さんらしいと言えば、らしいけど。なんか、ちょっとだけ……嫉妬する。
リナはいつも通り、至福の表情でお菓子を頬張っていた。今日の品は、濃厚なバターとほんのりレモンが香るサブレ。サクッとした食感の中に、優しい甘さが広がる一品だ。
一方の小さな姉さんも、マナーを気にしながら、そっと口元へとサブレを運ぶ。一口、また一口と食べるたびに、その頬がふわりとゆるみ、嬉しそうな笑みが浮かぶ。
──どうやら、姉さんも本当はお菓子が好きだったらしい。
そんな意外な発見に、僕の胸の中に、ほんの少しだけ温かな灯が灯るのを感じた。
二人の様子を眺めながら、さっき姉さんと交わした会話をふと思い出す。
「僕はルーク・エヴァレット。君の姉弟だよ」
「きょうだい……?」
「僕は養子だけどね」と付け加えると、姉さんはぱちりと瞬きをしてから、首を傾げた。
「……わたくしの兄になるのですか?」
──今度は、僕が目を瞬かせる番だった。
なるほど。たしかに今の状態だと、年齢的に僕のほうが“兄”になるのか。
……それって、悪くないかも。
思い返してみても、エヴァレット家に養子として迎えられる前も、迎えられた後も、僕はずっと弟だった。
だから、“兄”になるなんて初めてで、ちょっとだけくすぐったい。でも、なんだか……悪くない感覚だった。
「うん、そうだね」
気づけば、自然とそんな言葉が口をついていた。
隣でリナが目を丸くしていたけど、僕は人差し指を唇に当てて、そっと微笑んで見せる。
いいじゃないか。今だけ、僕が“兄”になっても。
僕の言葉に、小さな姉さんは小さな手を胸の前でぎこちなく重ねて、ほんのり頬を染めながら、上目遣いに僕を見上げた。
「あ、あの。わたくし、クラリス・エヴァレットと申します。お、お兄さま……」
──あまりにも、あまりにも純粋なその瞳。
“兄”という存在を初めて得た喜びが、全身から滲み出ている。あまりの無垢さに、胸の奥がキュッと音を立てた。
……何なの、この子。どうしてこんなに可愛いの。
見た目も最高に可愛いけど、中身が姉さんだと思うと、余計に愛おしくて、もうこのまま連れて帰って箱に入れて飾っておきたいくらいだった。
「クラリスちゃん、可愛い……!」
姉さんが恥ずかしそうに「お兄さま」と呼ぶ姿を見て、リナまで感動して声を漏らす。
うん、やっぱり思ってた通りだ。僕はリナとは気が合うと思う。少なくとも、姉さんに関しては、きっと誰よりも分かり合えるはずだ。
そうやって少し冷静さを取り戻した僕は、姉さんに頼まれて公爵邸から持ってきたお菓子を、二人に手渡した──そして、今に至る。
お菓子を食べ終えた姉さんは、上品な所作でハンカチを取り出し、口元を軽く拭った。
そして、隣に座るリナの頬にサブレの欠片がついているのに気づくと、迷いなくそっと手を伸ばし、それを優しく拭ってあげる。
「──っ、……ありがとう、クラリスちゃん」
リナは少し驚いたように手を頬に添えたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
ただ、その笑顔の奥に、ほんのわずかな寂しさがにじんでいるようにも見えた。
──きっと、リナも今、僕と同じことを考えている。
小さくなった姉さんは、まるで天使のように可愛らしい。感情も豊かで、素直にその優しさを表現している。
でも、それは──
僕たちの知っている姉さんとは、あまりに違いすぎて。
思わず、戸惑ってしまう。
僕たちが知っているのは、完璧で気高い公爵令嬢──クラリス・エヴァレット。
そんな姉さんにも、こんなふうに純粋無垢な時代があったことに、僕は改めて驚かされる。
そして同時に、僕らは本当に“姉さん”を理解できていたのだろうかという、小さな不安が胸をよぎる。
完璧な公爵令嬢なのに、時折抜けたところもあって。
自他ともに厳しく、けれど芯の部分ではとても優しい──
僕らはそれを知っている。
それなのに。
目の前の彼女もまた、紛れもなく姉さんの一部で。
その一面に、今まで気づけなかった自分が少し悔しかった。
思わず俯き、足元の地面を見つめていると──
視界の端に、長く伸びる影が差し込んできた。
「やぁ、こんなところにいたんだね」
顔を上げると、そこにはゼノ先生が立っていた。
いつも通り、教師とは思えないほどの色気をまとい、どこか人間離れした美しさすら感じさせる。
リナは眩しそうに目を細めていて、それを横目に見た僕は、内心で少しだけ笑ってしまう。どうやら先生を直視できないらしい。
一見すると細身に見えるが、ローブの下の体躯は意外とがっしりしている。
魔術だけでなく、武術にも長けているのではないか──僕は密かにそう睨んでいる。
それに、最近の先生は妙に姉さんと親しげだ。
リナの個別指導のついでに、姉さんが一人で研究室を訪ねることもあるらしく、帰ってくると疲れた顔をしていることがある。
……正直、あまり考えたくはないけれど、最初は変なことでもされてるのかと疑った。
けれど、姉さんの髪も服も乱れひとつなかったので、その可能性は一応、除外することにした。
僕は改めて、ゼノ先生の顔をじっと見つめる。
いつもの冷たい微笑が、その綺麗な顔に浮かんでいた。
「ちょうど良かった。魔法陣の件だけれど──」
僕と同じようにゼノ先生を見上げていた姉さんに、自然と視線が集まる。
その注目に気づいたのか、姉さんは小さく肩を揺らし、慌てたように背筋を正した。
ゼノ先生は、そんな姉さんの頭にそっと手を乗せる。
優しく、丁寧に触れるその手つきが、驚くほどやわらかく見えて──
僕は、息を呑んだ。
「……魔法陣の効果は、一日限りのようだ。明日になれば、彼女も元に戻るだろう」
「ホントですかっ!?」
リナが思わず声を上げる。
安堵したように胸をなで下ろしながらも、どこか寂しげな笑みが混じっていた。
小さな姉さんを気に入っていた彼女らしい反応だ。
元に戻れることを喜びつつも、もうすぐこの可愛らしい姿と別れなければならない現実に、少し心が追いつかないのだろう。
僕は、内心の動揺を押し隠しながらゼノ先生に視線を向けた。
「……根拠は? 本当に、確かなの?」
問いかけというより、どこか詰問めいた口調だったかもしれない。
だが先生は、少しも動じることなく、口元に余裕を含んだ微笑を浮かべた。
「魔法陣の作成者が判明した。“彼”の作品は、一日で効果が切れるように作られている」
──作成者が、わかった?
先生は名前を出さなかったが、“彼”という言い方から、男性であることは確かだろう。
それ以上の情報は与えられなかったが、そんな危険な人物を野放しにしていいのかと、胸の内がざわつく。
僕の疑念を察したのか、ゼノ先生は静かに言葉を継いだ。
「もちろん、“彼”への対処は学園が責任を持って行う。二度とこんなことが起きないようにね。……安心していい」
そう言って先生はふと空を見上げた。
僕もつられるように視線を上げる。
空は、茜色に染まりかけていた。
日が傾き、もうすぐ夜が来る。
隣を見れば、小さな姉さんは、少し眠たげな表情をしていた。
無理もない。見た目はほんの子どもなのだから、疲れが出てきたのだろう。
僕は視線を落とし、沈黙のまま、しばらく地面を見つめる。
そして、ぽつりと口を開いた。
「……わかった。姉さんは、うちに連れて帰る」
顔は上げなかったが、先生が微かに笑った気配がした。
やがてその気配が遠ざかっていき、先生の姿が完全に見えなくなるまで──
僕はずっと、俯いたままだった。
クラリス、甘いもの好きがバレる。
この三人の組み合わせは、ほのぼのしていていいですね。
次回は6/13(金) 19:00更新予定です。
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今回はサブレを食べる女の子二人と、それを見守るルークです☺️
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