【ライオネル】あなたに会いたくて 2
リナ殿の素振りに、いつも以上の気迫がこもっている。その姿を、小さなクラリス殿はじっと真剣な眼差しで見つめていた。
いつもなら見慣れた訓練風景のはずだったが、今のクラリス殿の姿が加わることで、どこか微笑ましい雰囲気が漂っている。
最近の個別指導では、訓練区域で実戦経験を積んだり、一年生の夏休み明けから始まる剣舞の授業に向けた予習を行ったりしていた。
だが今日は、小さくなったクラリス殿が同行しているため、内容を基礎訓練に切り替えることになった。
どうやらリナ殿は、自分が守るべき存在となったクラリス殿に、良いところを見せたいらしい。時折、ちらちらとこちらを窺い、クラリス殿の反応を気にしているのがよくわかる。
若干、力みすぎて空回り気味なのが気になるところだが、やる気があるのは良いことだ。
一方のクラリス殿は、腕を組みながら神妙な面持ちでリナ殿の動きを観察している。
時折、難しそうに眉をひそめたり、わずかに首を傾げたり──その仕草のひとつひとつが幼い分だけ余計に愛らしく、場の空気を和ませていた。
そんな二人の様子を眺めながら、俺は静かに息を吐いた。
平和な光景に見えるが、根本の問題はまだ解決していない。
クラリス殿が元に戻る方法は、見つかるのだろうか──
今はゼノ先生に頼るしかない。優秀な魔術教師である彼なら、必ず解決策を見つけてくれるはずだ。いざとなったら、ヴィンセント団長に頼んで、魔術師団長のシリル殿に助力を請うという手段もある。
心を蝕む不安を振り払うように、俺は再びリナ殿の訓練に目を向ける。
素振りの音が響く中、遠くから聞き慣れた蹄の音が近づいてきた。一定のリズムを刻むその足音に、俺はふと顔を上げ──言葉を失う。
「よーぅ、ライ!」
ヴィンセント団長が、自身の愛馬ともう一頭の騎馬を引き連れ、こちらへ向かってくるのが見えた。
──なんでこの人が学園に……?
最近は城の中枢が慌ただしく、騎士団の訓練にも顔を出すことが少なかった団長が、なぜわざわざここに?
俺の反応を見透かしたように、団長は満足そうに口元を吊り上げる。
「夏休みが明けたら馬術訓練が始まるだろ? 騎士団の馬を何頭か貸してくれって学園長に頼まれてな。こうして持ってきてやったってわけだ」
──俺は聞いていない。
確かに夏休み明けには馬術訓練がある。だが、学園が所有する馬だけでも訓練には十分なはずだ。
それに、団長が連れてきたのは、騎士団の中でも優秀な騎馬だ。なぜそんな貴重な馬をわざわざ貸し出す必要があるのか。
納得がいかずにいると、団長が馬から降り、俺の耳元で低く囁いた。
「この馬で嬢ちゃんと遠乗りでもしてこいよ。夏の思い出ってやつだ」
「……っ、な、何を言ってるんですか!?」
とんでもない発言に、思考が真っ白になり、思わず叫ぶ。団長は俺の反応を楽しむように、ニヤニヤと笑っていた。
──まさか、この人、俺をからかうためだけにここへ……?
そんな俺をよそに、団長は周囲を見渡し、何かを探し始める。
突然の騎馬の登場に、素振りを中断したリナ殿が、興味津々といった様子で近寄ってきた。その隣で、小さなクラリス殿もまた、大きな騎馬をじっと見上げていた。
そんな二人の様子に、団長が眉をひそめる。
「……もしかして、クラリス嬢ちゃんか?」
名を呼ばれたクラリス殿は、団長のほうを見上げる。二人が並ぶと、まるで巨人と小人だ。
「ヴィ、ヴィンセント団長、これは──」
「ヴィンセントさま、ごきげんよう」
俺の説明を待たず、クラリス殿は流れるような動作で優雅な礼をとる。
その姿に、団長は目を見開いた後──
「──ほんとに嬢ちゃんなのか! わっはっは、どうしたんだ、こんなに縮んじまって!」
腹を抱えて豪快に笑うと、クラリス殿の小さな体をひょいっと抱き上げた。
「きゃあ!」
小さな悲鳴があがるが、クラリス殿は団長の腕にすっぽりと収まってしまう。
「ちょっ、団長!?」
「わたくしは縮んでなどおりません。日々成長しています。ヴィンセントさまが大きすぎるのです」
俺の抗議をよそに、団長はクラリス殿と親しげに会話を交わしていた。そして、彼女もまた、それを当然のことのように受け入れている。
──そういえば、クラリス殿の父君と団長は学園時代の同級生で、今も宰相と騎士団長という立場で親しくしている。
幼い頃から顔を合わせる機会もあったのだろう。小さなクラリス殿が団長を知っているのも、当然のことなのかもしれない。
俺は、この異常事態をあっさりと受け入れている団長の豪胆さに内心感心しつつ、手短に事の経緯を説明する。
「魔法陣ねぇ……」
「今はゼノ先生が、彼女を元に戻す方法を調べてくれています」
団長は腕を組み、少し考え込む素振りを見せる。しかし、すぐに「俺の管轄じゃねぇな」と言わんばかりに肩をすくめ、ニッと口の端を上げた。
「ま、シリルにも聞いといてやるよ。ライ、お前も嬢ちゃんが元に戻れないと困るだろ?」
「だ、団長っ!!」
無駄に含みのある言い方に、思わず声を上げる。リナ殿もいる前で、なんてことを言うんだ。
慌てて横目でリナ殿を見ると、こちらと目が合った。しかし、彼女は「あ、私、何も聞いてません!」とでも言いたげに、サッと顔を背ける。
団長のからかいに加え、リナ殿の妙な反応に、俺は頭を抱えたくなった。
「ヴィンセントさま。このお馬さんたちは、ヴィンセントさまのものですか?」
団長の腕の中で、小さなクラリス殿が目を輝かせながら騎馬を見つめている。どうやら馬に興味があるらしい。
「ああ、こいつは俺の愛馬、グラディウス。そっちは騎士団の馬、アストレアだ」
団長はクラリス殿を片腕で軽々と支えながら、もう一方の手でグラディウスの首筋を撫でる。
グラディウスは、ヴィンセント団長が長年連れ添ってきた相棒で、堂々たる体格の黒馬だ。戦場ではどんな混乱の中でも団長の指示を正確に受け取り、突進すれば敵を蹴散らすほどの力強さを持つ。だが、主である団長には絶対の忠誠を誓い、普段は荒々しさを見せることなく、どこか誇り高い雰囲気を漂わせている。
一方、アストレアは白銀の毛並みが美しい牝馬で、騎士団の中でも選りすぐりの優秀な騎馬だ。しなやかで無駄のない動きは、まるで舞うような優雅さを感じさせる。賢く、人の感情を敏感に察知するため、新米騎士の訓練にもよく用いられている。温厚な性格から女性騎士にも人気があり、その落ち着いた佇まいはどこか気品すら感じさせる。
小さなクラリス殿は、どうやらアストレアを気に入ったようだった。
団長に抱えられたまま、もっと近くへと促し、そっと手を伸ばす。小さな指先が白銀の毛並みに触れた。
「ふわふわ……」
囁くような声に、アストレアが穏やかに鼻を鳴らした。クラリス殿の手に心地よさそうに顔を寄せる姿に、彼女は目を丸くする。
「アストレアは、とても優しいのですね」
彼女の言葉に、団長が豪快に笑った。
「ははっ、気に入ったか? こいつも嬢ちゃんに懐いたみたいだな。アストレアは気位が高いが、一度信頼した相手にはとことん従うんだ」
小さなクラリス殿はアストレアを見つめたまま、はにかむように頷いた。その仕草があまりにも微笑ましく、俺もリナ殿も、つい口元を緩めてしまう。
そんな俺を見て、団長は意味ありげに唇の端をにいっと吊り上げた。
──こういう顔をするときの団長は、大抵よからぬことを考えている。
「嬢ちゃん、アストレアに乗ってみるか?」
団長がそう声をかけると、彼女は驚いたように目を瞬かせた後、小さく首を傾げた。
「わたくしでも、乗れるのでしょうか?」
その問いに、団長が自信満々に親指を立てて答える。
「任せとけ。今日は特別に、アストレアとお近づきのしるしってことで、軽く乗せてやろうじゃないか」
そう言って、団長はなぜか俺の方を見てニヤリと笑った。
団長が良からぬことを考えています(笑)。
次回は5/27(火) 19:00更新予定です。
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今回のイラストはヴィンセント団長とクラリスのツーショットです。まるで親子(笑)。
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