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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第六章 悪役令嬢の夏休み

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夏休みのイベント

 夏休みに入っても、基本的にやることは変わらない。


 学園祭に向けた準備で登校もするし、リナの成績向上──レベルアップも欠かせない。ライオネルやゼノによる個別指導も、これまで通り続けていく。


 ゲームでは、定期テストは二回で終了する。本来なら学園祭の後にもテストがあるのだが、「古代の神」の顕現によって、それどころではなくなるからだ。

 平和な学園生活が続くのは、学園祭まで。それが、この世界の定められた運命──シナリオだ。


 だが、その代わりに、夏休みには各攻略キャラとの個別イベントが目白押しだった。


 例えばアレクシスとは、王宮の夜会に招待され、舞踏会に参加することになる。

 彼が形式上の婚約者──つまり私──と優雅に踊る姿を目にして、ヒロインは胸が締めつけられるような感覚を覚える。

 一方、アレクシスもまた、社交の場で貴族たちと談笑するヒロインの姿を視線の端に捉え、胸の奥に言葉にできない感情を抱く。

 すれ違いながらも互いに惹かれていく二人。その微妙な距離感が、切なくも甘い余韻を残す……王道ながら、完成度の高いイベントだ。


 ライオネルとは、騎士団の訓練場で剣の稽古をつけてもらうことになる。その流れで、騎士団の厩舎へ向かい、馬の扱い方を教わるイベントが発生する。

 背後から優しく支えられ、温かな体温と低く落ち着いた声が耳元に響く──

 思わず鼓動が跳ねるのを意識した瞬間、近くで大きな物音がし、驚いた馬が暴れかける。

 バランスを崩したヒロインを、ライオネルが間一髪で抱き寄せる。

 至近距離で交わる視線。張り詰めた沈黙の中、互いの息遣いが聞こえそうなほどの距離で、感情が揺れ動く──見つめ合う二人のスチルが、大変尊かった。


 ルークとは、避暑を兼ねて別荘で休暇を過ごすことになる。

 湖畔で水遊びをしたり、涼しい木陰で昼寝をしたり。イベントの後半では、泉のほとりに腰掛け、並んで沈んでいく夕日を眺めるシーンが用意されている。

 空は茜に染まり、水面も黄金色に揺れていた。

 柔らかな沈黙が二人を包む中、ルークはポツリとヒロインの名を呟き──そして、その手を取る。

 無邪気な少年のようでいて、時折見せる大人びた視線に、ヒロインは戸惑いながらも目を逸らすことができない。

 まだ言葉にならない感情が、確実に近づいている──というか、「なんでまだくっついてないの?」とツッコミを入れたくなる。


 リナには頑張って、これらのイベントをこなしていただきたい。できることなら、木陰からスマホ片手に見守りたいところだが──それはさすがに、少々デバガメすぎる。そもそも、この世界にはスマホがない。

 ここまで来たら、私にできるのは祈ることと、邪魔しないことだけだ。


 ちなみに、ゼノのイベントは──


「では、そちらの魔法陣に関する資料を持ってきてくれるかな」


 今、私は学園の図書館にいる。今日はリナの個別指導があり、彼女への指導で使う本を用意するのを手伝っている。

 もうすぐリナも来るはずだ。


 それでも私は、なんとも言えない複雑な感情を抱えながら、ゼノの指示に従い本を集めていく。


 すでに必須フラグを逃してしまったゼノは、攻略対象からは外れている。

 それでも、図書館というこのシチュエーションが、どうしてもゲームのイベントを思い出させる。

 しかも夏休みのせいか人の気配がなく、この二階にいるのは私たちだけだった。


 ゼノのイベントでは、学園の図書館で古代遺物についての調査を手伝うことになる。

 古代遺物に興味を持ったヒロインが彼に色々と質問をする中、ふと沈黙が下りる。

 静寂の中、眼鏡越しに向けられるゼノの意味深な視線。

 その雰囲気に、ヒロインは思わず心臓が跳ねる。

 画面越しですら破壊力抜群だった彼の表情を、もし間近で見ていたなら──

 間違いなく、気絶していたに違いない。


 そんなことを考えながら、自分より少し高い位置にある本に手を伸ばす。

 手が届きそうで、あと少し足りない。背伸びをしすぎるのも公爵令嬢としては優雅さに欠ける行為だ。

 諦めて脚立を持ってこようとした、そのとき──


 ふっと、私の手に大きな手が添えられた。


「ほら」


 その手に引かれて、指先が本の背に触れる。ゼノは私の手に自分のそれを添えたまま、本を棚から引き抜いた。


 すぐ背後から感じる体温に、私は思わず息を呑む。

 ──いや、知っている。ゼノが無駄に接触が多い人だということは、よく知っている。


 ……知っている、けれども。


 実際にその”被害”を被ると、どう反応すればいいのかまったくわからなくなるのだ。


 それでも、私は悪役令嬢である。

 こんなことで動揺していては──


「届いてよかった」


 耳元で響いた低くて甘い声。背筋を駆け抜ける電流のような感覚。

 ──”冷静”というラベルを、無理やり剥がされた気がした。


 私は慌てて振り返り、抗議の声を上げようとした。


「ゼ、ゼノ──」


 しかし。


 振り返った瞬間、目の前にあったのは、ゼノの整った顔と、余裕すら感じさせる微笑みだった。

 思った以上に近い。……近すぎる。


 視界いっぱいに広がる、眼鏡越しの涼やかなアメジストの瞳。

 スマホ画面越しに見ていたそれが今、こんなにも至近距離にある。


 瞬間、何かを言うつもりだった言葉が喉の奥でかき消え、代わりに悲鳴を上げそうになるのを必死に堪える。


 そのせいで、動揺した体が言うことを聞かず──

 手に持っていた本が、無情にも指先を滑り落ちた。


「あっ……」


 本が床に落ちる、鈍い音が響く。


 屈み込み、本を拾い上げようとしたとき──ふと、紙が一枚、本の中から滑り出していることに気づいた。


 どうやら本に挟まれていたものらしく、取り落とした拍子に出てきたのだろう。半分ほどはみ出たその紙には、何かの魔法陣が描かれていた。


 私は何気なく、その紙を手を伸ばし、本から引き抜いた。


 ──その瞬間。


「──クラリス!」


 ゼノの鋭い声が響いた。


 同時に、手にした紙が眩い光を放った。

 ゼノの手が私の腕を掴もうとして伸ばされるのが、視界の端に映る。


 光が、すべてを呑み込んだ。


 ──そして、私の意識は、ぷつりと途絶えた。


果たしてクラリスに何が起こったのか。

次回、「【リナ】ポンコツヒロインは完璧な●●をほうっておけない」をお楽しみに!

……タイトルがネタバレすぎるので伏せ字で(笑)。

5/16(金) 19:00更新予定です!


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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
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