お茶会
入室の許可を得て部屋に足を踏み入れると、不機嫌そうにソファに腰掛けるアレクシスの姿が目に入った。
人を呼んでおいてその顔は何だと文句の一つも言いたくなったが、完璧な公爵令嬢としてそんな感情を露わにするわけにはいかない。私は優雅な所作で歩み寄り、お茶会の誘いに対して定型的な礼を述べ、軽く頭を垂れた。
再び顔を上げたとき、アレクシスの表情がどこか驚いたように固まっているのが目に留まる。
「……アレクシス様?」
いつまで経っても着席の許可を出さない彼に、私は訝しむように声をかけた。その声にようやく正気を取り戻したらしいアレクシスが、取り繕うように手を動かし、私に席を勧める。
私が正面のソファに腰掛けると、彼は視線をそらしながらぎこちなく口を開いた。
「……し、城で会うのは久しぶりだな」
「建国祭のときにお会いしておりますが……」
ほんの一月前の話だ。
私の指摘に、アレクシスは一瞬口をつぐむ。一体何に動揺しているのかわからないが、妙に言葉を詰まらせている。しかし、意を決したように顔を私へと向けると、まるで絞り出すように言った。
「……今日の君のドレスは……その、よく似合っていると思う」
驚くほど顔を赤く染めたアレクシスが、謎の褒め言葉を口にした。
視界の端で、エミリアが満足そうに頷いているのが見えた。確かに、彼女の仕事は完璧だ。だが──まさか、あのアレクシスが私を褒める言葉を口にするとは、夢にも思わなかった。
驚愕で動きを止めた私を見て、アレクシスは気まずそうに口を引き結ぶ。
──沈黙が降りた。
これはまずい。私はなんとか沈黙を破ろうと努力する。
「ありがとうございます……?」
「……なんで疑問形なんだ」
アレクシスが呆れたように眉をひそめた。
だって、彼が何を考えているのかわからないのだ。一体私を褒めることで、彼にどんな得があるというのか。
考えても答えが出る気がしない。私は思考を切り替え、本来の目的へと話を戻すことにした。
「……ところで、本日はクラス劇の件でお話があるとのことでしたが」
私の反応に不満げな表情を浮かべていたアレクシスだったが、気を取り直すために一つ咳払いをし、表情を引き締めた。
「ああ。引き受けたからには、私もきちんと役目を果たしたいと思っている。だから……その……」
言いにくそうに言葉を濁す彼に、私は小さく頷く。
「そうですね。さすがに、まったく一緒に練習しないまま本番に臨むのは無謀かと思っておりました」
ようやく、アレクシスの意図を理解することができた。
彼は非常に優秀な王太子であり、学園の代表──生徒会長でもある。
いくら私と共演したくないとはいえ、相手役との練習を避けたまま本番を迎えるなど、彼の矜持が許すはずもない。
私を褒めるという奇策まで使って、練習を申し出るほどなのだから、彼は本気なのだろう。
ならば、私も本気で応じなければならない。
「そ、そうか。では……」
私の言葉を受け、アレクシスはあからさまに安堵の色を浮かべ、肩の力を抜いた。
それから、私とアレクシスは劇の脚本をローテーブルに広げ、一つひとつのシーンを見返していった。
私たちが演じるのは、「エルデンローゼの誓い」──かつての王国の黎明を描いた歴史劇であり、王国に伝わる「誓いの花嫁」の伝説を舞台化したものだ。
それだけでも十分に格式のある演目だが、どうやら歴代の王族が学園在籍中に一度は演じてきたらしい。調べてみると、現国王夫妻も先代も、最高学年で主役に抜擢されたようだった。
こうなってくると、レティシアのホーソン伯爵家が裏で手を引いているのではないかと勘ぐりたくなる。あそこは代々芸術に秀でた家だ。家訓にでもなっているのかもしれない。
「エルヴィンとローゼリアの出会いのシーンですが……」
私は脚本の第一幕を指さしながら、アレクシスのほうへ視線を向けた。
かつて、小国の一領地であったエルデンローゼは戦乱の時代にあった。国境付近では異国の軍勢が迫り、国内では貴族たちが権力を巡って争っていた。そんな混沌とした時代に、一人の若き領主が立ち上がる。
彼の名はエルヴィン──後にエルデンローゼ王国の初代国王として名を残す人物である。
劇の冒頭は、エルヴィンが旅の途中でローゼリアと出会う場面から始まる。ローゼリアは地方貴族の娘であり、戦乱によって故郷を失った孤児たちを守るために身を尽くしていた。エルヴィンは、そんな彼女の強さと聡明さに惹かれ、領主の居城へ招くことを決める。その行為は、彼女を守るためだった。
だが、ローゼリアはそれを拒む。
「民を守るために、わたくしも戦います」
彼女は己の道を選び、剣を取り、国の未来のために尽くす決意をするのだった。
私たちは脚本に沿って、それぞれの立ち位置などを確認し合う。
ふとアレクシスの表情を窺うと、彼は腕を組み、真剣な眼差しで脚本を見つめていた。
「……こうして改めて読んでみると、王妃というより、国王のようだな」
「そうですね。ローゼリア様は、ただの王妃ではございません。民を守るため、王とともに並び立つことを選んだ女性です」
事実、この物語の中でもローゼリアは王の右腕として国政に関わり、戦場では剣を取り、時には敵国との交渉も担う。そのため、一部の歴史家からは「もう一人の初代国王」とも称されるほどだ。
非の打ち所がない完璧な王妃。その姿勢と覚悟は、同じく完璧を目指す者として、ぜひ見習いたい。
気がつくと、アレクシスの視線が私に向けられていた。何かを言おうと口を開きかけたが、目を逸らしてそのまま黙ってしまう。
私は小さく首を傾げながらも、次のシーンに目を移した。
「……王宮内の陰謀が動き出すところですね」
物語の中盤では、王国の平和を揺るがす大きな陰謀が持ち上がる。一部の貴族が隣国と内通し、王国の転覆を狙っていたのだ。
エルヴィンとローゼリアは共に戦い、王宮の腐敗した貴族たちと対峙する。しかし、戦いの最中でローゼリアは罠にかかり、敵に捕らえられてしまう。
エルヴィンは彼女を助けるため、たった一人で敵陣に乗り込む覚悟を決める。
「私はお前を守る。これからも、ずっと──」
それは、物語の中で最も重要な誓いの場面。
命を賭してローゼリアを救い出し、共に戦場を駆けるエルヴィン。
そして──
戦いの最中、二人は互いの手を取り、「誓いの口づけ」を交わす。
これはエルデンローゼ王国の伝説となり、後の世で「誓いの花嫁」として語り継がれる。彼らの奮闘により国は平和を取り戻し、エルデンローゼ王国として生まれ変わる。エルヴィンは初代国王として即位。ローゼリアはその王妃として、王を支える存在となるのだ。
一通り脚本を見返した後、私はそっと顔を上げた。
アレクシスの青い瞳が、じっと私を見つめていた。
次回は「【アレクシス】素直な気持ち」。
明日の10:00更新予定です。
頑張れアレクシス!
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★5/6(火)は19:00にも投稿!1日2回投稿です
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