【リナ】クラリス様の思考回路
クラリス様とライオネル先生の会話に、私はどう反応したらいいかわからなくなってしまった。
最近、ライオネル先生との個別指導では、訓練区域で魔物討伐をしている。魔物を倒して経験を積み、ついでに魔石も手に入れる。
クラリス様の言う通り、魔石は学園内で通貨として使えるようなので、私のような平民には大変ありがたい。指を咥えて眺めるだけだったお店のお菓子も、魔石と交換してもらえたのだ。
嬉しくなってクラリス様と一緒に食べようとお菓子を持っていくと、「魔石は節約しなさい」と叱られた。しかし、次の日から、毎日公爵邸の料理人が作ったお菓子を持ってきてくれるようになった。とっても美味しかった。クラリス様は優しい。
今日もライオネル先生の指導の下、訓練区域の魔物を狩っている。剣を振るうのはまだ怖いけど、どうやら私は魔術より剣術のほうが向いているらしい。
でも、確かこの学園に入学できたのは、魔術の才能を見込まれたからだった気が……まぁ、細かいことは気にしないことにする。
弱い魔物なら、なんとか倒せるようになってきて、今日も五匹の魔物を倒した。元は子犬や狐だったであろう魔物たちは、今はすでに魔石になっている。
地面に転がった魔石を拾い集めていると、クラリス様とライオネル先生の会話が聞こえてきた。
「どんなドレスがいいかと……悩んでいまして……」
──ドレス?
ちらりとクラリス様のほうを見ると、真剣な表情でライオネル先生と向かい合っている。どうやらクラリス様は、グランドナイトガラでどんなドレスを着るか悩んでいるらしい。
この学園では、十の月に学園祭というとても大きなイベントがある。各クラスや有志による催し物がとんでもない規模で行われるらしく、まだ学園祭まで三ヶ月はあるというのに、すでに準備が盛り上がっている。
生徒会の面々も、それはもう忙しく働いている。見習いをやらせてもらっている私も、わからないながらにてんてこ舞いだ。
その学園祭の最終日の夜には、グランドナイトガラと呼ばれる舞踏会が行われる。これまた貴族の学園らしい催しだ。
みんなが正装をして踊るらしいのだけど、作法の授業で習った舞踏が、まあ難しいこと難しいこと。ドレスを着て踊ったら、きっと裾を踏んでしまうだろう。
けれど、クラリス様はきっと優雅に踊るんだろうな、と想像して、私は顔が緩むのを感じた。
私は女だから一緒に踊れないけれど、クラリス様が誰かと踊っているところを、ぜひ拝ませてほしい。
そんなことを考えながら、拾い終わった魔石を手に振り返ると、真剣な表情をしたライオネル先生が、クラリス様を見つめていた。
「俺は、どんなドレスでも……似合うと思います」
その一言に、私は思わず息を呑む。
その眼差しはまるで告白のようで、見てはいけないものを見てしまったかのような気持ちになる。
クラリス様も少し驚いたようだった──無表情ではあるけれど、たぶん。
しかし、すぐに小さく頷くと、ライオネル先生を真っ直ぐ見つめ返した。
「必ず、素敵に仕上げてみせます」
その瞬間、ライオネル先生の顔がみるみる赤く染まっていく。それを見ていると、関係のない私まで顔が熱くなってくるのを抑えられなかった。
気づけば、私は顔を両手で覆いながら、絞り出すように二人の名前を呼んでいた。
「あ、あの、クラリス様、ライオネル先生……」
そこでようやく私の存在を思い出してくれたのか、二人の視線が同時にこちらに向けられた。ライオネル先生はあからさまに動揺している。
「ごめんなさい。先に進みましょうか」
クラリス様はいつもの調子で、私の横に並ぶと、先を促すように背中に手を添えた。
私はそのまま彼女と並んで歩き始める。すると、クラリス様がふと私の耳元にそっと囁いた。
「良かったわね、リナ」
「え?」
突然の言葉に、私はきょとんとした表情でクラリス様を見つめた。
クラリス様は無表情のまま、しかし確かな意志を持って頷く。
「きっと、どんなドレスでもライオネル様は喜んでくれるわ」
──え?
一体何を言っているの、この方は。
私の中に、嫌な予感が広がっていく。
さっきの会話は、間違いなく、クラリス様のドレスの話だった。少なくとも、ライオネル先生はそのつもりで答えていたはずだ。
けれど今、クラリス様が話しているのは、私のドレスのこと。
──まさか、クラリス様が悩んでいたのって、自分の着るドレスじゃなくて、私のドレス……!?
あまりの展開に、頭がついていかない。
いやいやいや、いくらなんでもそれはないでしょう!?
どうしてクラリス様が、私のドレスの心配までしてくれているの!?
そこまで考えて、ふと気づく。
そういえば、魔石を節約しなさいと言われたとき、「まだ全然足りない」とかなんとか言っていた。
もしかしてあれは……私がドレスを買う心配をしてくれていたのでは……?
「あ、あの、クラリス様……?」
恐る恐る見上げると、クラリス様の深い紫紺の瞳がまっすぐに私を見つめ返していた。その美しい瞳には、迷いも、曇りも、一切ない。
「安心なさい。私も一緒に選んであげるわ」
──やっぱりそうだ。
間違いなく、クラリス様は私のドレスのお世話までしてくれるつもりだ。
私は諦めたように頭を垂れる。
クラリス様はこうだと決めたら、突っ走る特性がある。この三ヶ月で、それが身にしみてわかってきた。
なんでライオネル先生の好みが関係するのかわからないけど、大人の男性の意見を聞きたかったのかもしれない。
でも、ポンコツな私には、クラリス様の思考回路は読めない……
私はそっとライオネル先生に視線を向ける。自分の発言に恥ずかしさを覚えているのか、少し離れた場所を歩く彼の顔はまだ赤い。
もう、私の勘違いではないんだろう。ライオネル先生は、たぶん──
ライオネル先生からクラリス様へと視線を移す。クラリス様は相変わらずの無表情だが、どこか満足げだった。
他人から向けられる好意にまったく気づかないクラリス様に、私は心の中でこっそりため息をつく。
──ライオネル先生、頑張って!




