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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第五章 学園祭に向けて

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ドレスの好み

「クラリス様の劇……!」


 リナがキラキラした瞳で私を見上げてくる。その無垢な反応に、先日のレティシアの輝く瞳を思い出し、内心で苦笑した。


 私たちは今、訓練区域の中にいる。あの事件の後、しばらく閉鎖されていた訓練区域が開放されたため、彼女のトラウマが深くなる前に、なるべく早くここに来ることを選んだ。


 結局、あの事件はゼノの用意した理由で片付けられた。長年魔素を蓄積した魔物が暴走したことによる偶発的な事故──そんな説明に、アレクシスは納得がいかない様子だったが、「古代の神」の存在を知らない彼には、それを覆す根拠がない。

 一度訓練区域の総点検が行われ、安全が確認された後、生徒たちの利用が再開された。


 最初はリナが訓練区域に入ることすら嫌がるのではないかと心配していたが、彼女は意気揚々と中に入っていった。どうやら魔物に一撃で吹き飛ばされたせいで、あのときのことはほとんど覚えていないらしい。「筋肉痛」というパワーワードで片付けてしまった彼女のたくましいフィジカルとメンタルに、私は改めて驚かされる。


「生徒会の仕事も忙しいでしょう? 大丈夫ですか、クラリス殿」


 右隣を歩いていたライオネルが、心配そうに私を見下ろしてくる。その優しい視線に、つい心がほころびそうになる。


 ライオネルとの個別指導は、実戦経験を積むため、今後は訓練区域で実施することになった。これによりリナも魔石集めができ、ライオネルとの好感度も上げられる。一石三鳥とはこのことだ。


「ご心配ありがとうございます。ですが、セリフも動きももう覚えましたので、特に支障はございません」

「……さすがですね」


 当然のことのように答えると、ライオネルは少し困ったように笑みを浮かべた。

 その柔らかく穏やかな笑顔はあまりにも魅力的で、非常に萌える。だが、鋼鉄の表情筋を持つ私は、無表情を崩さない。


 本当はリナとライオネルを二人きりにしてあげたい。けれど、どうしても自分の目の届かないところでリナを訓練区域に入れることができず、まるで保護者のように付き添ってしまっている。二人はむしろ歓迎してくれているが、私の本来の目的を考えると、これでは自己矛盾も甚だしい。


 ──それでも、もし本当に「古代の神」の力が顕現し始めているのだとしたら。


 どんなことが起きても、リナを守れる場所に私はいたい。


「──リナ。次が来たわ」

「は、はい!」


 そんな思考を巡らせている間に、私たちの前に次の獲物が現れる。狸のような姿をした魔物に対し、リナは剣を構える。ライオネルが的確なアドバイスを送りながら、彼女の動きを見守っている。私は基本的に見ているだけだが、代わりに周囲の警戒を怠らない。


 あの事件以来、私は魔素に対する感度を意識的に引き上げるようにしている。そのおかげか、アレクシスやゼノが言っていた、ほんのわずかな魔素濃度の違いを感じ取れるようになってきた。

 それとともに、以前は気づかなかった、魔素の中に微かに漂う肌がひりつくような違和感も覚えるようになった。それは真冬の冷たい空気を彷彿とさせる、自然な感触に似ている。けれど、決して自然に発生したものではないと、本能が告げていた。


 私は小さくため息をつきながら、昨日ゼノと交わした会話を思い出す。


 彼の言葉をそのまま受け止めると、リナはゼノだけでなく、アレクシス、ライオネル、ルークとも絆を結べないかもしれないということになる。

 それはすなわち、グランドナイトガラでリナが誰とも踊れず、「古代の神」の復活を許し、私も死ぬ──そんな最悪の未来を意味していた。それだけは絶対に避けなければならない。


「どうかしたのですか、クラリス殿」


 顎に手を当て、考え込んでいた私の頭上から、ライオネルの低く優しい声が降りてきた。顔を上げると、彼は心配そうにこちらを見下ろしていた。

 どうやらリナはすでに何匹かの魔物を倒し、今は魔石を回収しているらしい。手が空いたライオネルは、私が思案に沈んでいるのを見て、気にかけてくれたようだ。


「申し訳ございません、ライオネル様。もう大丈夫です」

「……本当ですか?」


 まだ心配そうなダークグレーの瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。その眼差しがあまりにも真摯で──しかもイケメンすぎて──私の心臓は爆発寸前だ。もう少し手加減してほしい。

 しかし、彼が私のことを本当に気遣ってくれているのもわかる。このままでは、私が何か言うまで彼はずっと気にし続けてしまうかもしれない。


 私はふと思いついた質問を、ライオネルに投げかけることにした。


「では……少し、ご相談してもよろしいでしょうか?」

「もちろんです! 何でもおっしゃってください!」


 ライオネルの表情が一気に明るくなる。その眩しさに目を焼かれそうになりながらも、私はなんとか気持ちを落ち着けて質問を続けた。


「その……グランドナイトガラのことなのですが」


 私はどんぐり拾い──もとい、魔石を回収しているリナに視線を向ける。


「どんなドレスがいいかと……悩んでいまして……」


 そう。乙女ゲームらしく、グランドナイトガラには様々なドレスが用意されている。可愛らしいフリルたっぷりのもの、大人っぽいシックなデザイン、華やかな色合いのボールガウンなど、どれも非常に素敵なドレスばかりだった。


 もちろん、最終的に選ぶのはリナだが、できれば私も口を出したい。彼女が一番映えるドレスを選んであげたい。映えは大事だ。


「ド、ドレス……ですか?」


 予想外の話題だったのか、ライオネルは大きく目を見開いてこちらを凝視してきた。その端正な顔立ちに朱色が差しているのは気のせいだろうか。


「はい。わたくし……ちゃんと似合うドレスを選べるかどうか、自信がなくて……」


 実際、グランドナイトガラでリナが誰と踊るのか、今のところ全然予想がつかない。リナが踊りたい相手に合わせたドレスを選びたいところだが、その相手がわからなければ選びようがない。

 だが、少なくとも、どんな場面でもリナが万人に「可愛い」と思われるようなものを選びたい。


「可愛らしい系か……いっそのこと、大人っぽいドレスにするか……」


 私が悩みながら呟くと、ライオネルは「か、可愛らしい」「お、大人っぽい」と、まるで新しい呪文を覚えるように私の言葉を反芻している。彼も真剣に考えてくれているのだろう。


「お、俺は……」


 しばらくうろたえたように視線を彷徨わせた後、ライオネルは意を決したように口を開いた。


「俺は、どんなドレスでも……似合うと思います」


 ライオネルの真摯な目と視線が絡む。その瞳に、一片の迷いもない。彼が心の底から本気で答えてくれていることがわかった。

 ただ、どう見ても恥ずかしさに耐えているように見えるのは、彼が純情キャラだから仕方ないのだろう。


 ──安心した。


 こういう反応を返してくれるということは、ライオネルはリナのことを憎からず思っているに違いない。

 ゼノとの会話で沸き起こっていた不安が、少し和らいだ気がした。


「……ありがとうございます。そう言っていただけて、安心しました。必ず、素敵に仕上げてみせます」


 そう。リナにはきっとどんなドレスでも似合うはずだ。ただし、油断すると、とんでもないものを選びかねない。きらびやかすぎるもの、装飾が過剰なもの、フリルの暴力──どれも避けなければならない。私がしっかり選び、最高の淑女に仕上げてみせよう。


 私が強い決意をもってライオネルを見つめ返すと、彼の顔がみるみるうちに赤く染まっていった。

 「え、あ、はい」と、口元を押さえながら目を泳がせている。今更ながら、自分の発言が恥ずかしくなったのかもしれない。


「あ、あの、クラリス様、ライオネル先生……」


 ライオネルに妙な連帯感を覚えていたところ、魔石を回収し終わったリナが、顔を両手で覆いながら、指の隙間からこちらを覗いていた。耳まで真っ赤になっている。

 もしかしたらライオネルとの会話を聞いていたのかもしれない。「どんなドレスでも似合う」と言われて、照れてしまったんだろうか。


「ごめんなさい。先に進みましょうか」


 私は軽く咳払いをし、話を切り替える。確かな手応えを感じながら、リナを完璧な淑女に仕立て上げるべく、魔物討伐を再開することにした。


ここでも認識のすれ違いが発生しています(笑)。被害者はリナ・ハート。

次回はリナ視点ですれ違い現場を実況してもらいます。

4/15(火) 19:00更新予定です。


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