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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第二章 定期テストを乗り切れ

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【ライオネル】性格の悪い中年

「で? 何があったっていうんだ?」


 団長の問いに、俺は答える代わりに手元のグラスを持ち上げた。


 クイと酒をあおる。喉を通る冷たい感触が、どうにも味気ない。


 隣では、俺の様子を面白そうに眺めている性格の悪い中年──ヴィンセント団長がいる。昼間の失敗もあって、いつものように強く抗議する気力は湧かない。


 団長の視線から逃れるように、俺は黙々とグラスを傾け続けた。


 ここは城下町の酒場。王立騎士団御用達の店だ。いつもなら最高に美味い酒が楽しめる場所だが、今日はどうにも味がしない。


「お前が二回もヘマをするなんて、何かあったとしか思えないだろう?」


 団長の追及は容赦ない。無言を貫く俺への興味は尽きないらしい。


 ──性格が悪すぎる。


 確かに、今日は訓練で二度も失敗した。防御のタイミングを誤り、受け太刀をしくじったかと思えば、模擬戦では足元をすくわれて地面に転がった。


 騎士という職業において、不注意は死を意味する。言い訳の余地はない失態だった。


 当然、団長からはその場で強烈な叱責を受けた。


 しかし、それだけでは終わらず、団長は「面白いものを見つけた」とばかりに訓練後すぐ俺を酒場へと連れ出し、こうして原因の追及を続けているのだ。


 それでも俺は無言を貫く。


 だが、その様子すら団長にとっては愉快らしく、肴にされてしまっている。


「──女だろ」

「っぶ……!」


 グラスに口をつけていた俺は、思い切り噴き出した。

 酒が気管に入ったのか、咽せ返る。


 団長はそんな俺を見て、満足そうに口角を上げた。


「お前はわかりやすいなぁ、ライ!」


 団長は心底楽しそうに、太い腕で俺の背中を思いきり叩いてくる。

 おそらく、むせている俺を助けようとしているのだろうが、逆効果だ。痛いし、咳が止まらない。


「やっとお前にも春が来たってことか! で、相手は誰なんだ?」


 まだ喉の奥に酒が残っているのか、咳き込みながら、俺は“彼女”の姿を思い浮かべた。


 ──いや、違う。そんなことはない。


 胸のあたりに妙な違和感が広がる。喉元に手を当て、無意識に服を掴んだ。それが酒のせいなのか、それとも別の理由なのか──俺は考えないようにした。


「……そんなのじゃありません」

「嘘つけぇ!  堅物のお前がここまで動揺するんだ。本気なんだろ?」


 団長のしつこい追及に、俺は唇を噛む。


 ──馬鹿らしい。

 彼女は八歳も年下の少女だ。それに、彼女には婚約者がいる。しかも相手は王太子殿下──将来の国王だ。


 将来の王妃になるような人に、そんな感情を抱くなんて……


 そこまで考えて、胸の奥がさらに重くなるのを感じた。息苦しい。


「なんだ、まさか学生か? まぁ、さすがに学生のうちに手を出すのはやめておけよ。押し倒すのは卒業してからにしろ」


 団長の軽口に、俺はぐっと言葉を飲み込んだ。


 ヴィンセント団長は、十歳年下の令嬢と恋愛結婚したという。しかも、当時その令嬢には婚約者がいたが、それを破棄してまで団長を選んだらしい。


 俺が団長の奥方に初めて会ったのは、彼女がすでに二児の母となった頃だった。穏やかで柔らかい印象の女性だったが、そんな大胆な決断を下して団長と結婚したとは思いもしなかった。


 ちなみに、今は四児の母だ。もうすぐ五人目が生まれるという。


 ──とはいえ、団長のようなケースは例外中の例外だ。


 俺は胸のざわつきを酒で無理やり流し込み、視線をグラスの中に落とした。


 紫の果実酒が、彼女の瞳を連想させる。


 無自覚だったとはいえ、あんな至近距離で彼女の瞳を見つめてしまった。

 「ありがとう」という言葉とともに浮かんだ、かすかな微笑みが脳裏をよぎる。


 ──あの笑顔は反則だ……


 胸がまたざわつくのを感じ、俺は慌てて頭を振った。


「……そういや今年、学園に特待生が入っただろ」


 団長は、俺の横顔を眺めながら不意にそう言った。


「リナ殿のことでしょうか?」

「ああ、そんな名前だったな。……なんだ、その子じゃないのか」


 俺が冷静に応じると、団長はつまらなそうに酒を煽った。


 どうやらカマをかけてきたらしい。本当に性格の悪い中年だ。


 しかし、団長がリナ殿のことを知っているとは意外だった。

 騎士団長という立場上、団長は多方面の情報を掴んでいる。それでも、学園の特待生にまで目をつけているとは思わなかった。


 少し疑問に思うものの、回り始めた酒のせいで、思考が追いつかない。


 しかし団長はいったい何杯目だろう。相変わらずのザルっぷりだ。まともに付き合っていたら、こちらが潰れてしまう。


「で、その子はどうだ? 可愛いのか?」

「絡まないでください、酔っぱらい。……初めは授業についていけず、戸惑っていたようですが、今では周囲の助けもあり、なんとかやっているようです」


 俺は軽くあしらいながらも、リナ殿の姿を思い浮かべた。


 クラリス殿に頼まれ、学園に入学したばかりの頃から、リナ殿の様子を陰から見守ってきた。

 その成長を見てきたからこそ、俺は知っている。

 リナ殿が、今どれだけ努力しているかを。


 ──そして、彼女を支える存在がどれだけ大きいかも。


「そうか、それは良かった。俺はてっきり、クラリスの嬢ちゃんあたりにいじめられてるんじゃないかと……」

「──そんなことあるわけないでしょう!」


 団長のあまりの発言に、思わず声を荒らげてしまった。

 勢いよく立ち上がった拍子に、テーブルのグラスが揺れ、中の酒がこぼれそうになる。幸い、グラスの中身はほとんど空だったので大事には至らなかったが、俺は自分の過剰な反応を恥じた。団長も目を丸くしている。


「……ク、クラリス殿はリナ殿を本当によく助けています。彼女がリナ殿をいじめるなんて、そんなことが……」

「──お前」


 しどろもどろにクラリス殿をフォローする俺に、団長は真顔で言った。


「クラリスの嬢ちゃんに惚れたのか」

「……っ!?」


 突然の直球に、喉が詰まる。


「な、な、何を……!?」


 「何を馬鹿なことを」と言いたかったが、舌がもつれてうまく回らない。

 顔が熱い。体中の血が一気に上半身に集まるような感覚がある。これが酒のせいだけではないことは、自分が一番よくわかっていた。


 そんな俺の様子を見て、団長は深いため息をつく。


「お前……なんでまた、そんな茨の道を選ぶんだよ」


 額に手を当て、心底呆れたように俺を見てくる。反論しようと口を開いたが、どうにも言葉が見つからない。


 団長はもう一度ため息をつくと、俺の肩にポンと手を置き、「でもまぁ」と言葉を続けた。


「障害が多いほうが恋は燃え上がるもんだ!」


 ニッと笑いながら、片目をつぶって親指を立ててくる。明らかに面白がっている表情だ。


「あ、あなたと一緒にしないでください!」

「何言ってんだ。さすがの俺も、あの『氷の公爵令嬢』に手を出そうとは思わないぞ」

「手っ……!? だ、だから、そういうのじゃないんですって!!」


 俺の必死の反論も、団長には届かないらしい。彼の中で、俺がクラリス殿に想いを寄せているという話は、すでに確定事項になっていた。


 団長はニヤニヤと笑いながら二人分の追加の酒を注文すると、自分のグラスを一気に空ける。


 少し静かになった店内に、グラスを置く音が響いた。


「しかしまぁ、クラリスの嬢ちゃんが、その嬢ちゃんのことを助けてるのか」


 からかうような口調が消え、団長の声が一気に低くなる。

 突然の雰囲気の変化に、俺は戸惑いながら口をつぐむ。


「ライ」


 団長の視線がまっすぐ俺に向けられる。目の下には少し赤みがさしているが、琥珀色の瞳は、確かな理性を湛えていた。


「お前が思っている以上に、嬢ちゃんたちはこれから苦労することになる。──助けてやれ」


 団長の唐突とも思える発言に、それでも俺は、どこか腹落ちした。

 

 クラリス殿の行動は、何かから必死にリナ殿を守ろうとしているようにも見えた。それが何かはわからない。だが、おそらく団長はその理由を知っているのだろう。聞いたところで教えてくれるとは思えないが。


「……当然です。彼女たちは、俺の大切な教え子ですから」


 特別講師とはいえ、彼女たちは俺の教え子だ。これから、彼女たちが困難に直面するというのなら、それから守るのも、俺の役目だ。


 団長は満足そうに口角を上げると、新たに運ばれてきた酒を煽った。


「ま、惚れた女の一人や二人、守れないとなぁ」

「──だ、だから、そういうのじゃ……!」


 どんなに否定しても、団長はニヤつくばかりで聞き入れてくれない。


 そんな団長と深夜まで飲み明かした結果、俺は見事に二日酔いに見舞われることになった。

 翌朝、鐘の音と共に訪れる頭痛に、俺は布団の中で静かに呻いたのだった。

来週から、月、水、金の週3回更新になります。

次回は2/3(月) 19:00更新予定です。

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引き続き、どうぞよろしくお願いします!

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