表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第二章 定期テストを乗り切れ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/162

彼女の意思 2

 ──私は間違っていたのだろうか。


 医務室のベッドで静かに眠るリナの青ざめた顔を見つめながら、私は自分の手を強く握りしめた。


 医務室の先生の診断は「過労」。

 三週間にわたる授業、生徒会の仕事、個別指導、そして早朝特訓──あれほど体力があるリナですら、知らぬ間に限界を迎えていたのだ。

 先生は「しっかり眠れば回復する」と微笑んでくれたが、私の胸を覆う罪悪感が晴れることはなかった。


 私はこの間ずっと、リナを成長させることだけを考えていた。

 そうしなければならなかった。そうしなければ、この世界は滅び、私も死んでしまう。

 クラリス・エヴァレットとして、それは避けられない運命だったから。


 けれど──それは本当に、リナにとって必要なことだったのだろうか?


 彼女は私とは違う。この世界の未来も、「封印の鍵」の力の存在も知らない。

 そんな彼女にとって、私の行動はただの過剰な干渉でしかなかったのではないか。

 理由も告げず、ひたすら成績や技術を向上させることを強いる日々を、彼女はどんな気持ちで過ごしていたのだろう。


「……ごめんなさい」


 絞り出すように、小さく謝罪の言葉が漏れた。

 強く握りしめた手のひらに、爪が食い込む。


 そのとき。


 氷のように冷え切った私の手に、大きく温かい手が重ねられた。


「クラリス殿のせいではありません」


 その穏やかで力強い声に、私は顔を上げる。

 リナの側で黙って彼女を見守っていたライオネルが、真剣な眼差しをこちらに向けていた。


「申し訳ありません。彼女の異変に気づけなかったのは、俺の落ち度です」


 ライオネルの瞳には、自責の念がにじんでいた。

 だが、私は静かに首を振る。


「違います。リナに無理をさせたのは、わたくしです。彼女の体調を管理するのは、わたくしの役目でした」


 そう──彼女はヒロインだから大丈夫。

 私は、どこかでそう思い込んでいたのだ。


 けれど、リナは「ヒロイン」という存在である前に、一人の生身の少女だ。

 血が通い、疲れ、傷つき、倒れる。

 ゲームの中で眺めていた姿ではなく、この世界で、確かに息づく人間なのだ。


 私はどこかで、そのことを忘れていた。

 ゲーム感覚で彼女を導こうとし、結果、リナを限界まで追い詰めてしまった。


「……わたくしのせいです」


 唇をきつく噛み、俯く。


 視界の片隅で、ライオネルの手が静かに、けれど確かに私の手を包み込んだ。

 その温かさが、冷え切った心にそっと染み渡っていく。


「彼女の努力を否定しないでください」


 その言葉に、私は動きを止めた。

 恐る恐る顔を上げると、ライオネルは先程よりも強い眼差しで、真っ直ぐにこちらを見つめていた。


「きっかけを与えたのはあなたかもしれません。しかし、彼女は自分で努力することを選びました。そしてその選択を、誇りに思っています」


 ライオネルの低く優しい声が、私の胸にじわりと染み込んでいく。


 ──リナが、自分の意思で努力を選んだ?


「俺にはわかります。この二ヶ月、あなたと一緒に、彼女を見守ってきたのですから」


 そうだ。

 私は彼に頼んだのだ。リナを見守ってほしいと。


 彼はその言葉通り、リナの剣術指導を引き受けてくれた。そして、手を抜くことなく、誠実に彼女と向き合い続けてくれた。


「だから……彼女に無理をさせたなんて、自分を責めないでください。それは、彼女の努力を踏みにじることになります」


 私は──リナに自分の都合を押し付け、強制しているだけだと思っていた。

 彼女の努力は、世界を救うために必要なことだったし、私が生き残るためでもあったから。


 仕方がない。


 私はその言葉を盾にし、彼女がどう感じているかなど、考えないようにしていた。


 もし、本当は嫌がっていたら?

 もし、心の中で拒絶していたら──


 そんな可能性を考えるのが怖かった。

 私は、真実から目を背けていたのだ。


 けれど、ライオネルの目には、違うものが映っていた。

 リナは私に従わされたのではなく、自分の足で前に進むことを選んでいた。


 ──もしそれが、本当にそうなのだとしたら。


 「私がやらせたから彼女はやっている」などという思い込みは、リナに対する侮辱だ。


「そう……なのでしょうか」


 ライオネルの言葉は、私にとってあまりにも都合がよく、信じきれずに疑問がこぼれる。

 自分でも驚くほど、頼りない声だった。


「間違いありません。──俺の剣にかけて」


 ライオネルは口角を少しだけ上げ、自信に満ちた声で言った。

 騎士である彼が「剣にかけて」と誓うなら、それは何よりも確かな証拠だろう。


 その瞬間、ふっと肩の力が抜けた。

 どれだけ緊張していたのか、顔のこわばりが解けるのがわかった。小さく息を吐くと、全身が軽くなったように感じる。


「ありがとうございます……ライオネル様」


 心からの感謝を込めて、ライオネルのダークグレーの瞳を見つめ返す。


 ライオネルの目が大きく見開かれた。

 「えっ、あの」と短く声を漏らし、視線を泳がせる。その視線の先には、重なったままの私たちの手があった。


「──っ」


 ライオネルは息を呑むと、慌てて手を離し、片手で顔を覆った。

 しかし、その大きな手でも隠しきれなかった、耳から頬にかけてほんのり赤く染まっているのがわかる。


 しまった。

 ライオネルは、意外にも純情なのだった。女性の手を握ったことに、今さら気づいて動揺しているのだろう。


 そのとき、薬を取りに行っていた医務室の先生が戻ってきて、扉が開いた。その音に、ライオネルは勢いよく立ち上がる。


「何やってるの? ライオネル先生……」


 呆れたような声と共に、彼が倒した椅子をじっと見つめている。


 ライオネルは立ち上がった拍子に、椅子をひっくり返していたのだ。

 医務室の先生は普段冷静なライオネルの狼狽ぶりに、目を丸くしていた。


「す、すみません! 今、戻します!」


 ライオネルは慌てて椅子を起こしながら、医務室の先生に頭を下げる。


 私はそんな彼を見て、ようやく気持ちが緩んだ。

 肩の力が抜けたばかりか、心の中まで少しだけ温かくなった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


◆YouTubeショート公開中!◆
 https://youtube.com/shorts/IHpcXT5m8eA
(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV達成記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

 『異世界居酒屋を開いたら、常連が全員攻略対象でした  〜恋愛相談、受け付けます〜』
(異世界居酒屋『あかね食堂』シリーズ1作目)

 『異世界居酒屋を開いたら、常連が全員攻略対象でした  〜ついにヒロインも来ました〜』
(異世界居酒屋『あかね食堂』シリーズ2作目)

更新告知やAIイラストをXで発信しています。
フォローしていただけると励みになります!
 ▶ Xはこちら:https://x.com/kan_poko_novel

 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
― 新着の感想 ―
クラリスとルーク君は血が繋がっていない…!これは弟君が拗らせちゃうのも無理はないか(΄◉◞౪◟◉`) どうやら主人公がインプットされる前のクラリスも、彼にだけは優しい一面を見せていたようですし、それが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ