ドジっ子属性な純情キャラ
両手に書類の束を抱えて歩きながら、我ながら完璧なシナリオだと内心ほくそ笑んだ。
ヒロインが生徒会に加入するイベントには、通常一定のステータスが必要だ。しかし今回、学園長からの要請もあり、裏ルート的に彼女を生徒会の一員にすることができた。
生徒会に加入することは、アレクシスルートの必須条件。ヒロインが慣れないながらも必死に生徒会での役割をこなそうと努力する姿を見て、アレクシスがそれをサポートする。そして育まれる絆──
アレクシスは一見冷淡で無愛想に見えるが、平民からは「聖王子」と呼ばれるほどの人気を誇る。積極的に国中を回り、困りごとを吸い上げては父である国王に改善を進言する。その行動力と高潔さ、さらには美貌も相まって、国民の支持はうなぎのぼりだ。
そんな彼だからこそ、リナのポンコツぶりをほうっておけるはずがない。ああ見えて、彼の面倒見の良さはすこぶる優れている。おかげで貧乏くじを引かされることもしばしばだが。
「クラリス殿」
不意に背後から名を呼ばれ、足を止める。両手がふさがっているため、首だけで振り返ると、そこにはライオネルがいた。
爽やかな笑みを満面に浮かべた彼が、こちらに駆け寄ってくる。
え、笑顔が眩しい……
邪なことを考えていたせいか、その笑顔に浄化され、今にも消えてしまいそうな気がした。
そんな私の心情には全く気づかず、彼はすっと書類の束を私の手から奪い取り、さらに笑みを深くする。
「学園祭の準備ですか? 俺が運びますよ」
──反則だ。その笑顔は、反則すぎる。
「……ありがとうございます、ライオネル様」
眩しすぎる笑顔を直視できず、なんとか御礼の言葉を絞り出して前を向いた。
「それにしても早いですね。まだ五の月だというのに、十の月のイベントの準備を始めるなんて」
この世界では、月日は現実世界とほぼ同じだ。ただし、「四月」「五月」ではなく「四の月」「五の月」と呼ぶ。季節も現実世界と同期しており、入学式や卒業式も同じ月に行われるため、ゲーマーにとっては理解しやすい世界観となっている。
学園祭は十の月に行われるが、準備自体は五の月から始まる。本格的に動き出すのはもう少し先だが、今のうちに企画書を提出し、審査する時間が必要なのだ。
「学園祭の規模が大きすぎるので、企画だけは早く出していただき、学園祭としてふさわしいものかどうかを審査する時間が必要なのです」
「なるほど……確かに、あの規模なら納得ですね」
ライオネルが苦笑を浮かべる。彼もまたこの学園の卒業生であり、平民出身ながらリナと同じく特待生として通っていた経緯を持つことを思い出した。
この学園に通うのは基本的に貴族の子女だ。そのため、学園祭の規模も現実世界のそれとは比べ物にならない。学園祭期間中、この場所はまるで一つのアミューズメントパークのように変貌するのだ。
ライオネルも学生時代、この学園祭に参加していたはずだ。彼がどんな企画に関わったのか、ふと気になってしまった。
「ライオネル様もこの学園の卒業生でしたね。どのような企画にご参加されていたのですか?」
「俺……ですか?」
少し困ったように視線を泳がせるライオネル。嫌な思い出でもあるのだろうか。リナと同じく、平民出身として窮屈な思いをしていた可能性もある。少し軽率だったかもしれない。
「……申し訳ございません。差し出がましいことをお尋ねしてしまいました」
「いえ、そんなことはありません! 顔を上げてください!」
頭を下げた私に、ライオネルは慌てた様子で手を伸ばしてきた。しかし、その手が私の肩に触れた瞬間、さらに動揺したのか、彼は慌てて手を引っ込める。その拍子に、もう片方の手で抱えていた書類が地面に散らばった。
「も、申し訳ありません! すぐに拾います!」
こんなに慌てるライオネルは珍しい。ゲーム内でも見たことがない。いつも大人の余裕を漂わせていた彼だが、実はドジっ子属性を秘めているのかもしれない。
私も彼に続いて書類を拾うためにかがむ。二人で無言のまま散らばった書類を拾い集めた。
「……俺のときは、飲食店でした」
ライオネルがポツリと呟く。
思ったよりも平凡な催しに、先ほどの反応は何だったのかと訝しみながらも、彼の次の言葉を待つ。
「ただ、ちょっと変わっていて……店員は男子だけで、客は女子限定。全員が黒の礼装に身を包み、客を『お嬢様』と呼んでもてなす、なんとも不思議な飲食店だったんです」
恥ずかしそうに説明するライオネル。
ちょっと待って。それっていわゆる「執事喫茶」じゃない……?
なんて羨まし……いや、けしからん催し物なの。私も行きたい。
私は思わず返事に詰まり、無表情を保ちながら言葉を探す。
すべての書類を集め終わり、それを再び運んでくれようとするライオネルに渡しながら、そのダークグレーの瞳をじっと見つめた。
「……きっと、素敵な店員様だったのでしょうね」
──もう少し気の利いた感想はなかったのか。
完璧な公爵令嬢を自負する身として、稚拙な感想に頭を抱えたくなる。
しかし、ライオネルは一瞬ぽかんとした後、慌てて片手で口を覆い顔を背けた。その拍子にまたしても書類が落ちそうになるが、かろうじてそれを阻止していた。
「あ、ありがとうございます……」
顔を逸らしたままのライオネルの耳が、真っ赤になっているのが見えた。どうやら照れているらしい。それを見た私は内心で動揺する。
どうしたのライオネル! そんな純情キャラだったかしら!?
小さく「……どういたしまして」と呟くと、それ以上何も言えなかった。
妙な沈黙の中、私たちは二人、職員室まで無言で歩き続けた。




