【ライオネル】剣を取る理由 2
俺の剣の師匠は、かつて貴族の子女に剣術を指南していた名高い実力者だった。だが、何か事情があったのだろう、王都を離れ、俺の住む町で道場を開くこととなった。
その師匠のもとで鍛えられた俺は、恵まれた体格と、それに似つかわしくない俊敏さを武器に、気づけば道場の師範代となっていた。師匠は俺の実力を高く評価し、更なる成長を促すため、実践的な稽古を多く取り入れてくれた。
そんなある日のことだった。森に果物を採りに出かけた俺は、血まみれで動けない騎士と、その前で牙を剥く魔物に遭遇した。
頭で考えるより、体が先に動いた。俺はその騎士を守るべく魔物を斬り伏せた。ちょうどその時、助けに駆けつけた騎士団の一団と鉢合わせることとなったのだ。
聞けば、彼らは森に凶悪な魔物が出没したとの報を受けて討伐に来ていたという。だが、仲間の一人が崖から足を滑らせ、運悪く魔物に襲われたところに、偶然俺が居合わせたというわけだった。
その騎士団を率いていたのが、当時分隊長だったヴィンセント・クロフォード──現在の王立騎士団長だ。驚いたことに、彼は俺の師匠に教えを受けたことがあるらしく、討伐後に道場を訪れる予定だったのだという。
怪我をした団員を道場に連れ帰り、治療を行う中、ヴィンセント分隊長は俺の師匠に真剣な面持ちでこう言った。
「ライオネルをエリューシア学園に入学させるべきです」
師匠は渋い顔をした。王都にはいい思い出がないのだろう。しかしヴィンセント分隊長は一歩も引かず、最後には自身が全面的に後ろ盾となることを約束して、師匠を説得しきったのだった。
俺自身は、どうするべきか正直迷っていた。
両親は数年前に病で他界し、唯一の家族だった弟も、既にいない。すべてを失った俺は、無心で剣の腕を磨き続ける日々を送っていた。それが生きる理由になっていた。だが、その先に目的があるわけでもない。ただ、惰性で続けていたに過ぎなかった。
そんな俺が王都に行き、貴族の子女に混じって勉学や剣術に励む──そんな未来を想像するだけで、居心地の悪さが全身を覆う。それが場違いであることは、誰よりも自分自身が理解していた。
だが一方で、道場での稽古に限界を感じ始めていたのも事実だ。このままでは剣の道を究めることも、自分の中の空虚を埋めることもできないのではないかという焦りが胸の内に芽生えていた。
そんな俺に、ヴィンセント分隊長は迷いの余地を与えなかった。
「悩むぐらいなら、やってみないか」
鍛え抜かれた両腕で俺の肩を掴み、不敵に笑いかけてくる。その笑みには、まるで俺の迷いを見透かしているかのような自信が宿っていた。
道場の中では背の高い方だった俺より、さらに一回り大きな彼に見下ろされ、圧倒される。彼の言葉に、俺の心の奥底に沈んでいたものが揺り動かされた。
悩む時間など無駄だと言わんばかりの言葉と視線に背中を押され、俺は半ば衝動的に首を縦に振っていた。
エリューシア学園への入学後の日々は、正直言ってあまり居心地の良いものとは言い難かった。
この学園は、貴族の子息や令嬢が通う場所だ。俺のような平民が居場所を見つけられるはずもない。周囲からは空気のように扱われ、友人ができることもなかった。
それでも、いじめのような露骨な嫌がらせを受けることがなかったのは、さすがに良識を持ち合わせた貴族の集まりだからだろう。とはいえ、居心地が悪いことに変わりはなかったが。
そんな俺の状況が変わり始めたのは、アレクシス殿下の稽古相手に抜擢されてからだった。
ヴィンセント分隊長は、殿下の剣術指南役を務めており、その稽古相手として俺を推薦した。殿下と俺の年齢差は八歳ほどあるが、分隊長よりも近い世代だったこともあり、適任だと判断されたのだろう。
まさかの抜擢だったが、これは俺にとって大きな転機となった。
アレクシス殿下との稽古が始まると、学園内での俺に対する扱いが一変した。
殿下の稽古相手という立場を得た途端、それまで俺を空気扱いしていた周囲が態度を改めたのだ。すり寄ってくるほどではなかったが、俺を同期として認め、言葉を交わす機会が増えた。
もっとも、俺には彼らと必要以上に親しくするつもりはなかった。周囲の変化を感じつつも、適切な距離を保ち続けることに徹した。




