どうしてこうなった
──ああ、あのシーンだわ。
学園の廊下に午後の日差しが差し込み、大理石の床に淡い光が映えている。私はゆっくりと視線を動かし、目の前の少女を見つめた。彼女の大きな瞳は涙で潤み、今にも泣き出しそうだ。私は静かに息を吸い込む。
どうしてこうなった。
平民出身の可憐な少女が涙をこらえ、無表情な公爵令嬢が冷たく見下ろす。この構図はまるで、冷酷な貴族が弱き者を追い詰めているかのように映る。
いや、まるで、ではなく、そのまんまだ。
冷たい汗が背中を伝うのを感じる。
そうだ、私はこの少女──リナ・ハートにとっての“悪役令嬢”。その名もクラリス・エヴァレット。このエルデンローゼ王国の公爵令嬢にして、彼女の前に立ちはだかる敵キャラだ。
突如として、記憶が奔流のように押し寄せてきた。自分が転生者であり、この世界が前世で夢中になってプレイしていた乙女ゲーム「Destiny Key ~約束の絆~」の中であることを思い出したのだ。ヒロインであるリナに冷たく接し、試練を与える役割を担う──今まさにそのシーンを、現実として生きている。
「クラリス、別に構わない。ここは学園内だ。身分差など関係ない」
私がリナを叱咤することになった元凶が、場を収めようとこちらを見てくる。貴族らしい品の良さを感じさせるその青年の名はアレクシス・フォン・エルデンローゼ。この国の王太子にして、私の婚約者。そしてこのゲームの攻略対象だ。
リナは彼を王太子と知らず、廊下で普通にすれ違おうとしてしまったのだ。それがどれだけ無礼なことなのか、彼女は知らない。そのとき、たまたま一緒にいた私がリナの無礼を指摘し、こうして彼女を追い詰めている。
その結果が、これだ。
理解が追いつかない中、私は必死に平静を装った。今はこの状況をどうにか乗り切らなければならない。
「……次から気をつけることね」
冷静を装った声が口をついて出る。リナは怯えたように肩をすくめ、半泣きのまま「はい」と小さく答えた。その姿に胸が痛むが、動揺を見せるわけにはいかない。心臓が激しく鼓動しているのを感じながらも、表情は冷静さを保ち続けた。
──どうしてこんなことになったのか。
アレクシスがリナの隣を通り過ぎ、ちらりと私に目を向ける。彼の視線に込められた何かを感じ取りながら、私はリナに背を向け、その場を離れた。
胸の中では記憶と現実が交錯し、混乱と焦りが渦巻いていた。




