誰も傷つかない方法
やはりというべきか、案の定というべきか──初日から嵐のような忙しさだった。
開会式を皮切りに、王族の視察対応、模擬店や展示の開始準備、各所から飛び込んでくる細かなトラブルの処理……息をつく間もなく、あちこちを駆け回る羽目になっていた。生徒会役員も、各クラス委員も、誰もが手一杯だ。
午後になっても、その慌ただしさはまったく収まる気配を見せない。
リナとルークはクラスの模擬店に出ているため、裏方の仕事はクラス委員や協力者たちの助力を得ながら、アレクシスと私とでなんとか回していた。
午後からは「双剣の儀」が控えている。これには国王陛下も臨席されるため、失敗は許されない。
もともと王族が執り行っていた神聖な儀式ゆえに、特に国王の関心も高い重要行事だ。
陛下の案内はアレクシスが担当しており、私は演者たちの準備状況の確認に回っていた。
昼食時にアレクシスと顔を合わせる機会はあったものの、彼が何かを言い出す前に周囲から次々と声がかかり、結局まともに言葉を交わすことはなかった。
だが、言葉を交わさずとも仕事は滞らない。お互いに今、自分が果たすべき役割を理解している。
……ただ、彼が何か言いたげな顔をしていたのは、少々気になったが。
──もしかして、朝の「身の程知らず」という一言を気にしているのだろうか。
だが、それは彼が悩むことではなく、私自身が向き合うべき課題だ。今さら落ち込んでいる暇はない。
それに──仮に私の完成度が下がっているのだとしても、ヒロインであるリナは着実に成長している。
この難局を乗り切るために優先すべきは、私の体面ではなく、リナの成功だ。
内心の不安を押し込めるように自分に言い聞かせながら歩を進めていたとき──ふと、視界の端に思いがけない姿が映り、私は足を止めた。
「……ディアナ様?」
「双剣の儀」が行われる剣術訓練用ホールまでは、まだ少し距離がある。
だが、その途中のベンチに腰掛けていたのは、紛れもなく演者であるバカップルの片割れ、ディアナだった。
彼女はベンチに座り込んだまま、身を屈め、足首を押さえている。
──まさか……
私は足早に近づいた。気配に気づいたのか、ディアナがはっとこちらを見る。私の姿を認めると、その顔を歪めた。
「ク、クラリス様……」
「……ディアナ様、もしかして──」
今にも泣き出しそうな表情の彼女を見て、私は自然と足元へ視線を落とす。
先日、彼女がひねった足首──そこが紫色に腫れ上がっていた。
彼女は、恐らく先ほどまで巻いていたであろうテープを手に握りしめ、唇を噛み締めている。
「わ、わたくし……大丈夫だと思ったんですけれど、練習していたら、だんだん痛くなってきて……」
ディアナの声は震えていた。目尻に浮かぶ涙が、今にも零れ落ちそうに揺れている。
……こんなとき、頼まなくてもきっと過剰に心配してくれるであろう片割れは、一体どこで何をしているのか。
「……そのことを、カイル様は?」
私がカイルの名を口にした途端、溜まっていた涙は重力に抗いきれず、ぽろぽろとこぼれ始めた。
「わたくしがケガをしたこと、カイルは自分のせいだと思っていて……もし、こんな状態になっているって知ったら、きっと彼は──」
──なるほど。だから、こんな土壇場まで誰にも言えずに、一人で追い詰められていたのだろう。
私が口を挟む話ではないが──まったく、どうしてこう、不器用なバカップルなのか。
テーピングで無理やり固定すれば何とかなるかもしれないが、無理をして後遺症でも残ったら目も当てられない。
それに、今の彼女の様子を見る限り、とても剣舞を舞える状態ではないだろう。
問題は時間だ。「双剣の儀」の開始まで、もう一時間も残されていない。
しかも彼女たちが担当するのは、その中でも最難関とされる「双星の舞」。代役を探したところで、今から急にパートナーと呼吸を合わせて踊れるようなものではない。
正直、私だってカイルといきなりペアを組めと言われたら、全力で断る。色んな意味で。
可能性があるとすれば、アレクシスを呼びに行き、彼と私で代役を務めることだ。
……いや、やはりそれも無理がある。
彼とはしばらくの間、授業でも剣舞を共にする機会がなかった。即興で合わせるにはリスクが高すぎる。動きのズレが命取りになる演目で、それは致命的だ。
どう考えても状況は八方塞がり。だが、それでも何か打つ手はないかと、必死に思考を巡らせていたそのとき──
「ディアナ!」
背後から、強い焦りの滲んだ声が飛んできた。
カイルだ。どうやら、ディアナを探していたらしい。
振り向けば、彼とともにライオネルもこちらへ駆け寄ってきている。私の姿を認めて、ライオネルは一瞬驚いたように目を見開いた。
「クラリス殿? 一体──」
その問いかけを遮ったのは、カイルの悲鳴のような声だった。
「ディアナ! その足は……!」
彼の視線はディアナの足首に釘付けになり、見る間にその顔から血の気が引いていく。
「まさか……あのときの……」
「違うの、カイル。これは……っ」
ディアナが必死に否定しようとするよりも早く、カイルは膝をつき、壊れ物に触れるような動作でそっと彼女の足首に手を添えた。
「……僕のせいだ」
呟くようなその言葉には、どうしようもない罪悪感がにじんでいた。
ライオネルも状況を把握したのか、ディアナの足元を一瞥し、すぐに私のほうへ視線を移す。
私は少しためらいつつも、口を開いた。
「……ライオネル様。ディアナ様が本日の儀で舞うのは、困難かと思われます」
私の言葉に、ライオネルはわずかに目を伏せ、静かに頷いた。
「……そうですね」
──彼は、「双剣の儀」の責任者だ。
もしカイルとディアナが出られず、儀そのものが中途半端になれば、責任はすべて彼にのしかかるかもしれない。
何か……何か他に手はないのか。
ふと、カイルの手に握られている仮面が目に入った。
すでに儀の準備に取り掛かっていたのだろう。いつまで経っても現れないパートナーを心配して、彼はここまで来たのだ。
私はライオネルを見上げた。
カイルは周りと比べて体格も良く、背格好はライオネルとほぼ同じ。私も、ディアナと大きくは違わないはずだ。
──わかっている。これは、明らかに悪手だ。
けれど、うまくいけば……誰も傷つけずに、この場を収めることができる。
視線をカイルとディアナに向ける。
俯いたままの二人の表情には、ただただ痛切な後悔が滲んでいた。自分たちの選択がどれほどの影響を周囲に及ぼすかを、きちんと理解しているのだ。
……そう。
彼らは不器用なバカップルではあるけれど、バカではない。
私は拳をきつく握りしめた。もう、時間は残されていない。
再びライオネルに向き直り、その瞳をじっと見つめる。
ダークグレーの瞳が、一瞬だけ戸惑いに揺れた。
「クラリス殿……?」
──迷っている時間は、ない。
「……力をお貸しください、ライオネル様」
迷いを断ち切るように、私はそう告げた。
クラリスが選んだのは、誰も傷つけないはずの方法。
けれど、その決断が思わぬ波紋を呼び起こす──
次回は8月12日(火) 10:00更新(※通常と時間が異なります)、
アレクシス視点をお楽しみください!
──
【夏休み特別連続投稿】
8月12日(火)~15日(金)は、いつもより少し早いペースでお届けします。
・8月12日(火) 10:00 ep.114 / 19:00 ep.115
・8月13日(水) 10:00 ep.116
・8月14日(木) 10:00 ep.117
・8月15日(金) 10:00 ep.118 / 19:00 ep.119
8月12日と15日は1日2回更新です。
夏の特別編成をお楽しみください!
──
感想・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。更新の励みになります!
Xでは更新情報やAIイラストも投稿しています!(今回はクラリスとライオネルの見つめ合いシーン)
https://x.com/kan_poko_novel




