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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第七章 嵐の前の嵐

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【リナ】憧れの人

 今日はまた、公爵邸にお呼ばれして、お泊まりすることになった。


 前みたいに定期テストの対策ってわけじゃなくて、今回は純粋なお泊まり会。

 あの豪華すぎるお屋敷には毎回びくびくするけれど、クラリス様と一緒に過ごせるのは、やっぱり素直に嬉しい。


 ──そう、思っていたのだけれど。


 お屋敷に着くなり、私はお風呂に連れて行かれた。


 しかも、客室用のお風呂じゃない。クラリス様がいつも使っているという、まさかの本邸のお風呂。

 なんと、クラリス様と──一緒に。


 頭の中が、一瞬で真っ白になった。


 もちろん、孤児院にいた頃は、みんなで一緒にお風呂に入っていたし、誰かと入ること自体には慣れている。

 でも、相手がクラリス様だなんて、話は別だ。


 服を着ていてもあんなに美しくて、近くにいるだけでドキドキするのに。

 それなのに、裸でお風呂……!? 無理、キャパオーバーすぎる。


 お湯に入る前から、すでにのぼせそうだった。


 けれど、そんな私の動揺とは裏腹に、侍女のエミリアさんはてきぱきと服を脱がせていく。

 気づけば私はすっかり丸裸。呆然としたまま隣を見れば──


 そこには、同じように裸になったクラリス様の姿があった。


 一瞬、息をするのも忘れるほどの美しさだった。


 ……見てはいけない。

 直視したら、目が──目が焼ける!!


 私は慌てて目をぎゅっと瞑った。眩しすぎる。高貴さが、光になって迫ってくる……!


 ──そこから先の記憶は、なんだか曖昧だ。


 クラリス様に手を引かれるままお風呂に入り、エミリアさんに身体を洗ってもらったことは、うっすら覚えている。

 でも、隣で湯船に浸かっていたクラリス様の姿は、ぼんやりとしか思い出せない。

 たぶん──あまりにも神々しすぎて、私の目にはちゃんと映らなかったんだと思う。


 神様って、本当にいるんだ。


 孤児院の礼拝室で、みんなと一緒に、ぼんやりと祈っていた頃のことをふと思い出す。

 あのときは、「神様って本当にいるのかなぁ」なんて思っていたけれど、その“神様”みたいな人の隣にいるという現実に、じわじわと実感が追いついてきた。


 ……もう、自分が何を言っているのかわからない。

 要するに、完全にパニック状態だった。

 やっぱり私って、ポンコツなのかもしれない……


 お風呂を出ても混乱はおさまらず、顔が赤くなったり青くなったり、忙しない。

 そんな私を見て、クラリス様がちらりとこちらを見てきた。無表情なのに、ちゃんと心配してくれているのがわかって、私は慌てて平静を装う。


 でも、クラリス様の視線が、なんだかいつもより強くて──私は落ち着かなくなって、ついもじもじしてしまった。

 あの深い紫紺の瞳に見つめられると、胸の奥が妙にそわそわする。

 ……もしかして、全部バレてた? 私がずっとテンパってたってこと。


 そんな不安も吹き飛ぶくらい、クラリス様の言葉は突然だった。


「……リナは、誰か気になる人はいないの?」


 その一言に、私は完全に固まった。


 間抜けな顔をしていた自覚はある。

 でも、反応できなかったのだ。「気になる人」って言葉が出た瞬間、私の目の前にいる“その人”と、言葉の意味がぴたっと結びついてしまって。


 ……ちがう。ちがう? でも、ほんとう?


 クラリス様の声が、少し遠くに聞こえる。

 でも、私の頭の中はもう、その言葉だけでいっぱいになっていた。


「……グランドナイトガラで、一緒に踊りたいと思う相手は……いないの?」


 ──いる。


 目の前に、ちゃんと。


 私は、ゆっくりと天井を見上げた。

 少しだけ熱の残る頬に、ふわりと風が触れた気がした。


 ……そっか。そうだったんだ。


 心の奥で、何かが静かに形を成していくのを感じながら、私はゆっくりと顔を正面に向けた。


 視線の先には、私の憧れの人──クラリス様。


 黒曜石のように艶やかな漆黒の髪は、お風呂上がりのせいか、ところどころ濡れていて、しっとりと肌に貼りついている。その肌からはまだ湯気が立ちのぼっていて、思わず触れてしまいたくなるほど柔らかそうだった。


 そして、その瞳──青みを帯びた紫紺色の瞳が、私をまっすぐに見つめていた。


 私は、その瞳から逃げないように、しっかりと見返す。


「……憧れている人なら、います」


 言葉を紡いだ途端、心臓が跳ねた。

 やっぱり、恥ずかしい。

 ぐっと熱くなる顔を隠すように、私はそっと視線を逸らした。


「……でも、その人とは、ガラで踊るとか、そういうのは無理だと思います」


 グランドナイトガラ──

 学園祭の最後を飾る、最大のイベント。

 友情や愛情をテーマに、生徒同士はもちろん、時には教師さえも交えて語り合い、踊り、絆を深め合う特別な舞踏会。


 当然ながら、踊るのは男女のペアが基本だ。

 恋人同士でなくても、友情を確かめ合うために踊ることもある。

 ──でも、女の子同士でペアになるなんて、さすがに……


 私はそっとクラリス様を見上げた。

 すると、彼女の瞳に、驚くほど強い光が宿っているのが見えた。


「そんなことないわ、リナ。あなたとなら──踊りたいと思う人は、星の数ほどいるはずよ」


 そのまっすぐな言葉に、思わずぽかんとしてしまう。

 あまりにも真剣で、少し不器用な優しさがこもっていて──胸がくすぐったくなった。


 そして、どうしようもなくおかしくなってしまって、私はクスクスと笑い出していた。


 ──クラリス様は、たぶん、気づいていない。


 笑った私を見て、クラリス様は目をぱちぱちと瞬かせている。

 その反応が愛しくて、また笑ってしまう。


「ありがとうございます、クラリス様。……楽しみにしてますね」


 私がそう言うと、クラリス様は、ほんの少しだけ驚いたように見えた。


 ──クラリス様は、もう「氷の公爵令嬢」なんかじゃない。


 かすかに、けれど確かに──彼女の表情には、感情の揺らぎが現れ始めている。

 その微かな変化が、周囲の空気をやわらかく、あたたかく変えていく。


 それに気づける人が、少しずつ増えてきている。


 ──クラリス様と踊りたい人も、きっと山ほどいる。

 ……私が男の人だったら、絶対にほうっておかないのに。


 でも、クラリス様には、幸せになってほしいから。

 クラリス様が好きな人と、踊ってほしいな。


「クラリス様は……いないんですか?」

「え?」


 私には、クラリス様が誰と踊りたいのか、わからない。だから、素直に聞いてみたんだけど──


 クラリス様はきょとんとして、美しい眉をわずかに寄せた。質問の意図がすぐには伝わらなかったらしい。


 私は、もう一歩踏み込んでみる。


「気になる人、です」


 ──そのときのクラリス様の反応は、本当に衝撃だった。


 まるで「そんなこと、考えたこともなかった」とでも言いたげに、目を見開いている。


 思わず、私のほうがびっくりしてしまう。


「えっと……グランドナイトガラでは、どなたと踊るんですか?」


 何気ないつもりで問いかけたその言葉に、クラリス様は一瞬、固まったように動きを止めた。

 困惑の色が、見る間にその端正な顔に広がっていく。まるで、頭の中が一瞬で真っ白になったかのような……そんな表情だった。


「わたくしが……?」


 ぽつりと漏れた声には、自分が誰かと踊るなどという発想すらなかった──そんな驚きが滲んでいた。


 ──あれほど完璧で、美しくて、誰もが憧れる存在なのに。

 そんなことすら、考えたことがなかったなんて……ある?


 胸の奥が、ざわりと揺れた。


 もちろん、クラリス様が周囲の好意にどこか鈍いことは、前から知っていた。

 けれど、今の反応は──ただの無自覚や天然といったものではない。もっと深い、何かがある。


 これはきっと……クラリス様ご自身が、「誰かと結ばれる未来」なんて、初めから持ち得ないものだと、心から信じてしまっているのだ。

 まるで、それが自分に課された宿命だと言わんばかりに。


 ──どうして? なぜ、そんなふうに……


 言葉にはできないまま、私はクラリス様との間に、静かに立ちはだかる見えない壁を感じていた。


 姿は見えているのに、手を伸ばしても届かない。

 声は聞こえているのに、気持ちは伝わらない。


 そんなもどかしさに、私は──怖くなった。


 このままクラリス様が、私の手の届かない場所に行ってしまうんじゃないか。

 言葉にできない不安が、心を支配していく。


 ──嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ!


 私は衝動のままに、手を伸ばした。クラリス様に向かって、まっすぐに。


 その手は、確かに届いた。

 見えない壁は、私の想いを拒まなかった。


 そのまま、クラリス様の首にそっと腕を回し──ぎゅっと、抱きしめた。


 細く柔らかな髪からは、微かに花の香りがした。洗髪料の香り。

 きっと、私の髪も同じ香りがしているだろう。


 クラリス様の体がわずかにこわばり、息を呑んだ気配が伝わってくる。

 突然の行動に戸惑っているのが、ありありと分かった。


 それでも、私は離さなかった。


「リ、リナ?」

「……約束してください、クラリス様」


 お願いだから、私の前から──いなくならないで。


 心の奥底からこぼれた、その願い。


 でも、それをそのまま口にすれば、クラリス様はきっと困ってしまう。戸惑わせてしまう。


 だから、言葉を選んだ。


「クラリス様も、グランドナイトガラで……誰かと踊ってください」


 誰でもいい。

 クラリス様のそばにいて、ここに留めてくれる、誰かであれば。


 そうでなければ──きっとクラリス様は、遠くへ行ってしまう気がして。


 私は、クラリス様の肩に顔を埋めたまま続けた。


「……クラリス様が誰とも踊らないなら、私も踊りません」

「──そ、それは、ダメよっ!」


 クラリス様にしては珍しく、焦った声。

 その声が愛おしくて、私はそっと顔を上げる。


 ──その先にいるクラリス様の本心を、どうしても見たくて。


 そこにあったのは、クラリス様の──いつもの無表情。


 ……けれど、私にはわかる。


 ほんのわずかに寄せられた眉。

 紫紺の瞳が、大きく揺れていた。

 凛として美しいその顔に浮かぶのは、迷いや戸惑い──困ったときの、クラリス様の顔。


 誰よりも気高く、誰よりも遠い存在のはずなのに。

 今、こんなにも近くで、その心の揺れを感じている。


 ──私の、大好きな人。


「……じゃあ、約束ですよ?」


 そっと囁くように、言葉を届けた。


 私では、クラリス様の隣に並ぶことはできない。

 だからこそ──せめて、クラリス様の幸せを、心から祈りたい。

 クラリス様を笑顔にしてくれる誰かがいるなら、その人のことを……私は、本気で応援したいと思う。


 この想いが、少しでもクラリス様の胸に残ってくれたなら──それだけで、今は十分だ。


 至近距離で感じる、クラリス様の体温と息づかい。

 その確かな存在に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 いつかこの想いが報われる日が来ると信じて、私はにっこりと微笑んだ。


危うく道を踏み外すところでしたが、なんとか持ちこたえました(笑)。

次回は新章、とうとう学園祭に突入!

8/1(金) 19:00更新予定です。


Xでは更新連絡やAIイラストの投稿をしています。

今回のイラストは、ヒロイン・リナの眩しい笑顔です!

https://x.com/kan_poko_novel

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◆YouTubeショート公開中!◆
 https://youtube.com/shorts/IHpcXT5m8eA
(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV達成記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

 『異世界居酒屋を開いたら、常連が全員攻略対象でした  〜恋愛相談、受け付けます〜』
(異世界居酒屋『あかね食堂』シリーズ1作目)

 『異世界居酒屋を開いたら、常連が全員攻略対象でした  〜ついにヒロインも来ました〜』
(異世界居酒屋『あかね食堂』シリーズ2作目)

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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
― 新着の感想 ―
これ百合ルートが1番腑に落ちるかも 神様やっつけたら2人で あ い の と う ひ こ う だ
メタ的というか、クラリスのお相手について気にした事がなかったのでクラリス同様に「考えた事もなかった!」て衝撃を受けてしまいましたw ヒロインとの百合リートも期待します! めちゃくちゃ面白い
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