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別次元で同次元なキミと~お隣さんはVtuber~  作者: 鳴かないホトトギス
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第1話 Vtuberの中の人

 「推し」、その言葉にあなたは一体どんな印象を抱くだろうか?

憧れや尊敬の対象かもしれないし、人によっては可愛さの象徴なんてこともあるかもしれない。

俺、水見幸一にとって推しとは恩人である。

しかし、冷静に考えてみると、ファンの大多数は彼らと面識がないただの他人に過ぎない。

にもかかわらず、私達は仕事で日々苦労して稼いだお金を見知らぬ彼らを推すために捧げている。

では、ファンたちは一体なぜそんな非合理的な行動を取るのだろうか?

それは、推しが尊いからである。

推しの尊さは人々の日々の生活に癒しをもたらし、上司からのパワハラに過剰労働といった苦しいことに塗れたこの世界に希望の光を差し込む。

だからこそ、オタクたるもの推しにお金を惜しまない。

推しがライブをするのなら最前列になることを願ってチケットを購入し、新曲をリリースしたのなら朝から晩まで狂ったように再生する。推しのグッズが出たなら同じものでも使用用・観賞用・保存用の3つを購入し、コラボカフェが出店したならば誰に見せるわけでもないのに全ての商品をオーダーする。

もちろんこれらは全て自己満足である。

そう自己満足でなくてはならない。

だが、時折考えてしまう。

オタクにとってタブーとされる禁断の願い

もし憧れのあの人を画面の向こうから眺めるのではなく、隣で共に過ごせたら、、、

そんなことがあり得るはずもないのに、


ましてや俺の推しとは本質的に不可能なんだ。

 

 スマホのアラームが鳴り響き、無情にも起床時刻の9時であることを告げられる。

窓の外からは刺すような日差しが注ぎ込まれ、蝉たちがお互いで競い合っているかのように忙しなく鳴き続けている。

頭がゴロゴロしている気がするのは、今年から働き始めた会社の飲み会に強制参加させられ、柄にもなくアルコールを摂取しすぎたからだろうか。

休日ということもあって普段なら二度寝としゃれこむ所だが、今日の俺はいつもとは違う。

今日はどうしても欠かすことのできない用事があるからだ。

テレビをつけて天気予報を横目に見ながら、時間に間に合うように急ぎ目で身支度を整えていく。

朝の顔の天気キャスターがこれから向かう予定である都内の最高気温は32度に達するだろうと話しているのを横目で見つつ、だらしなく跳ね上がった寝癖を冷水で治す。

暑くなったら脱げるように無地のTシャツの上に羽織れるタイプの薄い襟付きシャツを着て、そこに黒いジーンズを合わせるという何とも没個性なファッションだが今更言っても仕方がない。

本当だったら軽く朝食は食べようと思ってはいたのだが、どうやら電車の時間は待ってくれそうにない。

ほとんど財布とスマホしか入っていない軽量なリュックを背負って玄関に移動し、ドアをゆっくりと開ける。

『暑っっつ……』

誰が側にいるでもないのに、そんな独り言が口から漏れ出てしまう。

そんな風に暑さにうなだれる中、開くドアにコツンと何かがぶつかった音がした。

「あ?」

不思議に思って確認してみると、どうやらお隣さんの部屋に置き配されている段ボールにぶつかったようだ。

「それにしても、、すごい量だな」

部屋の前に置かれている段ボールの数は一個や二個ではない。何段にも積み重ねられ、複数の小さな塔が出来上がっている。

このままでは自室のドアが開き切らないため、段ボールの山が崩れないよう慎重にずらしていく。

中々の重量で寝起きにはそこそこキツい作業ではあったが、時にはそんなこともあるだろう。

「お隣さんと波風立てずに付き合っていくためには、何事も助け合いが重要だしな。これが隣人愛ってやつか」

そう1人で気持ちを切り替えていた俺だったが、時間に追われていることを思い出し、慌てて階段を駆け降りる。

焦ってマンションから出た俺は駐輪場に停めていた自転車に飛び乗った。


「ハァハァ……間に合った…。」

何とか電車の出発時刻に間に合った俺だったが、額からは既に大粒の汗が滴っている。

せっかく着てきた上着もただの手荷物となった。

幸い電車の中は冷房が効いており、汗はきっとすぐに引いてくれるだろう。

運が良いことに座席はチラホラ空きがあったので俺は腰をかけることにした。

ポケットからスマホとイヤホンを取り出し、「いつも」のプレイリストを再生

向かい側の窓に映る青空に入道雲が掛かる様子を呆然と眺めていると、本格的な夏の到来を実感する。

そんな風に柄にもなく感傷に浸っていたら、だんだんと眠気が込み上げてくる。

目的の駅までまだかなりの時間があることだし、到着まで俺は睡眠時間を取り戻すために少し仮眠を取ることにした。

普段は目障りに感じている冷房の音も今は少し心地が良い。

電車の揺れに身を任せる。

徐々に遠のく意識の中、この夏は何か特別なことが起こるんじゃないか、何故だかそんな予感がしたことを覚えている。


「久しぶりの秋葉原ーーー!!!」

久しぶりの凱旋にテンションがおかしくなっていた俺は、この街の象徴でもあるラジオ会館前で叫びながらガッツポーズを掲げていた。

そこら中から溢れんばかりに流れる聴き慣れた電子音。

周りを見渡すと、アニメキャラの広告やアニメグッズ売り場ばかりが目に入る。

メイドのお姉さんたちが客を店に呼ぼうと、積極的に声をかけているのもここでは見慣れた光景だ。

そして、通り過ぎる人達の表情からはこれからお宝を探すことに興奮しているのが見て取れる。

そう。ここは隠すことなく誰でも好きなものに夢中になれる、自分らしくいられる特別な場所であり、真の多様性の街。オタクの聖地「秋葉原」

もちろん俺も例に漏れず、推しを擁するオタクの1人。

一体何を推しているのかって?

アニメキャラ、ゲームキャラ、アイドルどれでもない。

いや、どれも当てはまるというべきだろうか。

アニメキャラとは異なって現実に存在するが、本当の意味では存在していない不思議な推し。

 俺が推しているのはVtuber桜宮モモ。いわゆるバーチャル・ユーチューバーである。

今日俺がこの場所に来たのも、桜宮モモの初めてのラジオゲスト出演、その公開録音に参加するためだ。

今回モモが出演するラジオは、彼女の所属事務所「Sunrise」の先輩に当たる大御所Vtuber恋川ヒナが司会を務めるもので、月に一度秋葉原でゲストを招待しての公開録音が行われることで人気を博している。

番組に招待されるゲストたちは、恋川からの指名という例外もあるが、基本的には事務所が売り出したい若手を起用しているといわれている。

無論、桜宮モモも例に漏れず、ここから人気になっていかなければならない新人の1人である。

ふと時計に視線を移すと、既にラジオ開始時刻まで三十分を切っており、できるだけいい位置で観覧できるよう、俺は時間に余裕を持って公開録音現場に移動することにした。

「あれ、想像以上に結構な人数きてるなあ。」

比較的早く着いたほうだと思っていたのだが、既に会場には多くの観覧客が集まっており、前列の方に空きは全くない状況だった。

公開録音といいつつも、ラジオを行うのがVtuberなこともあってモニターに映るアバターが見られるだけで、本当にそこで本人たちが収録しているのかさえも分からないのに、よくもまあこんな人数が集まるもんだ。

とはいう俺もその1人なんだけど。やっぱり会場にいる皆んなも、すぐ近くに推しがいるという感覚を味わうためだけに来ているのだろう。

少し肩を落としたが、気持ちを切り替えて、待ち合わせをしている男にこちらから連絡する。

『もう着いたけど、そっちは?』

そう短い文章を送ると、相手から既に会場にいるという旨の返信が届く。

席から立ち上がって周囲を見回すと、入場口前に佇む待ち合わせの人物と目があう。

こちらから手を振ると、相手も手を意気揚々と振り返してきた。

「お久しぶりでござる、ミズミン殿。大分待たれたか?」

ミズミンというネット上の俺のハンドルネームで呼ぶこの男はゲンゾーといい、趣味を共有できる俺の数少ないオタク友達の1人だ。

今日も今日とて、眼鏡・チェックシャツ・巨大なリュックサックというオタクの三種の神着を身につけ、手の中には既にどこかで買ったのか大量の紙袋を握っている

ゲンゾーは俺とは違って特定のVtuberの推しが存在せず、事務所Sunrise所属の全Vtuberを応援している、いわゆる箱推しというやつである。

実際、俺が知り合ったのもVtuber関連のイベントに行くと、高確率でエンカウントするため、次第に話すうちに打ち解け始めたからだ。

「いや、俺もちょうど今来たところ。推しのモモのラジオデビューを見過ごすわけにはいかないから座席が余っててホッとしたよ。それにしてもゲンゾーは今日もオタク全開だな。それどこで買ってきたんだ?」

ゲンゾーの荷物を指差しながら、気になっていることを尋ねた

「どこって?ここでござるよ。ミズミン殿、もしや今日の公開録音参加者限定販売会の存在をご存知ない?」

「限定販売会!?そんなのやってたのなんて初耳だよ!まさか桜宮モモのグッズもあったりしたのか?」

「あったでござるよ。いやぁー、モモたんは今はまだ駆け出しのVtuber、グッズ化も自分が知っている限りではしてなかったはずでしたのでお宝でござった。」

そういってゲンゾーは俺に先程買ったのであろうモモの会場限定マスコットを見せつけてきた。

「嘘だろ。せっかく抽選で当たって来れたのに!」

それを見て、大きなため息をつく俺の横でなぜかゲンゾーの顔が少しづつ破顔していく

「申し訳ない。少しからかっただけでござるよ。ミズミン殿の分はこちらに。」

ゲンゾーの手には先ほどのマスコットと全く同じものが握られていた。

「え、俺の分も買ってくれてたの?」

「当然でござる。我ら同じものを愛する仲間。こんなこともあろうと思って買っておいたのであります。」

「良かったー、助かるよ。」

受け取ったマスコットをじっくり眺めていると、会場にラジオスタートのアナウンスが流れ出す。

併せて会場の照明も薄暗くなり、今朝の電車でも聴いていたラジオの OPがかけられる。

曲に合わせて、会場前方の巨大なモニターにラジオパーソナリティの恋川ヒナ。そして、ゲストの桜宮モモの姿が現れ、こちらに手を振ってくる。

両者ともに配信の際にも着ているのと全く同じ衣装を身に纏っており、観客達は彼女達の掛け声に合わせてサイリウムを振る。

司会の恋川が簡単な番組紹介を済ませると、ゲストの桜宮を知らない観客に向けて紹介した。

「今日は特別なゲストの子に来てもらったよー。桜宮モモちゃんでーす。」

パーソナリティである恋川が大袈裟な手振りでファンの視線を桜宮モモに集める。

「ファンのみんなこんにちわ!みんなの心にスイートピーチ、甘口系Vtuber桜宮モモです。今日はよろしくお願いします」

配信時のお決まりの挨拶をした桜宮に観客の歓声が注がれる、、ことはなく、、なんとも言えない拍手が会場から起こった。まだまだ知名度が足りていないからなのか、恋川の時とは異なり観客の反応は控えめだった。

「それじゃぁ、一度、新曲「ラブ夏天国」挟むよーー。」

二人の自己紹介の後、宣伝をかねての新曲が会場内に響いた。

その後、ラジオへのお便りや最近の近況報告のコーナーが続き、ゲストである桜宮の他Vtuberとの意外な交友関係や私生活の過ごし方が暴露されるというファンにとって至福の時間を過ごし、公開録音は終わりとなった。


「いやー、今回のラジオは神回でござったな。まさか「harmonies」の名付け親がヒナ様だったなんて初耳でありました。」

harmoniesとはVtuber事務所Sunrise所属である桜宮モモ、星流キラリ、空見アオイの三人で結成されたVtuberユニットで、彼女達は定期的にコラボ配信や雑談をする枠を行っている。

「ああいうユニット名って事務所側がつけると思ってたから意外だったな。それに、ヒナがその名前を付けたのはメンバーが個性豊かでまとまりがないから、調和の取れたグループになってほしいって願いからだっていうのもめっちゃ良い。」

「しかし、harmoniesは未だに関係が見ていてぎこちないと言われてたはずでは?」

確かにゲンゾーの言葉どおり、harmoniesのメンバー同士は決して仲が悪いわけではないのだが、視聴者から見てもどうにもやりにくそうなのだ。

「まぁそうなんだけど、そこも可愛いとことっていうか。推しがいがあるっていうか。」

自分でもよく分からないことを言っているのは理解しているが、他に言い表せないのだから仕方がない。

「すっかり、ミズミン殿も推しバカになってしまったのでございますな。こちらとしては本望ですが。それよりもミズミン殿、太陽はまだまだ輝いているからして、いっそ共にこれからお宝探しでもいかがか?」

「だな、せっかく早起きして時間もたっぷりあるんだし、日々の業務で疲れ切った心を推し活で充電しに行くしかないな。」

「いい心前でござる。それでは行きましょうぞ。」

夏の刺すような日差しによるビル熱が溜まった秋葉原を俺たちは汗にまみれながら再び見て回った。


「いやー、疲れたー。もう体がクタクタだ。」

「そうでござるな。しかしミズミン殿、これだけの戦利品を手に入れたのですから、その甲斐があったということでございましょう。」

ゲンゾーのいう通り、俺たちの両手には持ちきれないほどの紙袋が握られている。もちろん全て推しのグッズである。

まぁ俺の持っている袋のほとんどはゲンゾーのものなんだけど。

だってモモのグッズほとんど出てないし。

時刻は既に20時。先程まで元気いっぱいだった太陽は既にすっかり隠れてしまっている。

「この後、どうする?まだまだ回るのか?」

夜を迎えたとはいえ、秋葉原は未だにフル稼働中だ。何なら夜ご飯を一緒に食べるのもいいと思い、この後の予定をゲンゾーに尋ねる。

「残念ではありますが、拙者は明日もイベントの予定がありまして、前乗りするためにそろそろ行かなくては」

明日もイベントって、こいつどれだけお金持ってるんだ?

こっちは割と給料カツカツで推しに貢いでるんだが。

そもそもゲンゾーって一体何の仕事してるんだろうか、毎日のように推しのイベントに参加するとなるといくらお金があっても足りない気がするけど

まぁ、ネット友達の素性を詳しく知ろうとするのは、マナー違反だしな。

そう自分の中で反省し、口から出かかった質問を飲み込む

「あぁ。了解、それじゃまた次のイベントでよろしく。」

「またでござる。明日のイベントでおつかいしてきて欲しいものがあれば、後でPineで送ってくだされ。それでは〜」

ゲンゾーと別れた俺は、この後どうするか考えていた。

「もう帰ってもいい頃だけど、フワァァ……」

朝からずっと動き続けていたからか酷い眠気に襲われた。

少しでも眠気を飛ばすように、体をグーっと伸ばしながら、静かになり始めた街を歩いていく。

「ちょっと休憩できる場所でもないかな、おっ!」

俺の目に入ったのは、キラキラと光る電光掲示板。そこに書かれていたのはネットカフェの文字。

よし、終電に間に合うように気をつけながら仮眠を取ることにしよう。そう考えた俺は、疲れ切った体で店の扉を潜った。


「ま……まずい」

呆然とする俺の目線はスマホの画面に注がれていた。

画面に大きく映るのは0:10分の文字。つまり、終電の見逃し三振。

今日(もはや昨日)の電車終了のお知らせである。

「な、なんで、アラームかけたはずなのに」

急いで、アラームを確認すると、そこには11:00にアラームがONされていた。

そう。俺は午前と午後を間違ってアラームをかけていたのである。

あまりにしょうもないミスに、自分で自分のことが恥ずかしくなってくる。

ま、まぁ明日は仕事も休みだし、問題ない……はず……だよな。

ポジティブに捉えてこう。せっかく楽しかった1日の終わりを嫌な気持ちで終わらせたくないし。

心を切り替えたその瞬間、くぅ〜とお腹が大きな音を立てて鳴り出した。

我ながら眠気に食欲に忙しい体である。

「そういえば、今日一日何も食べてなかったな。せっかくだし外に食べにでも行くか」

俺は今朝電車の発車時間に追われて、食事をする暇がなかったことを思い出す。

「というか、こんな時間にやってる店あるのか?最悪コンビニでも良いんだけど。」

気を取り戻すべく、食事を求めて夜を徘徊していると、深夜には凶悪すぎる、それでいて魅力的な匂いが鼻腔をくすぐる。

匂いの元へ導かれるように、歩いていくと、一軒のラーメン屋に辿り着いた。

店名は「豚小屋ラーメン」。

店の外観は埃がかぶっているほどに古びており、暖簾も斜めがかってしまっている。

そして店頭には、二郎系という深夜に最も凶悪な響きとなる三文字が堂々と刻まれていた。

実は、生まれてから一度も二郎系というものを食べた事がない俺は、その単語に恐怖にも似た不安を覚える。

「二郎だと、、この時間にか。。……ただ今から他の店を探すのもあれだしな。けど、、仕方ない。ここにするか。」

胸焼け必死の恐怖を抑え込みながら、勢い良く暖簾を潜る。

店内は床が油でベトベトに汚れ、壁に貼られている下手な字で描かれたメニューは3種類しかなく、その内の一枚は既に剥がれがかっている。

中々、パンチの効いた店だが、二郎系の店なんてこんなものなのだろうか。

頭にタオルを巻いた店主は、こちらに一瞥をくれたが、無言で調理を再開した。

こんな時間ということもあり、店内は完全に空席のようだ。

店主から特に指示が無いため、適当に空いていたカウンター席に着こうとする。

と、その時、カウンターの端に一人女性が座っていることに気がついた。

どうやら、こんな時間に二郎系を食べに来るような変わり者が俺以外にもいたようだ。

年齢はおそらく俺と同じくらいだろうか。

この店には何とも似つかわしくない程、清潔感にあふれた、透き通るような美貌を持ち合わせた女性だった。

こんな綺麗な女性も二郎系を食べるのかと驚きつつ、もしも男の俺が食べきれなかったら恥ずかしいなとか、全く相手は気にもしていないだろうことを考えてしまう。

「……注文は…。」

俺がくだらないプレッシャーを受けている裏では、店主が先程の女性にオーダーを取っていた。

俺はこういう店でのラーメンのオーダー方法に慣れていなかったため、奥に座る客の返事に耳を澄ませる。

「豚小屋ラーメン大盛り、ニンニクマシマシ、油多め、味濃いめで。」

慣れた口ぶりで淡々と女性が注文をした、

まさにその瞬間、俺の手からスマホが机に向かって抜け落ちた。

呼吸が止まりそうになる程の緊張が一瞬にして体を駆け巡る。

しかし、それが何に起因するのか自分でも理解できない。

ただ、脳裏には強烈な違和感が降り注いでいる。

その理由が、細身の彼女が大盛りを頼んだことでも、深夜に似つかわしくないコールを決めたことでもないことだけは確かだった。

そうだ。俺が気にかかったのは彼女の声だ。

知っているはずがない女性の声が何故か慣れ親しんだものに感じる。

過去にあったことがある?

いや、そんなはずはない。

どうしてだ。

頭の中で記憶を探るように思考が反芻する。

この声、どこかで

それもつい最近聞いた気が、、

「桜宮モモ……?」

理解する前に、俺は無意識に口からその名前を漏らしていた。

「な、なにを俺は言って、、って、え??」

あり得るはずもないこと。

俺の推しは Vtuber

画面の中の存在で、その背景にある影の部分を認識しようとすることは御法度だ。

それなのに、俺は彼女の表情を見て確信してしまった。

俺の視線の先では、先程の女性、

 いや桜宮モモが顔を真っ赤に赤らめて動揺していた。

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