俺と一夏の物語
ただ、何かがおかしい。
顔。性格。行動。頭脳。運動能力。声。体格。
全ては普段の彼女と大差ない。
それなのにも関わらず、何か違和感を感じる。
直感と言うのだろうか。頭とは別のどこかで、変であると感じ取っている。
違和感の謎を考えながらも、アイスの自販機へと小銭を入れる。
慣れた手つきで三枚全てを入れ終えると、画質の悪い写真と共に並んだ一つのボタンを押し込む。
ガコンッという音を耳にすると、軽くしゃがみ、二日前にも口にしたアイスを手に取る。
アイスに巻かれた紙を半分ほど剥がすと、冷えたアイスを口で包む。
口中にはチョコレートの甘い味が一瞬にして広がり、幸せな感情が心を満たしていく。
夏の日差しに当たりながら、放課後に食べるアイスは格別だ。
さらに一口アイスを口にすると、幸せな甘味に包まれながら、再び思考を開始する。
彼女に対する違和感。
十数年間一緒にいる中で、初めての不思議な違和感。
そこまで良くない頭を全力で回転させるが、違和感の正体は判明する気配がない。
その何とも言えない違和感を、形作る言葉が見つからない。
アイスが残り半分になった頃。
ようやく、自分一人の力では判明しない事を悟り、他人を頼るという選択を取った。
顔を上げ、傍で犬の様にアイスに貪りつく、もう一人の幼馴染へと言葉を放つ。
「なあ、少し前からさ……鈴鹿がさ、どこか変わったと思わないか?」
突然の言葉に彼は困惑しながらも、アイスで汚れた口を拭き取り、考えるような仕草を取った。
そして、考えが纏まったのか顔を上げると、大きく口を開いた。
「いや、考えてはみたけど、特に変わった所なんてなかったで。……どしたん?鈴鹿となんかあったん?」
「……いや、別に何かあった訳じゃないよ。……そっか、高弘は何も感じてないかー」
軽く返すと、再びアイスに目をやる。
夏の日差しのせいか、将又時間を掛け過ぎたせいか。
既にアイスは溶け始めており、溶けたアイスは手持ち部分まで流れ始めている。
急ぎ、手持ち部分に流れたアイスを舐めとると、溶けかけのアイスを口へ運ぶ。
そして、難しい顔をしながら考え始める。
幼馴染であり、親友でもある本井高弘。
運動神経が高く、性格が良い、典型的な男子高生。
知能は低く、成績は最底辺であるが、勘の良さは群を抜いて良い。
そんな彼が感じていない。
それならば、この違和感は勘違いなのかもしれない。
……いや、本当に勘違いで終わらせていいのだろうか。軽い違和感ならそれで流しても良い。
しかし、今回の違和感は大きすぎる。まるで、彼女が彼女でないような。
今の彼女が彼女の皮を被った、全くの別人であるような。
難しい表情をしていたせいか、深く悩んでいる事に気が付いたのかもしれない。
彼は残ったアイスを口に放り込むと、目の前に仁王立ちになり、大きく笑った。
「良く分かんないけどさ、なんか思う所があるなら、本人に聞いてみたらええやろ。俺らの仲なんやし、別に深く配慮したりせんで良いやろ」
「本人に聞いてみるって……いや、意外にそれもありか」
普段ならば、正面から尋ねるというリスクのある行動は選択しない。
しかし、今回の場合は他に選択できる行動が存在しないのだ。
現状では、案外直接聞くというのが最良の選択なのかもしれない。
心の中で決心し、残り少ないアイスを一気に口の中へと放り込む。
冷たいアイスを一気に食べたせいか、瞬時に頭痛が頭を襲った。
頭を押さえながらも、残った紙を丸め、ゴミ箱へとホールインワンする。
そして、軽く彼に礼を言うと、普段通りに別々の道へと進んで行く。
一瞬、幼馴染の家へ向かおうかと迷ったが、何か嫌な予感を感じ、彼女に尋ねるのは別日にすることにした。
不安と違和感を胸に持ちながらも、荷物を片手に家へと歩みを進める。
明日、彼女に全てを聞こうと、心に決めて。
そして、これが全ての始まりとなった。
この時、もし彼女に聞こうと考えなければ、全ては変わっていたのかもしれない。
自分の運命。幼馴染二人の運命。
もう一人の自分の運命。もう二人の幼馴染の運命。
この行動が正しかったのかは、夏が過ぎ去った今でも分からない。
それでも、一つだけ確かな事がある。
この夏の思い出を忘れる事は絶対にない。
これは俺ともう一人の自分。
そして、二人の幼馴染ともう二人の幼馴染の一夏の物語。
これは一夏の物語。
二人の俺から一人の君へ。