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見たことのない少女
「真一君!早く!」この女は早くしか言うことがないのか?
アパートの階段下から蘭は風で揺れるスカートの裾を押さえながら、玄関の鍵を締める俺の姿を見上げている。季節はずれの台風でも近づいているのか、いつもよりも風が強い。
階段を降りる途中、視線を感じてその先を見ると見覚えのない少女の姿が見えた。長い黒髪に透けるような白い肌、蘭と同じ制服を着ている。彼女の黒髪が大きく風に揺れている。それを気にしないように彼女は鋭い視線でこちらを見つめている。
「真一君、どうしたの?」蘭の声に俺は我に返った。
「いや……、あの子は……」もう一度、同じく場所を見ると、そこには黒髪の少女の姿は無かった。まるで先ほどまでの光景が、嘘のようであった。
「なに?」蘭は訝しげな顔で俺を見つめる。
「……なんでもない……」説明するのが面倒くさくなった。
「変なの……」蘭は呆れたような顔をした。彼女は俺が階段から降りた事を確認してから、俺の背中を押して通学を即した。